ふとバーやカフェで知り合った女性に「What do you do?」と聞けば「いまはバーテンダーをやっているけど、本当は女優なの」または「ウェイトレスをしているけど、じつはダンサーよ」という答えが返ってくるのがド定番であるニューヨーク。
この街にはそれだけ世界中から夢を追いかけ、やってきた人たちが星の数ほどいるのです。
しかし、サクセスをつかむのはひと握り。そんな厳しい競争をくぐり抜け、ブロードウェイ・ミュージカル『王様と私』への出演を果たした亜梨沙さん。約1年間、週8公演をこなした彼女の一日とは?
小高亜梨沙(おだか・ありさ)
◇ 職業:ダンサー
◇ 住まい:マンハッタン、ウェストハーレム
◇ 家族構成:ルームメイト2人とシェア
起床。シャワーを浴びて骨盤矯正体操して、何も食べずにレッスンへ。朝食を食べると動けなくなるのと、スタジオの鏡で膨らんだお腹を見るとやる気が萎えてしまうとか。
「布が足りていないかも(笑)」というレッスン着の定番は、ブラトップと身体を温めて汗をかくための「ユニクロ」のヒートテック、ボトムはレギンスとスカート。レッスン着以外は、「バナナ・リパブリック」や「セオリー」の落ち着いた感じにトライ中だそう。
1:05pmアッパーウェストサイドのスタジオ『Steps on Broadway』に到着。レッスンの始まる30分前から友人と話しながらストレッチを。ミッドタウンにある『バレエアーツ』でバレエのレッスンを取ることも。
1:30pm1時間半のレッスンがスタート。
リンカーンセンターへ移動してリハーサルに参加。自分の役以外に、共演者の代役(アンダースタディ)が割り当てられており、そのリハーサルが週に1回あります。亜梨沙さんは3つの役をカバー。怪我をする俳優も少なくないので、意外と回ってくるのだとか。
開演1時間前、本番中に急に代役を依頼されることも。大事故を招くこともあるので、振り付けだけでなく動線も細かく把握しています。
4:45pmリハーサルの合間に、持参の韓国のりをつまんだり、高たんぱく質なアーモンドバターをなめてエネルギーをチャージ。楽屋には紅茶、お味噌汁、スープも常備しているそう。
5:30pmリハーサル終了。
楽屋入り。メイクは10分で仕上げるそう。
7:00pm開演。亜梨沙さんの出番は、劇の途中からのため、序曲が聞こえてきたらヘアをセット。幕が開いてからスタンバイし、5分前まで奈落でストレッチをしているのだとか。段差で転ばないよう足元に注意しながら客席から登場。亜梨沙さんが演じる犬役は、男性ダンサーと同じ振り付けのため、筋力的にとてもハード。
また、本番で大変なのが早着替え。衣装係が2人ついて約12秒で衣装をチェンジします。
名曲の多い舞台であるものの、やっぱり「Shall we dance?」が一番好きなナンバーだそう。
10:00pm終演。お団子に結い上げている髪だけほどき、外へ。
10:10pm出演者や友人と飲みへ。8時開演の日は11時が終演なので、10時に終わる日は出かけないともったいない感覚に。リンカーンセンターの目の前にある『The Smith(ザ・スミス)』は常連。じつはお酒が大好きで、ワインやウィスキーをストレートで飲みます。食事に関しては気にしないけど量は少ない、という亜梨沙さん。
「身体を維持するのも仕事なので、無意識に太らないようにセーブはしているんじゃないかな」
チョコレートなどの甘いものが苦手で、"最後の晩餐"は豆腐づくしが良いというほどの豆腐好きという食の好みも、バレエダンサーだったころに自分で植えつけた意識なのかも、とも。
2:15amタクシーで帰宅。リンカーンセンターからはタクシーを拾うことが多いですが、本当は「Uber(ウーバー)」が車酔いしないので好きだとか。
シャワーを浴びてメイクを落とし、エッセンシャルオイルをディフューザーで焚くのが寝る前のルーティン。ブロードウェイ・ダンサーに人気の「ドテラ」というブランドがお気に入り。本も好きでサン・テグジュベリの『夜間飛行』を読書中。
夢は繋がれていく。自慢の後輩そして憧れの先輩でありたい3歳でバレエをはじめ、スターダンサーズバレエ団研修生、牧阿佐美バレエ団AMスチューデントを経て、オーストラリア、ロンドンへバレエ留学。英国ロイヤルバレエ団の吉田都に憧れ、バレリーナの道をひたむきに歩んでいた亜梨沙さんが、初心に戻るつもりで飛びこんだのが千葉の大手某テーマパークとの契約でした。
「芸術を目指していたのに、コンクリートの上を歩いて手を振るなんて、当時は悔しくて、悔しくて」
そんな彼女に「たとえバレエと同じチケット代としても、その日の笑顔を保証するのがエンターテイメント。舞台人としてゲストが求めているものを提供するのが義務」とプロ意識を教えてくれたのが、ダンサーや演出家の先輩たちでした。
海外で踊ることを諦めきれずにいた、という亜梨沙さん。辞めたい、と申しでた彼女に「いまのあなたくらい踊れるダンサーはごまんと居るのだから、もう少し待ちなさい」と忠告してくれた先輩が、3年後にようやくNYへ飛びだすことを認めてくれました。
「彼女たちには頭が上がりません。(現在の亜梨沙さんを見て)あのとき、送りだしてよかった、と言ってもらえるのがモチベーションに繋がっているかも。
夢は繋がれていく、という彼女。そのためにも、自分も誰かに影響を与える存在でありたいと語ります。
「これからの若いダンサーを引っ張れるところまで引っ張りますが、頑張りすぎると下がつかえてしまうので(笑)引き際はいつも考えています」と、後輩たちへ場を譲る覚悟も。
サバサバとした口調で淡々と語る亜梨沙さん。人種や俳優組合に入っているかなどの条件を、ときに言い訳のように使うひとも多いなか「仕事は実力勝負です。私は組合に入っていないときもオーディションでは同じように残っていました」とキッパリ。トップランナーとしての揺るぎない自信と厳しさを感じました。
一方『王様と私』で共演した子役が卒業する日は舞台上でも涙が止まらなかったという、愛情深い一面も。取材の日、紅茶1杯の割り勘にこだわり、「大した話ができなくてごめんなさい」と私にまで気遣う亜梨沙さん。
多くのひとから愛され、憧れられる彼女の、運ではなく実力で勝ち取った成功の秘密に少しだけ触れられたような気がしました。
11月11日(金)から2017年1月2日(月)まで、NYのクリスマスの風物詩ともいえる『ラジオシティ・クリスマススペクタキュラー』に唯一の日本人キャストとして出演予定。
[The Smith, CHRISTMAS SPECTECULAR, 小高亜梨沙ブログ]