フランス第21代大統領François Mitterrand (フランソワ・ミッテラン)。手腕を揮った任期は1981年から1995年とあり、おそらく、カフェグローブ世代の記憶に残る最初のフランス大統領なのではないでしょうか。

その死からすでに20年。一時代過ぎたいまも存在感の残る人物です。

死後20年経って公開されたラブレター

『Lettres à Anne(アンヌへの手紙)』表紙

そのミッテランが生前書いた1218通の手紙が、この10月13日『Lettres à Anne(アンヌへの手紙)』と題され、ガリマール社から出版されました。

1962年から1995年、死の床に就くまでの間に書かれたこれらの手紙は、どれもアンヌ・パンジョに宛てられたものです。アンヌ・パンジョはその長い年月を、いわゆる愛人としてミッテランとともに過ごした女性です。

2人の出会いは、ミッテラン46歳、アンヌ19歳の1962年に遡ります。当時すでに閣僚の経験を持ち、既婚者で父でもあったミッテランと、美術史専攻学生だったアンヌですが、芸術や文学の好みが一致し、本の貸し借りの約束などをしたことが、手紙の内容から察せられます。

政治家の技能とプライバシーを分けて考えるフランス人

2人の関係やその娘マザリヌの存在が世間に明らかになったのは、ずっとのち、ミッテランの晩年1994年のことでした。現代と異なりパパラッチの存在が大きくなかったこともあるでしょうが、政治家としての技能とプライバシーを切り離して考えるフランスの風潮も無関係ではないでしょう。

当時、「ミッテランに隠し子!」というニュースを私も見ましたが、フランスの街頭インタビューの反応は意外なほど薄く、拍子抜けしたのを覚えています。年配男性のひとりなどは「娘がいたって? そりゃめでたいじゃないか」と答え、大いに驚かされたものです。

当然ながら「責任を取って大統領辞任」のような話はどこからも上がってこなかったと記憶しています。

ついでに書けば、ミッテランが癌に侵されていることを公表せず、公務に就いていたことが判明したときのフランス人の反応はこれとまったく対照的なものでした。「そんな重大なことを隠していたなんて」「騙された!」と息巻く国民も多く、日本やアメリカとの判断基準の違いを感じたものです。

恋する男の姿

さて、このラブレター集ですが、抜粋を読んで最初に驚くのは、その文体の美しさと、みずみずしい感情の表現です。

出会って2年後の11月15日に綴った手紙の中で、ミッテランはすでにアンヌとの長く続く関係を予感しています。

愛する人よ。(...)君に出会ったとき、すぐにこれは長い旅になると分かったよ。私が行くところは、必ず君がいるだろう。

「Gallimard」より翻訳引用

秘密が多く、どこか謎に包まれた政治家だったミッテランですが、アンヌに宛てた手紙には、感情にあふれる言葉も使われ、恋する男の姿が浮かび上がってくるようです。

もう一度あの輪郭をくっきりと

『Lettres à Anne(アンヌへの手紙)』と同時発売された本『Journal pour Anne (アンヌへの日記)』表紙

とはいっても、隠し子騒動のときには寛大だったフランス人も、この本の出版に関しては、ネットで見る限り、冷淡な反応を示しています。「覗き見趣味だと思われたくないから、読みたくないわ」というコメントに代表されるように、いまだに存在感の大きいミッテランのプライバシーは、生々しく感じられるのでしょう。

また、出版を決めたアンヌへの批判もちらほらと目にします。ミッテランの葬儀で初めて公の場に姿を現したアンヌも今年73歳。

自分の生きているうちに、ふさわしい形で自分の知るフランソワを明らかにしたいと願い、出版に踏み切ったそうです。

それでも、出版された後も、これでよかったと100%言い切れない自分がいると、10月17日放送のラジオで述べています。

わたしはアンヌの逡巡を聞いて

誰かをこの世に留めておける唯一の方法は本に書くことだ。

「Franceinfo」より翻訳引用

といった仏作家ジャン・ルイ・フルニエの言葉を思い出しました。アンヌの肩を持つわけではありませんが、生涯をかけて愛した人の薄れつつある輪郭を、なんとかこの世に留めたいと願う気持ちが、公開につながったのかもしれないと想像したりしています。

恋愛のもたらすエネルギーの再認識

多くの書評が引いているように、死を目前にした1995年9月22日ミッテランが書いた最後の手紙の一節には、心を動かされずにはいられません。

君は、いつだって、より多くのものを、私にもたらしてくれた。君こそが、私の人生の幸運だった。どうして、君を、もっともっと愛さずにいられようか。

「Gallimard」より翻訳引用

強い感情を呼び起こし、言葉をとぎすます原動力となる恋愛。

ミッテランの文才は、誰もが認めるところですが、恋する男としての文章は、恋愛のもたらすエネルギーの強さを再認識させてくれるように思います。

[Gallimard『Lettres à Anne(アンヌへの手紙)』, Franceinfo, Gallimard 『Journal pour Anne (アンヌへの日記)』, France Cultureラジオ]

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