そして大ブレークした「恋ダンス」。
さて、『逃げ恥ロス』。最終回放送直後のTwitterには、こんなつぶやきが周囲のアラフォーたちから連投された。
「百合ちゃんに涙!」
「百合ちゃんがかわいすぎる」
「あんなの、百合ちゃんだから起る奇跡だ」
百合ちゃんとは、石田ゆり子さん演じる49歳バリキャリ独身女性のこと。ドラマをまだ最初から観ていないので公式サイトで確認すると、「生涯男性経験ナシ」と紹介されているではないか。うそでしょ~、石田ゆり子さんだよ(いや、役だとわかってはいるけれど)。
そんな百合ちゃんは、大谷亮平さん演じる、17歳年下の独身イケメンに思いを寄せられている。この彼が「料理も家事もでき、趣味も友だちも多く、女子にモテモテ」というスーパーハイスペックイケメン。このイケメンは49歳の百合ちゃんに「あなたを抱きたい」と思いを伝える。百合ちゃんは彼に惹かれながらも、年の差に引け目を感じ、彼を無下にするのだが......って、そりゃそうだ! Twitterにもこんなつぶやきが流れてたし。
「17歳年下のハイスペックイケメンから『抱きたい』と言われたら、まず、宗教か物販の勧誘を疑うわ......」
勧誘でそんなアプローチがあっているのかどうかはわからんが、でも確かに「抱きたい」を素直に受け止めることはできないよなあ。艶っぽいことしたあと、煙草をくゆらせながら彼はこう言うに違いない。「ところでさ......金貸してくんない?」って。
リアルの世界はこんなもんだ、きっと。そんなシチュエーションになったことないからわからないけれど。
と、ここでふと思い出した。実は数年前、20歳年下のイケメンくんと、ちょっとだけ似たようなシーンがあったことを。
彼は幼なじみの男性がやっているバーのスタッフ(バーテンダー)。離婚、その後の新しい恋、失恋とめまぐるしく変わる人生に疲れきっていた当時のわたしは、よくこのバーに通っては幼なじみと年下バーテンくんに泣き言を聞いてもらっていた。
とくに、4コマ漫画の展開並みに即行で振られたときなんて、このバーのカウンターでめそめそと泣いてしまった。そんなわたしのあれやこれやを知る20歳年下くんからは「まことさんって、結構病んでるね」と半ば呆れられていた。
そんなある日、わたしがやさぐれてマティーニを5杯も飲んでしまったときのこと。
「オレ、まことさんのこと、抱こうと思ったら抱けるよ」
なに! 聞き捨てならん!
「抱きたい、ではなくて、抱こうと思ったら抱けるとな。それは聞き捨てならん!」。わたしはからんだ。
「うん、抱けるよ」
「気に入らん。実に気に入らん! それって『もし無人島にふたりだけで流されたら』とか『この世にふたりしかいないとしたら』とか、究極の選択っぽいじゃないか。わたしは肝試しか!」とややキレ気味に店を出ようとした。
いま思えば、20も年下の男の子が、言い方はアレだったとしても「抱ける」と言ってくれたのだ。
すると彼はカウンターから出てきて、足もとのおぼつかないわたしの腰を抱き、店の出口までエスコートしたあと、店の出口の、どこからも死角となっている廊下の角で、なんと唇を寄せてきたのだ。
ドラマなら、石田ゆり子さんならば、ここでチューするでしょ。ところがリアルはそうではない。わたしは彼の顔が近寄ってきたことに驚き、飛びあがるように思いきり後ずさりして、壁に後頭部をしこたまぶつけてしまった。そして逃げるように外に出て、タクシーに乗り込んで帰ったのだ。
「いま、なにが起った? あれはキスをしようとしたのか。そうだよね、それしかないよね。なんで? なにゆえに?」。42歳のバツイチ独身女の頭は、大荒れ。マティーニ5杯とチュー未遂で、心臓が本気で破裂するかと思った。というか本当に血圧一気に上昇して、死ぬかと思った。
その後もバーには何度か行ったけど、お互い普通のお客とバーテンダーだった。わたしも彼になにかを期待してバーに行ったわけではない。いや、むしろ「オレになんか期待してるんでしょ」など死んでも思われたくないから、普通に通って、でも長居することなく、悪酔いする前にさくっと帰っていった。
そのうち彼氏ができて夜出歩くことも減り、次第に足が遠のいていった。久しぶりに店を訪れた時は、年下くんから「彼氏、できたんでしょ。まことさんってわかりやすいなあ。恋人ができるとここには来ないよね」と言われた。
完全に遊ばれている。例の「抱こうと思ったら抱ける」もチュー未遂も、「年上女性はこうされるのを望んでいるんでしょ、こんなのにドキッとするんでしょ」という、年下くんのたちの悪いゲームなのだ。あのな、こちとらボードゲーム世代じゃ。君たちみたいに攻略してピロロローンとパワーアップするハイテクゲーム世代とは違うんじゃ。無駄に人からエネルギーを奪わないでくれ。
一連の出来事は、落ち込んでいたわたしを元気づけようとした年下くんなりの思いやりだったのだと、いまでは思う。でもあのときは「わたしから、なにも奪わないで」とやけに自意識過剰になっていた。
でもこれだけは言える。あの日の出来事は、確実にその後の活力になった。人生ゲームにたとえると「生命保険に入れる」コマで保険証を獲得した感じ。「こんなわたしでも、誰かからチューされそうになるという人生が残っているのだ」と感じることができた。だから次の恋愛へとためらいなく進めたのだ。年下くんよ、ありがとう。
そんな数年前の出来事を思い出した、2016年の暮れ。思い出したら思い出したで「うーん、やはりあの時が20歳も年下とチューできるラストチャンスだったか」と、ギリギリしないでもない。老後の思い出として、チューくらいしとけばよかったなあ。
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