人につらく当たったり怒りをぶつけたりしてしまう。その原因は、もしかするとあなたの「脳」にあるかもしれません。
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怒るとき、人間の脳ではなにが起きている?激しい怒りを感じるとき、ヒトの脳にはなにが起こっているのか。それをひも解くとき、私はまず、ヒト以外の動物のことを思い浮かべてみてくださいと話します。
動物が激しい怒りを感じるとき。それは、すなわち「攻撃」するときです。攻撃するには、筋肉に効率よく血液を運び、体を活性化しなくてはいけません。
そのとき脳では、別名「闘うホルモン」とも呼ばれるノルアドレナリンが分泌されます。神経を興奮させ、血圧や心拍数を上げるノルアドレナリンの働きによって、動物は相手を攻撃する準備をする。この「怒りのメカニズム」が、人間にもそのまま受け継がれているのです。
もし今度、誰かが激しく怒っていたら、ちょっとその人を観察してみてください。急に顔が赤くなったり、声や手が震えたり。
その一方で、脳にはもうひとつ反応が現れます。相手からリベンジされる可能性を予測し、不安や恐怖をつかさどる「扁桃体」という部分が反応します。ノルアドレナリンによる興奮状態とともに、激しい不快感や恐怖を感じる。それが、脳の反応が生み出す「怒っている」という状態です。
キレやすさと脳の関係怒りは生き物にとって必要な感情ではありますが、たびたび「キレる」ようではノルアドレナリンが出っ放しになってしまい、血管が弱るなど、健康を害してしまいます。
では、怒りをコントロールできない、キレやすい人はなぜ生まれるのか。原因はひとつではありませんが、脳の「前頭前皮質」の働きが不十分な場合、キレやすくなるケースがあります。前頭前皮質は、自分の行動をモニターして、実行すべきかどうかを判断するところ。前頭前皮質の働きが悪いと、「やってはいけない」という判断ができなくなってしまうのです。体調不良、寝不足、お酒、薬物によっても、この前頭前皮質のブレーキは効きにくくなります。
前頭前皮質は、もともと完全な形では生まれてきません。
心理学者のボウルビィが提唱した「愛着理論」をご存知でしょうか。子ども時代に特定の養育者と、安定的な関係を築くことができた人は、大人になってからも安定的な人間関係を築きやすい、という説です。子どものころの「愛着(情緒的な結びつき)」の形成が、大人になってからの性格に大きな影響を与えるんですね。
この「愛着」を形成するために重要なのが、オキシトシンというホルモンです。愛情や信頼感を形成するので、「愛情ホルモン」、「幸せホルモン」などと呼ばれたりします。オキシトシンには前頭前皮質が育つように働きかける役目があるので、愛着がうまく形成できず、オキシトシンが不足すると、前頭前皮質は未発達のままになってしまう。その結果、行動のブレーキがきかない、キレやすい人になる可能性が高まるというわけです。
大人になってからオキシトシンは増やせる?大人になってから脳を育てるのは難しくはありますが、不可能ではありません。オキシトシンを増やす方法はいくつかあって、よく知られているのは皮膚への刺激です。
人とのふれあいが大切なのは当然ですが、マッサージを受けるだけでも効果的。
もうひとつは、誰かの目を見る、見つめあうこと。ファーストネームやあだ名で呼び合うことも効果的です。これは仕事場でも効果があるので、もしそれが許される環境ならぜひ試してみてください。
ふれあいという点では、ペットを抱きしめたり、フワフワしたぬいぐるみをさわるだけでもオキシトシンは増えます。オキシトシンを分泌するには、触感がとても重要。このように見ていくと、ペットを飼うことはオキシトシンを増やす近道、と言えるかもしれませんね。
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脳科学者・中野信子さんに聞く「脳と怒りの関係」、後編では怒りの傾向やパートナーとの関係性を左右する愛着スタイルをご紹介します。
後編 女性に多いのは不安からの怒り。タイプ別の傾向と対策
中野信子(なかの・のぶこ)さん
1975年、東京都生まれ。脳科学者、医学博士、認知科学者。
撮影/柳原久子 取材・文/田邉愛理 photo by Shutterstock