撮影/中山実華

コンビニに行くと、レジにいるのは外国人の店員さんということが当たり前になってきた。出入国在留管理庁によれば、2023年6月末時点の在留外国人の数は332万人あまり。

日本の人口は約1億2千6百万人だから、すでに2%を超している。これからこの割合は高まる一方だろう。外国人とどう共生していくか──。日本にとって避けて通れないテーマだが、私たちは正面から向き合っているだろうか。

愛知県岡崎市で多文化共生や外国人支援に取り組む一般社団法人「ViVarsity」の長尾晴香さんは2010年からこの課題に取り組んできた。岡崎市から日本が見え、世界が見えるという。長尾さんたちの活動は、一地方都市の話、ではない。

外国人にとって、日本は「あたりまえ」じゃない

撮影/中山実華

ものづくりの盛んな街である愛知県岡崎市(お隣はトヨタの生まれた豊田市、ちなみに徳川家康の生まれたところでもある)は、名古屋駅から電車で20分ほど。人口38万人のうち、外国人はブラジル人が3割、ベトナム人、フィリピン人など2023年で1万3300人。ブラジル人が多いのは製造業で労働力不足が問題になった1990年に入管法が改正され、日系人労働者を受け入れてきたからだ。日本の平均よりも外国人比率は高く、3.3%だ。

長尾さんは岡崎市出身ではない。長野県内で生まれ育ち、大学は同じ名古屋外大で英語を専攻。

オーストラリアに一年留学も経験するが、「自分のやりたいことがまだわからなかった」。とりあえず地元に帰って自分のやりたいことを考えよう、と2009年に長野が本社の精密機械メーカーに就職……のはずが、「岡崎営業所に配属になったんです(笑)」。これが岡崎との縁の始まりだ。

「知り合いもいないし、何か自分で役に立てることがないかと思って」参加したのが国際交流のボランティア。そこで知り合ったのが、今一緒に活動をする、日系人で1990年にアルゼンチン からやってきた岸本サンドラさんと保育士の鈴木美帆さんだった。

「日本語がすでに上達していた岸本さんが周囲の外国人からいろいろと困りごとの相談を受けていたこともあり、三人で何かやりたいよね、ということになって」。まずは防災や災害対応について学ぶセミナーを始めた。2008年に岡崎で水害があり、日本語を話せる岸本さんですらわからないことが多く、不安に感じることだらけだったからだ。

「土日を使って、図書館の会議室を使って、地震の説明から始めて避難所っていうものがあって、外国人も使えるんだよとか、ごくごく基礎的なことから」。そうやって活動を始めると、集まった外国人からさまざまな質問が寄せられ、また日本社会の問題点も見えてきた。

「たとえば、私たち3人でレストランに行く。そうすると、岸本さんも日本語でしゃべっているのにもかかわらず、オーダーをとるのに彼女には話しかけない。

公共施設も外国人は、そこに住んでいるのに借りられない。日本って冷たい、どうして?と思う事が多くて。私だって仕事のために岡崎に引っ越してきたばかりで、外国人みたいなものです。それなのに私は苦労しないで、外国人は苦労する。だったら、外から来た私だからこそできることがあるんじゃないかと思って」。長尾さんが「自分のやりたいこと」を見つけた瞬間だった。

日本人の私たちには当たり前でも、外国人からするとわからないことだらけ。たとえば、そもそも給与明細表の意味がわからない。病院に行って薬をもらっても、どうやって服用したらいいかわからない。それから子どもが学校で渡される集金袋や予防接種の問診票。わからないからと放置しているとトラブルの種に……。「よく言われるゴミ出しのルールなんかもそうですよね」

無視されがちな少数派をなんとかしたい

撮影/中山実華

2010年には任意団体の「ViVaおかざき!!」(Vivaはラテン語で「万歳」)を結成して活動を本格化。お祭りに参加するなど地域との交流や、在留管理制度のセミナー、日本人向けにもスペイン語・ポルトガル講座や英語で多文化を学ぶ講座なども始めた。

岡崎市には、ブラジルやベトナムの食材を売る店がある。「フォーとかブラジルのぐるぐるしたソーセージとか美味しくて、私もよく買います。岡崎にいながら世界を感じられます」

力点を置くようになったのが子どもの支援だ。「母語も日本語も中途半端になってしまったり、親の仕事の都合でひんぱんに引っ越したり……。そうやって不安定ななかで成長すると、自分の可能性にふたをしてしまうというか、自分が価値のある人間だって思えなくなってしまうんです」

週に一回、日本語や個別指導の学習支援を始めた。長尾さんたちが彼らの相談に応じて、アドバイスやちょっとした手助けをすることで、「これまでこんなことをしてくれた人はいなかった。自分は意味のない存在じゃない、助けてもらえる存在なんだ、社会から必要とされているんだ、って自信を取り戻していくんです」

撮影/中山実華

これ、何かを想起させないだろうか? 女性が少数派の時と似ていないだろうか。つまり、自信をなくしてしまい、可能性を自ら閉ざしてしまうというのは多数派に埋没し、無視されがちな少数派の抱える構造的問題かもしれない。

長尾さんは2015年に会社を辞めて活動に専念。生活に密着した日本語の教え方の研修も行った。「日本で暮らすための日本語というのは、あいうえお、とか文法とかから始めるのとは違うんです。今日まさに暮らし始める、どうやったら買い物が出来るのか、役所の手続きができるのか、そういったことから始めないと」

選ばれない国「日本」に、ならないために

撮影/中山実華

2018年には外国人の就労支援やキャリア支援を行う「株式会社link design lab」を起業する。

「企業が変わらないと日本社会は変わらないと思って。企業向けにはこちらもビジネスでやることにしました」

企業内で働く人向けの日本語教室や、日本語で自分のキャリアを語れるようにして今後につなげるプログラム、異文化理解の研修などを行っている。

長尾さんは岡崎市で結婚し、子どもは小学生になった。外からやってきて岡崎に根を張っている。生活実感にねざした支援なのだ。

少子化でさらに人手不足が深刻になる一方の日本は、2018年に特定技能制度を設け、外国人受け入れをさらに拡大した。岡崎市の中小企業も人手不足に苦しんでいるところが多い。だが……。「円安も進んで、生活もしにくいとなると、日本が選ばれない国になってきているんです。技能実習生も集まらなくなってきている」。日本がいくら来てほしいと願っても、生活環境や暮らしやすさを整えなければ、選ばれない。他の国に行ってしまう。

長尾さんは、ある中小企業の経営者からこんな言葉を聞いたことがある。「うちは、(働く人の)手足だけあればいいんだよね。口はなくていい」。「本音を言ってくれたんでしょうけど、すごいショックで……。外国人を人として尊重しなければ、もう来てもらえない」。でも希望を持てることもある。コロナ禍では中小企業の多くが、仕事をなくして困窮する外国人住民のための食糧支援に協力してくれた。

VIVarsityのミッションには、目指す社会像に「国籍関係なく、助け合っていける繋がりがあり、誰もが自分のポテンシャルを信じて挑戦したいことができる社会」が掲げられている。 撮影/中山実華

「Vivaおかざき!!」は2021年、さらに活動を拡大しようと「VIVarsity」に改称、法人格も得た。「Viva」と「diversity」を組み合わせた。「私たちの直面している外国人の問題は、岡崎だけの話じゃない。岡崎は日本のごく普通の地方都市です。

ここで成功すれば、日本の他の地方都市にもモデルを広げていけると思うんです」

岡崎から世界を感じながら、日本全国へ、誰もが自分の可能性を信じて挑戦できる社会へ。

VIVarsity

取材・執筆/渥美 雲

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