グローバルでの総売り上げが411億8千万ユーロ(約6兆5888億円)を超えたというロレアルグループ。好調の背景には、「パーパス(存在意義)を実現するのは多様性」というカルチャーがある。
楠田 倫子(くすだ・ともこ)
日本ロレアル株式会社ヴァイスプレジデント コーポレートレスポンスビリティ本部長。上智大学法学部国際関係法学科卒。米国コロンビア大学経営大学院にて MBA 取得。国内金融機関、米系消費財メーカーを経て1999年日本ロレアル入社。プロフェッショナルプロダクツ事業本部にてサロン流通ブランドのマーケティング統括やアジア市場における製品開発を担当したのち、2009年からロレアルリュクス事業本部、2015 年からはアクティブコスメティックス事業部においてシュウウエムラやラロッシュポゼなど様々なブランド統括および事業部長職を歴任。2020年にヴァイスプレジテントに就任し、コーポレート・アフェアズ&エンゲージメント本部長を経て、2022 年 9 月よりコーポレート・レスポンシビリティ本部長、現在に至る。日本におけるサステナビリティプログラムやCSR 活動を統括するとともに、企業倫理、人権、DE&Iの推進・遂行を担う。日本ロレアルエクゼクティブコミッティーメンバー。
ユニークなブランドポートフォリオが多様性を育む
撮影/キムアルム──現在、150カ国、37のブランドで事業を展開されていますが、改めて事業内容をお聞かせください。
楠田さん(以下、楠田):はい、ロレアルは1909年にフランス人化学者のウージェンヌ・シュエレールが創業し、日本ロレアルは2023年で60周年を迎えました。
「ビューティ」というと外面的な美しさをイメージするかもしれませんが、私たちはもっと本質的な、自分らしくあることに深くかかわっているのがビューティであると考えています。ですから、ビューティというビジネスを通して、社会に良いインパクトを与えることができるのではないか、という願いを込めて「世界をつき動かす美の創造」というパーパスを掲げています。
──パーパスを実現するためには「多様性が不可欠」と考える企業風土だと伺いました。DE&Iをどのように捉えていらっしゃるのでしょうか。
楠田:ロレアルは「ブランドポートフォリオがユニークである」という特徴があります。フランスで創業し、グローバル展開をする中でEU、アメリカ、アジアを発祥の国々とするブランドを擁し、ブランドが増えていく過程で多様性が重んじられるようになったという背景があります。世界の多様な価値観、多様なニーズに合わせた多様な美を、皆さんにお届けしていくというビジョンがあるのです。
日本ロレアルでも経営層以下、DE&Iは決してお題目ではなく、企業文化の中核をなすとても重要な考え方と位置づけています。たとえば、私は社内で「女性だから」と意識させられたことや、性別によるネガティブな思いをしたことは一度もありません。
──そんな思いをしたことが一度もないのですか?
楠田:はい、一度も、です。
──企業セクターにおけるジェンダー平等に関するデータと洞察を提供する組織「エクイリープ」が発表するグローバルランキングで、ロレアルグループは世界トップランクに選定されましたね。
楠田:ありがとうございます。フランス国内では1位、グローバルランキングでも3,500社中11位という評価をいただきました。私どもにとってDE&Iはビジネス戦略でもあり、より上位概念であるパーパスとの両面で切に重要だと捉えています。
88,000人の従業員、個々が望むキャリアを形成
撮影/キムアルム──すでにDE&Iは定着していると思いますが、とくに注力されていることはありますか?
楠田:人的資本経営でしょうかね。当社の人事システムはちょっとユニークなんです。
たとえば数年のジョブローテーションをしたあとに昇格試験があり、課長になるというような人事制度もありません。あくまでも一人ひとりの希望を聞き、スキル、資質に基づいてそれぞれに即したキャリアプランをつくっていきます。グローバルで約88,000人の従業員がいますが、全員にそれを行っています。
──88,000人! まさに「個」を活かすダイバーシティの本質的な考え方ですが、かなりのコストがかかるのではないでしょうか
楠田:そうですね。かなりの手間はかかっていると思いますが、多様性を推し進めていけば、そうなっていくのかもしれません。異動を断ることもできるんですよ。私も中途で入社したので最初は驚きましたが、断っても何のペナルティもないし、むしろ本人のモチベーションがパフォーマンスに影響するという考え方なので、できるだけ望む場所で働けるようになっています。
──日本の企業では考えられないというか、難しそうですね。
楠田:弊社のDE&I施策について、他社の人事ご担当の方から質問をいただくことも少なくありませんが、とくに驚かれるのが育休明けの配属についてです。
一方で、男性の育休取得率はまだ70%前後。会社としては取得を推奨していますが、まだ休むことに抵抗があるという人も少なからずいます。DE&I推進の課題は、本当に一人ひとりにまで浸透させることです。
お客様相談室に寄せられた1通の声
撮影/キムアルム──DE&Iに特化したトレーニングなどは実施されているのですか?
楠田:はい、グローバルでは2005年にDE&Iを推進する担当役員が任命され、取り組みがスタートしています。日本ではコレスポンデントを任命して、その下にコミッティをつくったのが2021年。コミッティリードのもとでさまざまなトレーニングが始まっており、DE&Iに特化したe-ラーニングは約80プログラムがあります。
コミッティができてからは活動が加速して、たとえば「東京レインボープライド」に2023年から協賛しています。たくさんの社員だけでなく、社長もご家族と一緒に参加しているんですよ。
──ビジネス上でのメリットにつながった事例などはありますか?
楠田:グローバルに多様なビューティを提供する、ということが私たちの社業なので、そもそも多様性とは切っても切れないところにいるのですが、DE&Iを企業文化として推進してきたことで、コーポレートイメージとして定着してきたという手ごたえはあります。採用の際にも、「DE&Iを重視している企業なので希望します」と言ってくださる方もいらっしゃいます。
印象に残った事例といえば、イヴ・サンローラン・ボーテでの店頭対応についてお客様相談室にご連絡をいただいたことがあります。その方はトランスジェンダーの方なのですが、スタッフから「お試しになりますか?」と声をかけてもらって、とても嬉しかったと。他店では「プレゼントをお探しですか?」と言われることが多く、自分も顧客として見てもらえたことに感動した、というご連絡をいただき、大変うれしく思いました。
──素敵なエピソードですね。イヴ・サンローラン・ボーテのファンになりました。組織が変化したという実感はありますか?
楠田:そうですね、元々の企業文化がダイバーシティだったので大きく変わったということはありませんが、やはり20年前と比較するとダイバーシティは加速して、見える景色も変わったと思います。弊社はもともと価値観としてDE&Iを大切にしてきましたが、より加速し、実装されてきたという印象です。
そんな中で「ONE L'ORÉAL Campaign」をスタートさせました。
エンゲージメントを高めるための意図もあり、採用においても多様な個性に集まってほしいという希望もあり、採用コンテンツとしても使用していきます。
「ONE L'ORÉAL Campaign」のヴィジュアル。 画像提供/日本ロレアル──1月9日に行われたCES(テクノロジー見本市)のキーノート(基調講演)で、ロレアルグループCEOのニコラ・イエロニムス氏が登壇されたのは驚きでした。
楠田:実はCESへの参加は10年ほど前からなのですが、キーノートに化粧品メーカーのトップが登壇したのは初めてということで、弊社としても嬉しく思っています。
AI時代が到来し「新しいビューティ」は、やはり戦略として重要な課題になっていると考えています。テックの知見を持っている会社への投資も始まっており、デジタル時代のビューティの在り方を“不揃いだからこそ強いチーム”で考え、越えていきたいと思います。