撮影/中山実華

キャリアの形成期とライフステージの変化が重なることで、女性はさまざまな選択を迫られる。「どちらかをあきらめたら、少しはラクになるかも」──そんな内なる声に負けずに自分らしいキャリアを築くためには、どのような心構えが必要なのか。

2024年3月8日の国際女性デーを記念して開催したトークセッション『Unleash Yourself! 幸せなキャリアのために』では、サンリオエンターテイメント代表取締役社長の小巻亜矢さん、パナソニック コネクト取締役 執行役員/CMOの山口有希子さんが登壇。「私なんて」という思いから自分自身を解き放つ方法について、自身の経験を踏まえて語り合った。

働くひとへ、伝えたいメッセージ

セッションが始まる前のひととき、小巻さんと山口さんの口からふとこぼれたのは、「みんなに幸せでいて欲しい」という言葉だった。

仕事上の幸せとプライベートの幸せは密接につながっており、そのどちらも幸せであることが現代のウェルビーイングでは重要だ。しかし女性は出産・育児等のライフイベントや、PMS・更年期等女性特有の健康課題等を負担に感じる人も多く、仕事への障害となることもある。

ただ、それらと同じくらい“幸せなキャリア”の追求を阻む何かが、女性側の意識のなかに潜んでいるかもしれない。結婚退職、出産などを経て45歳でサンリオ関連会社に復職し、初の女性館長としてサンリオピューロランドをV字回復へと導いた小巻亜矢さんは、「自分を『私なんか』とディスカウントしないで」と訴えた。

「言葉上とか、謙虚なニュアンスとして口にすることは誰しもあると思います。でも本当のところでは、誰よりも自分が自分を信じてあげてほしい

私も山口さんも、山あり谷ありで散々な経験もしてきました。本当に谷底に落とされるようなこともあるけれど、『ここで終わり』なんて思わずに、『ここで終わる自分じゃない』と信じる気持ちを持ち続けてほしいのです」(小巻さん)

小巻 亜矢さん。サンリオエンターテイメント代表取締役社長/サンリオピューロランド館長。結婚を機に退社し、出産、育児などを経てサンリオ関連会社に復帰。
2014年サンリオエンターテイメント顧問としてサンリオピューロランドに赴任。2015年、サンリオエンターテイメント取締役。2016年サンリオピューロランド館長に就任。2019年より現職。 撮影/中山実華

日本企業・外資企業で25年以上にわたりBtoBマーケティングに携わってきた山口さんも、自分をあきらめそうになる瞬間が多々あったと振り返る。

もう無理だと思っても腐らない、ギブアップしない。絶対にみんな、それぞれ素晴らしいものを持って生まれてきているんですよ。それさえ持ち続けていれば、失敗はいかようにでもなるということを伝えたい」(山口さん)

小巻さんは30代、40代と、「自分は特別な能力もなければ、世の中の役にも立っていない。『お前、なんぼのものだ』と何度も思わされてきた」という。

「それでも、とことん落ち込んだあとで『ちょっと待って。ここでは終われないよね?』って。そう自分に問いかける言葉を持っていたことが、レジリエンスにつながったのかもしれません」(小巻さん)

絶望とともに湧き上がった「もやもや」を、どう乗り越えた?

自分を過小評価しない「これで終わる自分じゃない」と信じ続ける──という小巻さんのメッセージに触れて、山口さんは大学時代の自分を思い出したと話す。

「私がどん底だったのは20代のとき。

バブルがはじけた後に最初の会社を辞めて、次の就職先がなくて60社ぐらい落とされた。そのときに大学の同級生から『山口、お前は終わったな』って言われたんです」(山口さん)

私は終わったんだろうか、もうダメなんだろうか、違う道を選んだ方がいいんじゃないか。そんな絶望とともに湧き上がってきたのが、なんとも言えない「もやもや」だったという。

「モヤるんですよね、本当にあきらめきれない。『このままでいいの?』という思いがあって、あがきまくりました」(山口さん)

山口 有希子さん。パナソニック コネクト取締役 執行役員/CMO。パナソニックのB2Bソリューションビジネスを担うパナソニック コネクト株式会社のデザイン&マーケティング部門の責任者として、国内外のマーケティング機能を強化しつつ、ビジネス改革・カルチャー改革に取り組む一方、ダイバーシティ推進担当役員として様々な活動を推進している。 撮影/中山実華

山口さんの「もやもや」という言葉を聞いて、「そう、それ!」と大きく頷く小巻さん。実はこの「もやもや」こそ、自己肯定感の芽なのだという。

「自分もダメかもしれないと思うし、周りからもそう言われる。自己否定の嵐のなかで、それでも自分を肯定したいという発芽が『もやもや』なのでは

自分のなかの気づき、叫び、うずきというか……。

これってきっと、みんなが持っているはず」(小巻さん)

女性の場合、ライフステージに伴う体調の変化もネガティブな心理傾向につながりやすく、自分を追い詰めてしまうことがあると小巻さんは指摘する。セルフケアを重視し、歩く、泳ぐ、歌う、踊るなど「自分を手っ取り早くポジティブに向ける切り口」を持っておくことが、ストレスマネジメントとして有効だとした。

自己肯定感を損なわないためには、自分の体の声を聞き、時間をかけて自分をケアすることが大切だ。ストレスが高まると腹痛やアトピー、過去ひどい時には胃潰瘍にもなったという山口さんは、別の切り口からセルフケアのヒントを伝えてくれた。

「いろんな会社に落ちてダメになりそうだったときは、お金もなかったので公立の図書館に行き、毎週5冊の本を読むようにしていました。自分とは違う著者の視点や情報を入れるということが、すごく救いになりましたね」(山口さん)

23歳の山口さんの心を動かしたのは、1980年代に活躍したジャーナリスト・千葉敦子さんのエッセイ。アメリカへの移住を決めたタイミングで乳がんを発症するが、渡米をあきらめずニューヨークで働きつつ治療する道を選んだ勇気の人だ。

同じく読書好きの小巻さんのおすすめは、エリザベス・キューブラー・ロス著『人生は廻る輪のように』。終末医療の医師として死と向き合った彼女の言葉に打たれたとして、「人生は洗濯機のなかでもまれる石のようなものだ。粉砕されてでてくるか磨かれてでてくるか、けっきょくは、それぞれの人が選択している」という一節を紹介してくれた。

答えは自分の中にある。人生のハンドルを自分で

撮影/中山実華

書店や図書館に出かけたり、新聞を広げて見出しを眺めたりしていると、特定の言葉が目に飛び込んでくることがある。

それは自分にとって「ご縁がある言葉」だと小巻さんは話す。

「2004年頃、日本で取り上げられることが増えてきたコーチングの本の見出しを見ていたとき、ふと目に止まったのが“答えはその人の中にある”という言葉。当時の私は人に自分の“よかれ”を押し付けがちで悩んでいたこともあり、今も人生の指針になっています」(小巻さん)

「今までの世の中は同調圧力が強く、“答えは自分の中にある”という本質に向き合わなくても生きて来られた。というよりも、そうでないと生きられなかった面もありますね。

キャリアでも“こうあらねばならぬ”という思い込みがありますが、本来はみんなの当たり前ではない、その人の幸せの形がそれぞれにあるはず。難しいけれど、そこに向き合っていかないと幸せな人生やキャリアにつながっていかない。それは50代を越えて改めて感じているところです」(山口さん)

もやもやをはじめとする自己葛藤の声を丁寧に拾っていくと、自分の中にある答えが少しずつ見えてくる、と小巻さん。山口さんも、モヤる自分を見過ごさずに、人生のハンドルを自分で握ることが重要だと説いた。

「中学校のころ人にすごく好かれたくて、部活も勉強も生徒会も頑張りすぎて、自律神経失調症になったんです。そのときに痛感したのは、みんなから好かれる自分は自分じゃない、ということ。いまキャリアも含めて幸せだと思えるのは、自分の心の声がようやく見つかってきたからなのかな、と感じています」(山口さん)

山口さんの言葉に「私も同じ!」と小巻さん。「好かれる自分、頑張る自分だけじゃなくても、そろそろいいんじゃないかと。

甘えたい自分、『助けて』と言いたい自分もいることに気づくとラクになる」と微笑んだ。

「助けて、教えて」が言える。変わっていく新しいリーダー像

『Unleash Yourself! 幸せなキャリアのために』オンラインイベント収録の様子。進行は遠藤祐子(MASHING UP)が担当した。 撮影/中山実華

小巻さんの「助けて、と言える自分」というキーワードに深く頷いていた山口さん。その在り方は、現代社会の新しいリーダー像につながるのではないかと問いかけた。

「人の意見を聞いてサンリオをV字回復した亜矢さんもそうですが、マネージャー像自体が変わってきていると感じます。これだけ世の中が勢いよく変わっていくと、一人のリーダーが全てをハンドルすることは不可能です。『助けてほしい』『これがわからないから教えて』、そう言えるリーダーが、ある意味で強くなっているのではないかと」(山口さん)

「かつての“一人のカリスマがすべてを背負う”というリーダー像は、現代の組織にとってはむしろマイナス。多様な力が発揮できない勿体なさもあるし、リーダー自身が潰れていってしまいますよね」(小巻さん)

これから求められるのは、自分の「できない」を認めながらも、「だからこそ、みんなで」と言えるリーダーだ。多様な仲間をリスペクトし、お互いに補完しあいながらチームワークでやっていくという二人のスタイルが、新しいリーダーシップ像を描かせてくれた。それぞれの谷底を乗り越えて、「今がいちばん幸せ」と話す二人。

あきらめずにキャリアを追求したご褒美は、「素敵な仲間たちと、いろんなチャレンジができること」だと山口さんは笑顔を見せる。

小巻さんも、「自分には荷が重いなんて思わずに、ぜひチャレンジする方を選択してほしい」とエールを送った。

困難や挫折に直面したときは、『何が起きてもケーススタディでしかない』と考えてみて。すると必ず糸口が見つかります。あきらめずに成長し続けると、仕事で出会う人が変わってくる。本当に素敵な人と出会える、そのチケットを手に入れてください」(小巻さん)

いっぽう山口さんは「私なんてダメ」と思ったときは、「自分はこの子をプロデュースするプロデューサーなんだ」という視点を持ってみてほしいとアドバイスする。

「そうすると、まさに何が起きてもケーススタディとして検討できる。大失敗しても命を取られるわけではないし、こういう行動をさせてみたら、また違った動きが起きるかな、とかね。その視点を持っておけば、仕事はけっこう大丈夫!」(山口さん)

みんなに幸せになってほしいから、モヤモヤと向き合いながら「プロデューサー業」に挑戦してみてほしいと山口さん。明るく励ます二人の言葉に、自分らしいキャリアを築く力をもらえたセッションだった。

国際女性デースペシャルセッション 『Unleash Yourself! 幸せなキャリアのために』
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