撮影/高橋宗正

人生100年時代において、セカンドキャリアやサードキャリアをどう描いていくかはこれまで以上に需要だ。会社のキャリア支援制度を活用するケースも増えてくるだろう。

しかし、結婚・出産を機に家庭に入ることが一般的だったマチュア世代・シニア世代の女性や、長年パート勤めなど非正規雇用で働いてきた女性は、自分自身で新たな道を模索していかなければならず、課題も多い。

鎌倉にあるオーガニック料理教室「ワクワクワーク」では、料理の資格のない60代の女性や子育てで一旦社会から離れていた女性が、セカンドキャリアやサードキャリアで料理教室の講師や本部スタッフとしていきいきと活動している。

毎日作りたくなるシンプルで簡単なレシピを教えるクラスのほか、修了後に教室開講できる「講師養成講座」をもうけ、これまでに全国で270名以上の認定講師を誕生させた。調理実習スキルはもちろん、話し方や講師としてのあり方、運営についてなど、一人ひとりに合った包括的なサポートをすることで、セカンドキャリアやサードキャリアに踏み出すさまざまな不安を解消している。

実際に鎌倉の教室を訪ねると、20代~70代まで幅広い年代の方が和気あいあいとテーブルを囲んでいた。その中のひとりで、認定講師となり、現在は自宅で料理教室を開いている50代の女性は「ワクワクワークに通い出してから“こうでなくてはならない”という考えから解放されて、心がラクになった。家族にも性格が前向きになったといわれて、やりたいこともできた」と話す。そこには、ワクワクワークの自分らしさや多様性を尊重する姿勢が大きく影響していた。

食をつうじて“私のしあわせ”を見つけていく

撮影/高橋宗正

松波苗美さんが娘の菅野のなさん(ワクワクワーク代表)と料理教室を立ち上げたのは、今から17年前、55歳のとき。管理栄養士として病院に勤務していた際に、知り合いから料理教室の講師をしてほしいと頼まれたことがきっかけだ。

「あらかじめ用意してくださった材料でやってみたものの、私が伝えたいのはこれじゃない!有機野菜や調味料などもっとおいしいものはあるし、ほかにも大切なことがたくさんあるのに……と。そこで、ちょうど大学で心理学の勉強をしていた娘にも相談してみたら、娘のやりたいことと私のやりたい食のことを組み合わせて、何か面白いことができるかもしれないねとなって、2人で自分たちの料理教室を開くことになりました」(松波さん)

ワクワクワークは単に料理だけを教える教室ではない。軸においているのは、毎日のごはんから“私のしあわせを見つける”こと。

「一生たのしく生きるための食の講座オンライン」や「食の学び 温故知新クラス」など、生きていく上で切り離すことができない食とどう向き合っていけば自分が心地よくいられるかを、さまざまな方向からアプローチしていく。どのプログラムもとてもユニークだ。

なかでも人気の「食と心のバランス講座」では、家族も自分も大切にしながら効率よく毎日の食事づくりを楽しむためのコツを学んでいく。オーガニック野菜を使った調理実習後は、テーマに沿って「心」の書き出しをして整理していくワークの時間がある。このような、料理だけではなく食生活を含めた学びのスタイルになった理由のひとつに、松波さんの管理栄養士としての経験が生かされている。

撮影/高橋宗正

「親子2人で教室をスタートするときに決めたのは、オーガニックでシンプルなレシピにすることと、カロリー計算をしないということ。病院にいるときは緻密にカロリー計算をしていましたが、実際に病棟で栄養指導をしていくと、もっと小さいころから知っておいてほしいことがたくさんあると感じました。もちろん栄養指導して変わることもありますが、若いころからの生活習慣が根づいているとなかなか難しい。カロリー計算以外の私がもっている知識や経験を伝えられているのが、とてもうれしいです」(松波さん)

無理をしない寛容なオーガニックの考え方

撮影/高橋宗正

松波さんがオーガニックと出会ったのは、妊娠中。一冊の本に衝撃を受けたことからはじまる。

「有吉佐和子さんの『複合汚染』(新潮社)を読んで、農薬の怖さを知りました。妊娠中ということもあって、もう何を食べていいのかわからなくなってしまって。それで、本の後ろに書いてあった有機農業研究会に電話したのです。

そうしたら、当時住んでいた横浜にある有機野菜を取り扱っている『横浜 土を守る会』を紹介していただいて。当時、収穫した野菜は引き取ることになっていたので、たくさんの野菜が届いてご近所に配ることもありました」(松波さん)

『複合汚染』は、1970年代に急速な近代化によってもたらされた環境汚染に警笛をならしたベストセラー小説。いまでこそ有機野菜などのオーガニック製品も一般に浸透しているが、当時はまだそういった商品も情報も限られていた。

「ちょうどその頃、いまも続けている『大地を守る会』(有機野菜や自然食品の宅配サービス)ができたのですが、有機の食材は普通のものよりかなり割高だったから、エンゲル係数がものすごく高くて。けれど、あまり躊躇はしませんでした」(松波さん)

そう飄々と語る松波さんにオーガニックの一番の良さとは何かを尋ねると、真っ先に出てきたのが“すべてに寛大である”こと。オーガニック料理教室と聞くと、とても厳密なルールや細かなこだわりがあるようなイメージを持つが、ワクワクワークはとても自由で無理なくその人らしく在ることを大切にしている。

撮影/高橋宗正

「“ねばならない”ということはなくて、あなたはあなたでいいし、私は私でいい。たとえば無農薬の野菜や多様性、生き方もすべて含まれるのがオーガニック。でも、決してゆるいわけではなくて、有機野菜って細胞が引きしまっていてすごく元気。オーガニックのそういうところが好きです」(松波さん)

別の認定講師の女性は、45歳でワクワクワークと出会うまではオーガニックどころか料理とはまったく無縁の生活を送ってきたという。にもかかわらず、49歳の今は認定講師となり、自身でおにぎり屋を開くまでになっている。その方は「苗美さんが一貫して、“無理をしなくていいしすべて受け入れます、過去は一切否定しません”って言ってくれて。

ワクワクワークは考え方を押し付けないので、頑張れないときに頑張りなさいとはいわないし、逆に頑張りたくなったらその人のペースに寄り添い、背中を押してバックアップしてくれます」と話してくれた。

人生100年時代に向けて、もっと自分を大切にして欲しい

撮影/高橋宗正

最近は松波さんと代表で娘でもある菅野さんで、人生100年時代にどう生きていくかという話をよくするのだとか。そこで生まれたのが、松波さんの集大成となる講座「四季のうるおいごはん講座」だ。年齢を重ねていくなかで知っておきたいことについて食を中心に、体のケアや生活リズムなどいろいろな切り口で紹介している。

「若い世代の方たちはもっと自分を大切にして欲しいですね。人生は一度だけ。自分がやりたいことをやらなくちゃ! 30代のつづきが40代で、40代のつづきが50代。すべては続いていくもの。もっと楽しく生きられるよう伝えていきたいと思っています」(松波さん)

ワクワクワークが女性たちのセカンドキャリア・サードキャリアの場となっているのは、時代に合わせて揺れ動く女性たちの心に寄り添い、その人らしい生き方を尊重し、柔軟にサポートし続けた結果なのかもしれない。

ワクワクワーク

取材・執筆/佐々木彩子

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