ライオン サステナビリティ推進部の池西岳樹さん(左)と小和田みどりさん。 撮影:伊藤圭

消費財大手のライオンが、プラスチックリサイクルの取り組みを加速している。

力を入れているのが、洗剤やハンドソープなどの詰め替えパックと、歯ブラシのリサイクルだ。

詰め替えパックについては2020年11月、花王と実証実験に着手。使用済みパックの店頭回収をスタートした。競合企業との協働について、同社サステナビリティ推進部の池西岳樹さんはこう話す。

「店頭ではライバルですが、お客さまから物を集めてリサイクルする取り組みに関しては、ライオンのものだけ集めて他社のものを集めないということはできません。やはりここは一緒になって回収・リサイクルをしようとなりました」(池西さん)

プラスチックの回収・リサイクルと言えばペットボトルが知られているが、ペットボトルと同じくらい身近な詰め替えパックのリサイクルは進んでいなかった。内容物を温度や湿度、紫外線などから守るために不可欠な容器の品質が、リサイクルのハードルを高くしていたからだ。

「日用品は品質を3年間保証しなければいけません。そのために異なる材質の素材を何枚も張り合わせることで品質を担保しています。その点が、リサイクルを非常に難しくしていたのです」(池西さん)

「詰め替え文化」は日本が誇るべき生活習慣

ライオンはそれまでにも、プラスチックの使用を減らすため、濃縮タイプの洗剤や詰め替え商品の開発・販売を積極的に進めてきた。

「洗濯用・台所用の洗剤、シャンプー、コンディショナー、ハンドソープ、ボディソープなどさまざまな日用品の詰め替えパックは、いまや国内出荷量の8割を占めるまでになっています。従来型の容器を使い続けていたらプラスチックの使用量が非常に増えてしまっていたところを、詰め替えパックなどの推進によって、約80%抑制することができました」(池西さん)

「詰め替え文化は日本の誇るべき生活習慣」と話す池西さん。 撮影:伊藤圭

「しかし、プラスチックの使用を抑える取り組みだけでは不十分で、(使用済みのものを)リサイクルしてもう一度資源として活用していくことにチャレンジする必要がありました」(池西さん)

そうした危機感が全社的なムーブメントにつながり、ライオンと花王のトップ同士が会社を超えてタッグを組むことに合意した。

それから約1年半後の2023年5月、使用済み容器から生まれた再生材料を一部に使った詰め替えパックの洗濯用洗剤を発売。飲料メーカーが推進している「水平リサイクル」と同じ取り組みを、日用品で初めて実現した。

両社の挑戦は企業や自治体などにも広がり始めた。神戸市では2021年からダイエーやウェルシア薬局などの店頭で使用済みパウチを回収、小林製薬やユニリーバ、牛乳石鹸、コーセー、アース製薬、サラヤなどさまざまな企業も参加するなど一つのムーブメントになりつつある。

156万本の歯ブラシを回収

オーラルケアで日本トップの売り上げを誇るライオン。創業から130年以上の歴史は、「健康は歯から」をスローガンに「歯磨き習慣」を定着させる歴史でもあった。

最近では、口腔内の健康が全身の健康状態に影響することが広く知られるようになった。

歯周病は脳梗塞のリスクを8.5倍、糖尿病のリスクを4.8倍、早産や低体重児出産といった妊娠トラブルのリスクを2.8倍にするなど、さまざまな健康リスクを増大させるという。(出典:公益財団法人ライオン歯科衛生研究所編「歯周病と全身の健康を考える」) 資料提供:ライオン

歯周病を防ぐ、最も身近な対策は歯磨きだ。冒頭で触れた歯ブラシの回収・リサイクルについては、約10年前の2015年から開始した。

「歯ブラシの毛先が開いてしまうと、刷掃力が落ちてきれいに磨けなくなります。もったいなかったり変えるタイミングが分かなかったりしてつい使い続けてしまいがちなのですが、“開いたら回収するので、新しい歯ブラシに替えてください”と訴える取り組みを始めたんです」(池西さん)

歯ブラシの回収・リサイクルは、歯磨きから始まる健康づくりに力を注いできた同社のプライドをかけた取り組みでもある。

地道な取り組みの結果、現在は国内で約1400カ所に回収拠点を設け、2024年3月末時点で約156万本の歯ブラシを回収してきた。

回収した歯ブラシは、植木鉢や定規、猫用トイレなどさまざまなプラスチック製品として再生。テラサイクルジャパンと提携し、回収ボックスの設置から集荷、リサイクルして作られた製品との交換など一連のサイクルを実現する独自のプログラムも実施している。 資料提供:ライオン

「東京都では、墨田、板橋、台東の3区とも連携して回収を行っています。

回収に協力してくれている小中学校の児童生徒に何にリサイクルしてほしいか聞いたところ、墨田区の学校からは定規にしてほしいという希望があり、定規を作って寄付する取り組みもしています」(池西さん)

オーラルケアで健康格差を解消

撮影:伊藤圭

「ライオンは、事業を通じて社会に貢献したいという創業者の思いから始まりました」

そう話すのは、サステナビリティ推進部 エシカルマーケティングプロデューサーの小和田みどりさんだ。

約130年の間に受け継がれ、醸成されてきたライオンの企業文化は、2021年に策定した中長期経営戦略フレーム「Vision2030」にも色濃く反映されている。

「私たちのパーパスは、『より良い習慣づくりで人々の毎日に貢献する』ということ。そのなかでも、健康な生活習慣づくりはサステナビリティの最重要課題です。

2030年にオーラルケア習慣で5億人、手洗いなどの清潔・衛生習慣で5億人、合計10億人に対し、ライオンの製品・サービス、情報を提供することで健康な生活習慣づくりに貢献することを目指しています」(小和田さん)

撮影:伊藤圭

歯磨きはいまや日本人なら誰もが行っている習慣のように思われるが、それでもまだまだやるべきことはあるという。一例が自然災害による影響だ。

「2016年4月の熊本地震では、災害関連死で亡くなった方のうち3割が誤嚥性肺炎などの呼吸器系の病気でした。

その原因の一つとして考えられるのは、ウィルスや細菌です。避難所でオーラルケアができなかったことでリスクが高まり、健康に影響を与えてしまった可能性もあるかもしれません。」(小和田さん)

そうした状況を踏まえ、ライオンはオーラルケアの機会を失うことで起こる健康格差の解消に力を入れている。

「IoTやAIなどのテクノロジーを使ってさまざまなサービスや商品を提供するということにも着手しました。インクルーシブ・オーラルケアというプロジェクトを通して、新しい予防歯科習慣の定着に取り組んでいます」(小和田さん)

貧困家庭の子どもに「褒められる」体験を

撮影:伊藤圭

格差の背景には、生活環境や身体的な状況、また正しい情報が届いていないことや経済的な理由でオーラルケアができないといった理由がある。

経済的な理由については、貧困が大きな問題となっている。

「日本の子どもの7人に1人が貧困状態にあります。貧困と虫歯は相関関係があり、経済的に余裕のない生活困窮家庭では、そうでない家庭に比べて子どもの虫歯が2倍程度多い。中には家に歯ブラシがない子どももいるのが現状です」(小和田さん)

生活困窮家庭の子どもは褒められる経験が少なく、自己肯定感が著しく低いという特徴があるという。そうした「経験」の機会を提供するため、ライオンはこども食堂を展開するNPO法人むすびえとプログラムを開始した。

「プログラム設計のポイントは3つ。楽しく遊びながらオーラルケアが学べる。褒められる体験をする。ほかの人とコミュニケーションをする。

この活動にはライオン社員も巻き込み、多くの社員がボランティアで参加し、こども食堂で活動しています」(小和田さん)

ほかにもユニクロと協働して歯ブラシの回収を行うなど、さまざまな企業・団体との協働に力を注ぐライオン。

健康習慣づくりの元祖としての取り組みは加速し続けている。

※2024年4月に実施された、台湾政府・企業による日本のESG視察ツアー時の内容を抽出・編集したものです。
※本記事は、2024年6月26日掲載Business Insider Japanの記事の転載です。
文/湯田陽子、撮影/伊藤圭

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