「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」を体験したことがあるだろうか。

純度100%の暗闇、つまり完全に光を閉ざした空間で、視覚以外の感覚でコミュニケーションをとりながら空間を進んでいくというものだ。

1989年にドイツで誕生し、日本では1999年にスタート。これまでに24万人が体験したという「暗闇ソーシャルエンターテインメント」である。

今、この「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」がビジネス研修として注目されている。既に1000社以上が導入し、「その名を聞けば知らない人はいない」というトップ経営者たちもこぞってダイアログビジネスワークショップを体験しているという。暗闇の体験がもたらす気づきとは何か、その効果を代表の志村真介さんに聞いた。

暗闇でパズルを完成させるワークを体験

浜松町の駅から歩いて約10分。東京・竹芝にあるダイアログ・ダイバーシティミュージアム「対話の森」でダイアログ・ビジネス・ワークショップ体験会が行われた。参加者は8人ずつのチームに分かれ、まずは簡単な自己紹介を行う。全員面識はないが、スタート前にサマンサやかっちゃんなどニックネームをつける。これが重要だ。そして「アテンド」と呼ばれる視覚障がい者のリーダーと一緒に約90分の「暗闇ソーシャルエンターテインメント」に出発する。

暗闇の中で体験するコンテンツはいくつかあるが、ここでは「パズル」を完成させるワークを紹介したい。チーム全員が輪になって座り、それぞれに配られたピースの大きさを手探りで把握しながら、完成させるというものだ。

まず、アテンドのリーダーがピースを一人ずつに配っていく。完全なる暗闇でどうやって配るのか? どんな形のもの?

「サマンサは今、この位置にいます!」「かっちゃんは多分サマンサさんの対角線上にいます」といった自分の位置を伝える言葉や「山ちゃんの手元には2つあります」など、形や数についての情報が積極的にやり取りされる。これは「聴覚」と「触覚」のコミュニケーションだ。

各自にピースが行きわたると自分のピースはどれくらいの大きさかを申告するのだが、当然ながら自分が持っているピースは何番目のものかわからない。大きさは「触覚」の情報しかない。「かっちゃんのピースは頭に被れる帽子ぐらいかな」など自分の名前を言いながら言葉で説明し、チームで相談して順番を決める。そして組み立て係の人をひとり決め、順番にピースを渡して組み立ててもらう。

結果はどうだったかというと、私たちのチームは完成しなかった。なぜなら各自が大きさを判断する途中で「これを基準にしよう」と共通認識が生まれたのだが、それぞれに「尺度の思い込み」のバイアスがあったからだ。

視覚障がい者のアテンドさんにとっては、暗闇は日常だ。「私はここです」「これは大きそう」といった曖昧な情報では伝わらない。「私」は誰で、「ここ」とはどの位置なのか。

「大きい」とはどれくらいのサイズ感なのか。より具体的で、相手を思いやるコミュニケーションをすることで初めて「正しい情報が伝わる」ということを知り、普段いかにいい加減なコミュニケーションをしていたかに気づく。このワークは単なるゲームではなく、仕事のプロセス、自分やチームのコミュニケーションの癖が露になるという。

暗闇がもたらす、ビジネスパーソン自身の気づき

「まさにこのワークは、普段の仕事のメタファーでもあります。暗闇の中で、普段のコミュニケーションの癖があぶり出されるんですね」と話すのはDID代表の志村さん。

普段、何かを考えるときの主語は『私』であるのに対し、暗闇で考えるときは『私たち』になります。暗闇の中では、8人がお互いを理解し合わなければミッションを遂行できません。自己の役割を認識し、どう他者と関わって それぞれの特性を活かし、楽しみながら ゴールに向かうのか。これは企業研修での一番のキーでもあり、ダイバーシティの考え方でもある。 自分軸から他者軸への移行が、企業を取り巻く複雑に変化し続ける状況の中で持続可能な状況を目指すことに通じていきます。」(志村さん)

誰もが対等になれる暗闇の中での体験は、「コミュニケーション向上」「チームビルディング」「リーダーシップ養成」「ダイバーシティ推進」「イノベーション能力向上」などの効果を上げることができるという。

「コミュニケーションに関してはワークでもご紹介したように『相手に正しく伝わるとはどういうことか、コミュニケーションに足りないことは何か』を、身をもって体験できます。チームビルディングも同様で、スタート時に初対面だった8人は、終了後には『お互いが助け合う存在』として強い絆が生まれます。企業研修の場合、例えば部署をまたいだ横断的なチームなどで体験いただくとより良い関係性が生まれ、組織に変化があったというお声をいただくことも少なくありません」

リーダーシップ養成もユニークだ。

暗闇の中では助けたり、助けられたりがコロコロ変わるので、リーダーはフォロワーであり、フォロワーはリーダーであるという感覚が養われる。これまでプレイヤーだった中間管理職がマネジメントに変わるマインドの切り替えにも有効だと話す。

「中間管理職研修では、途中でチームを入れ替えたりします。暗闇の中でようやく息が合いはじめたチームをあえて途中で入れ替えます。すると再びいちから情報共有を始めてチームをまとめなければなりません。これは、自分のチームに新入社員が入ってきたという場合や、企業風土の異なる中途社員が入ってきたなどのケースにも役立ちます」

自分が柔らかくなる五感体験をビジネスにも

私たちは普段、情報の約80%を視覚から受け取っている。ということは、暗闇の中では残り20%の感覚で情報を受け取らなければならない。すると、視覚以外の感覚感度が5倍に拡張するのだという。

「たとえば、部下が営業成績を持ってきたときに、数字をチェックし、見える情報で会話をすることが多いと思います。しかし、視覚障がい者は、資料を見る前から、部下の足音や声色で“いい報告”なのか、“よくない報告”なのかがわかります。視覚以外の感覚が研ぎ澄まされているからなんですね。感覚が“柔らかくなっている”とも表現できます。 コンクリートの上に尖った石の上を裸足で歩くと痛いですが、 やわらかい土の上に同じ尖った石があっても痛くありません。

自分や企業の状態も柔らかくなると、何かが起きても痛くないんです。つまり、ビジネスの場面でも自分の感覚を柔らかくしておくことは大きな強みになるということ。ダイアログ・イン・ザ・ダークで柔らかくなった状態で、ビジネスに戻っていただけるといいですね」

体が硬い人と柔らかい人では、100メートル走でもパフォーマンスが変わるという。当然、柔らかい人の方が速く走ることができる。身体も心も柔らかい自分でいることは、ビジネスのパフォーマンスを上げることにおいても重要なのだ。

EQ(情動知能指数)の数字が軒並みアップする

ダイアログビジネスワークショップはどれだけの効果があるのか? その指標となる数字がEQ(情動知能指数)だ。EQとは生産性や職務への適応、パフォーマンス、ストレスコーピングなどを極めて鋭敏に予測する指標だ。参加者に体験前と後でテストを行い、その変化を見ている。 1度体験するだけでEQ(情動知能指数)の数字が約10%アップするという。

具体的には、自己対応(自己理解や自発的に行動できる動機づけ、自制心や主体的な決定など自己をコントロールする力)が平均で4.5%アップ。対人対応(他者を思いやる気持ち、他者の感情への共感、他者のスキルを活かし協力して課題に取り組む力)は11.1%(課題に対する責任感のある意思決定、複数の人々を率いて状況判断するリーダーシップ、臨機応変の機転や柔軟な対応力)は9.8%アップした。

助け合わなければ先に進めない、というのが、ダイアログビジネスワークショップの大きな特徴です。暗闇の中では、アテンドの人が頼りです。

普段、社会の中で視覚障がいの人は助けられる存在ですが、暗闇の中では助けてくれる存在に。これは企業研修でも同じで、上司がリーダーで部下がフォロワーという構造は絶対ではありません。暗闇の中では上司も部下もなく、ニックネームで呼び合う。立場をリセットして、ある意味、強制的にフラットに対話(=ダイアログ)していく状況で、EQが上がっていくと考えています

これまでの思い込みが外れ、本質に立ち戻る。これを共通体験することで、新しい気づきが生まれ、イノベーションが生まれるのだ。

ポーラでは「ダイアログ・ダイバーシティ交換留学」を実施

既に1000社以上の企業研修に活用されているダイアログビジネスワークショップだが、ユニークな活用を行っている取り組みをご紹介する。

不動産会社の株式会社CHINTAIでは、入社式にダイアログビジネスワークショップを活用。「常識や固定概念にとらわれずチャレンジしてほしい」というメッセージを新入社員に伝えるために、暗闇入社式を導入しているという。社長も役員も新入社員も全員がニックネームで呼び合い、初日から距離が近くなると参加者全員に好評だ。暗闇の中での自己紹介は相手が見えないため、先入観や相手の反応を気にせずに自分らしく発言できるというメリットも感じられたようだ。

化粧品メーカー大手のポーラは、一般社団法人ダイアローグ・ジャパン・ソサエティとの「交換留学」を実施。ポーラの社員2名は、ダイアローグ・ジャパン・ソサエティにて広報や接客、ミュージアムの運営業務を担当。

ダイアローグ・ジャパン・ソサエティの視覚障がい者1名はポーラにて視覚以外の感覚を活かした商品官能評価やインクルーシブなパッケージデザイン評価に携わった。

「ポーラさんはダイアログビジネスワークショップもご体験いただいていますが、若手リーダーシップ教育の一環として交換留学を双方で実施しました。普段の職場では、視覚障がい者の方に合うことは少ないと思いますが、ここでは打ち合わせの際に6人中5人が視覚障がい者というケースもあります。つまり自分がマイノリティ側になる。すると、会議の資料ひとつとってみても、これまで作っていたものでは全く通用しません。どんな資料を作れば相手に伝わるか、経験できるわけです。これは座学のダイバーシティ研修では得られない体験です 。そこから『鏡を使わないメイクアップレッスン』というイノベーションプログラムが生まれました」

また、ある食品会社のダイアログビジネスワークショップでは、暗闇で自社の商品を触り「これは何味か?」というワークを行った。このときは500人近くが参加していたが、全員が「自社のパッケージは視覚障がいの人に商品の中身が触ってもわからない」ということを一瞬で知ることができたという。

ダイアログビジネスワークショップは企業の悩みや目指すゴールなどでワークショップのカスタマイズが可能だ。冒頭で紹介したワークの代わりに、子どものときの文具との懐かしさを想い出す「鉛筆削りで鉛筆を削る」という五感を拡張させるワークを行った文具メーカーもある。

誰もが対等になれる場で、新しい対話の在り方に気づくダイアログビジネスワークショップ。一度体験したら、その効果に驚くはずだ。

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ダイアログビジネスワークショップ

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