家庭用包丁や使い捨てカミソリで国内トップシェアを誇る、グローバル刃物メーカーの貝印。
“切れ味”を強みに、日常生活から医療現場までさまざまなシーンで使われる製品を国内外に展開し、脱プラスチックを実現した「紙カミソリ®」など持続可能なものづくりを追求している。
100年以上にわたり伝統を受け継ぎながら進化を続けてきた同社に、サステナビリティ経営の進め方を聞いた。
創業時から続く“マーケットイン”の精神
撮影:中山実華貝印は1908年、世界三大刃物産地の一つとされる岐阜県関市で創業。
関市で刃物づくりが始まったのは鎌倉時代のことで、織田信長が活躍した戦国時代には数々の名刀が生まれたという。その後、刀鍛冶から家庭用刃物に転向した職人が多くいた土地で、貝印はその歴史をポケットナイフの製造からスタートさせた。
同社が大事にする言葉に「野鍛冶(のかじ)の精神」がある。これは使う人の用途や癖までを理解して道具をつくる職人の心意気を表したものであり、いわば現代の“マーケットイン”だ。
「当社は伝統を受け継ぎながら進化を続け、顧客の課題解決に貢献するものづくりを続けてきました」(貝印 研究開発本部 サステナビリティ推進部 大野詩織さん)
独自の商品開発基準「DUPS³ 」
貝印 研究開発本部 サステナビリティ推進部の大野詩織さん。 撮影:中山実華貝印と聞くとカミソリや包丁が真っ先に思い浮かぶだろう。
しかし同社が手掛けてきたのは刃物類だけではない。調理器具、化粧小物、生活用品、医療器具など、さまざまな製品を世に送り出してきた。
2014年には国際的権威のある「レオナルド・ダ・ヴィンチ賞」を日本企業で初めて受賞。文化的価値観や固有の技術を未来に伝える優秀な企業を表彰するこの賞は、過去にイタリアのサルヴァトーレ・フェラガモなども受賞している。 撮影:中山実華貝印は経営指針として「持続可能な経営に対するKAIグループ指針」を掲げる一方、独自の商品開発基本方針である「DUPS³」に沿ってものづくりに挑んでいる。
「DUPS³」の基礎となる方針は20年以上前から掲げられていたが、近年新たに3つ目のS「S:Sustainability(持続可能性)」が追加されたという。DUPS³を構成する6つの要素を取り入れながら、社会や環境に優しい製品づくりを追求してきた。その代表的な製品と取り組みを以降で紹介していく。
ペットボトルのキャップからできた爪切り
貝印では近年、主要製品で持続可能な包装資材への切り替えを進めるとともに、製品自体の素材にもリサイクル材を積極的に採用している。
「家庭から出た廃棄物を原料とするPCR材、工場で発生した廃棄物を原料とするPIR材などさまざまなリサイクル材を利用して、カミソリや身だしなみ用品を開発しています」(大野さん)
撮影:中山実華直近の取り組みとしては、ペットボトルキャップ由来の再生プラスチックを使用した爪切りの開発がある。
これは貝印をはじめさまざまな企業が行政や大学などと連携し、持続可能な社会の実現を目指す「J-CEP(ジャパン・サーキュラー・エコノミー・パートナーシップ)」と神戸市との共同プロジェクトにおいて制作されたものだ。
J-CEPは神戸市と連携し、市内の資源回収ステーションで集まったペットボトルキャップの再利用の可能性を検討しており、制作された爪切りは神戸市の全ての小学校と養護学校169校に寄贈された。
脱プラスチックを実現した、世界初の紙カミソリ®
ハンドル部分にプラスチックではなく紙を使用し、ユーザー自身が組み立てて使う使い切りタイプの「紙カミソリ®」は、従来比98%のプラスチック削減に成功した。 撮影:中山実華さらに画期的な取り組みとして、多くのメディアでも取り上げられ話題となったのが2022年に販売開始した「紙カミソリ®」だ。
耐水性に優れ水やお湯に濡れても使用可能で、薄型かつ軽量のため旅行や出張時の持ち運びにも便利なアイテムだ。
「ホテルアメニティのカミソリは1度使ったら捨てるのが一般的です。
であれば“素材を変えてはどうか”という観点で、環境配慮やプラスチック削減にも成功したのが紙カミソリ®です。
お客さまが折り紙のように組み立てて使うという点でオリジナリティやストーリー性があり、さらに特許も取得し、環境に配慮したサステナブルなものづくりを体現できました」(大野さん)
最近ではパーソナルケアブランド「miness®」やグルーミングツールブランド「AUGER」など、多様な価値観に寄り添ったブランドを発表し幅広いユーザーを獲得している。
また、その技術の要となる知的財産権の価値をWebサイトで分かりやすく伝えるとともに、模倣品に対する取り組みにも力を入れる。
「当社は世界中で製品を販売しているため、各国の法令を把握するとともに『知的財産権網』をグローバルに構築して日々対応しています。
実際に模造品の差し止めなどにも成功していて、今後も知的財産権を積極的に活用していきたいと考えています」(大野さん)
おいしく楽しく、地球にやさしく
貝印最後に、貝印ならではといえるユニークな取り組み「やさしい切りかた辞典」を紹介したい。
食品ロスの原因の一つといわれるのが「野菜の過剰除去」。本来は食べられる部分まで切って捨ててしまうこの問題により、家庭から排出される食品ロスは年間32.8万トンに上ると推定されている。
Webで公開中の「やさしい切りかた辞典」は、地球にも食卓にも優しい野菜の切り方や長持ちする方法、オリジナルレシピなどを紹介しており、大人も子どもも楽しみながら身近な知識を学べるコンテンツとなっている。
「野菜の正しい切り方をお伝えすることでフードロスを減らし、子どもたちの食育活動にも貢献できればと考えています」(大野さん)
貝印は、創業115周年を迎えた2023年、新たな企業ミッションとして「切れ味とやさしさ」を掲げた。創業以来の「切る」技術の追求をベースに、ステークホルダーに寄り添ったものづくりを続けていく。
※2024年4月に実施された、台湾政府・企業による日本のESG視察ツアー時の内容を抽出・編集したものです。
※本記事は、2024年7月31日掲載Business Insider Japanの記事の転載です。
文:星野愛、撮影:中山実華、編集:中島日和[Business Insider Japan Brand Studio]