撮影/中山実華

女性が管理職になりたがらないのは、果たして「女性の消極的な性格や意識の問題」なのか。

2016年4月施行の「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律」(以下、女性活躍推進法)に先駆けて、三菱UFJリサーチ&コンサルティングは、「女性管理職の育成・登用に関する調査」を2015年に開始。

2018年の調査を経て、本年5月28日に発表された今回が3回目となるが、男女それぞれに意識の変化が見てとれる興味深い結果となっている。

どのような条件がそろったら、女性が管理職になりたいと思えるのか。そして、どうすれば男女問わず活躍できる職場づくりにつながるかという課題に対し、「短時間勤務の評価を見直すことが改善の第一歩」だと、同社執行役員・主席研究員の矢島洋子さんは提言する。

少子高齢化対策、男女共同参画の視点から、ワーク・ライフ・バランスやダイバーシティマネジメント、働き方改革関連の調査研究・コンサルティングをおこなってきた矢島さんに、今回の調査や関連調査によって明らかになった課題や、短時間勤務の評価を見直す意義について話を聞いた。

女性非管理職は「自分には無理だ」と思い込んでいるだけ

矢島洋子(やじま・ようこ)三菱UFJリサーチ&コンサルティング 執行役員 主席研究員 政策研究事業本部 東京本部副本部長/1989年に新卒採用第一期生(当時は三和総合研究所)として入社。これまでに手がけたプロジェクトは「ポジティブ・アクション見える化事業」(厚生労働省)、「未来の働き方プロジェクト」(Google)、民間企業・官庁を対象とした、ダイバーシティや働き方改革のコンサルティング・研修、「仕事と家庭の両立に関する実態把握のための調査」(厚生労働省)等多数。現在は、厚生労働省「労働政策審議会」やこども家庭庁「こども家庭審議会」の委員等を務める。出向先の内閣府における男女共同参画分析官や、中央大学大学院戦略経営研究科客員教授等、社内外を問わず多くの活動実績がある。 撮影/中山実華

男女の管理職・非管理職を対象とした「女性管理職の育成・登用に関する調査」のなかで、矢島さんが今回注目したポイントは、「管理職になった女性が、自分の能力に自信を持っていること」と、「男性の昇進意欲が低下していること」だ。

まず、「自身の能力評価」について見てみよう。女性非管理職の自己評価の低さが顕著に表れているのが、「マネジメント力」「部下育成力」「指導力(リーダーシップ)」の3項目だ。その背景には、男性よりも女性のほうが「管理職に必要な資質」を高い水準で認識していること、そして女性管理職のロールモデルが少なく、イメージのハードルが上がりすぎていることが要因として考えられる。しかし、同じ項目における女性管理職の自己評価は高く、自分の能力に自信を持っていることがうかがえる。

つまり、女性は「管理職なんて自分には無理だ」と思い込んでいるだけで、やればできるという可能性が十分にあるということだ。

三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成「女性管理職の育成・登用に関する調査」(2024年5月)より抜粋。

もう一つのポイントは、「昇進意欲」。「管理職を目指したい」と答えた女性非管理職は15.5%にとどまり、男性非管理職の24.8%と比べて低い。だが、前回の2018年調査と比較すると、女性非管理職のポイントはほぼ変わらないが、男性非管理職は6.3ポイントも低下し、さらに「役職につかなくてもよい」と回答した男性非管理職は10.9ポイントも上昇する結果となった。

三菱UFJリサーチ&コンサルティング作成「女性管理職の育成・登用に関する調査」(2024年5月)より抜粋。

矢島さんは、「いまの働き方や評価制度のままで管理職になると、ワークライフバランスが阻害されるという感覚を男女ともに持っている。現在の組織のあり方に、男性もNOを突きつけているということです」と話す。

男性の昇進意欲が低下。働き方に生じた理想と現実のギャップ

撮影/中山実華

「男性の昇進意欲が低下していること」にショックを受けている企業は少なくない。しかし、管理職になりたがらないのは女性だけではないことに、「人事担当者も薄々気づいていたのではないか?」と矢島さんは指摘する。気づかないフリをしていたのは、男性も含めた全社員の問題となると、組織のあり方そのものを見直さなければならないからだ。

近年、合理化を目的として組織のフラット化を進め、管理職の階層を減らしてきた企業では、残った管理職の負担が増している。また、働き方改革関連法によって一般社員には残業が規制されるが、そのしわ寄せがいくのは管理職。仕事の進め方や業務の効率化などの本質的なアプローチをしてこなかった企業では、昇進に魅力を感じない非管理職が増えてもおかしくない。

加えて、2022年に同社が実施した「ポストコロナ期における男女のライフプランニング調査」では、男性の理想の働き方も子どもが生まれてから大きく変わる傾向にあり、特にコロナ以降は短時間勤務の希望が増加した。この調査はそもそも女性の働き方の希望と現実に大きなギャップがあることを示すために、2006年に開始されたものだが、いまの20~30代は共働きが当たり前。ゆえに男性の働き方にも理想と現実の間にギャップが生まれているのだ。

「男女ともに理想と現実の差をできるだけなくし、働き方を選べるようにするには、組織にフルコミットできる人だけで運営することを前提として成り立っていた仕組み自体を見直さなければなりません。既存の組織のあり方を変えなければ、女性活躍もダイバーシティも実現しない。企業はいま厳しい問題に直面しているのです」(矢島さん)

誰かがマネジメントを担わないと、組織は立ち行かなくなってしまう。男女問わず働き方が多様化するなかで、女性の管理職は今後ますます求められるようになるだろう。

トップが直接働きかけて、役員に責任を課すこと

撮影/中山実華

女性活躍推進法が施行された2016年当時、企業では女性の管理職候補層に向けた意識啓発をおこない、積極登用する動きが見られた。しかし、候補層として滞留していた女性の登用が一段落した。数年後には、「女性活躍はもういいんじゃないか」という声に押され、注力しなくなってしまった企業もある。

その一方で、この問題にきちんと取り組んできた企業は、当事者である女性だけでなく、上司を変えなければならないことに気づき、管理職研修にも力を入れるようになっている。

こうして現場のマネジメントレベルは少しずつ変わりつつあるが、企業風土や人事制度を大きく変えるには、やはりトップから組織全体を変えるアクションを起こさなければならない。女性活躍だけでなく、働き方改革においてもトップのコミットメントが重要であることはよく知られているが、「経営計画に書き込むなど、社内外に取り組みを推進するメッセージを発信することが、トップのコミットメントではない」と矢島さんは釘をさす。

「トップのコミットメントとは、旗振りをするダイバーシティ担当だけでなく、人事や経営企画がそれぞれアクションを起こすよう、直接働きかけること。ダイバーシティ推進室、人事部、経営企画部が三位一体になって取り組む体制を構築すること、トップから本部長クラスの役員たちにダイバーシティ責任を課すことが重要なのです」(矢島さん)

役員は所掌する部門の業績目標を達成すると同時に、ダイバーシティを推進する役割も担う。ダイバーシティ先進企業と呼ばれる大企業のなかには、トップが本質的なアプローチを指示する企業が現れてきているようだ。

時間制約期に、いかに良い形で仕事ができるか

撮影/中山実華

矢島さんはこれまでに実施した数々の調査から、「時間制約期に、いかに良い形で仕事ができるか」が女性管理職を増やす鍵だと考えている。その時期に会社から期待を寄せられ、正当な評価を受けることができれば、キャリア意欲を失うことはなく、管理職を目指す人もおのずと増えていく。

同社は厚生労働省からの委託で、短時間勤務の目標設定や評価などの具体的な運用方法を示した「厚生労働省『短時間正社員制度』導入支援マニュアル」を2013年に作成している。そのポイントは、「業務の与え方」と「評価」にあるようだ。

「マニュアルでは、基本的に仕事の質や期待・役割は変えずに、仕事の量を減らすことを提示しています。フルタイムの人の目標が100だとすれば、短時間勤務の人の目標は80といったように、短時間なりの目標設定をする。勤務時間に関係なく、目標が達成できたら同じ評価をつけることが本当のエクイティ(公正)なのです」(矢島さん)

フルタイム勤務と短時間勤務では基本給の差があり、同じ評価がついても賞与の額もフルタイムのほうが大きくなるよう設計されている。

それなのに、「フルタイムの人は大変だから」という理由で、上司が短時間勤務の人の評価を下げると、基本給と評価の2段階で下がってしまう。そうした状況が続くと「頑張っても報われない」と感じるようになり、仕事に対する情熱や組織への信頼がどんどん失われていくのは目に見えている。

そうならないように、「短時間勤務の人に対する業務の与え方と評価の考え方」を社内できちんとルール化し、すべての管理職が把握しておけば、育休復帰者はやる気を削がれることなく、前向きに仕事が続けられる。ところが、こうしたルールを導入することに否定的な経営者や人事担当者も存在する。人事担当者はトラブルケースを目にすることが多いせいか、アンコンシャスバイアスが強い傾向にあるようだ。

「一般論として、子育て社員に限らず組織や集団は、意欲の高い2割、中間の6割、意欲の低い2割で構成されるという『2-6-2の法則』がありますが、改革に消極的な人事担当者や管理職は、下位2割をイメージして、施策の効果を疑ってしまう。制度や施策は真ん中の6割にアプローチするためのもの。6割が変わり、全体が底上げされれば下の2割も少しずつ変わっていく。短時間勤務者に対して公正な評価をすることで女性全体の活躍が底上げされ、中長期的には管理職や高度専門職などの女性の比率向上も期待できます」(矢島さん)

いろんな人が異なるタイミングで活躍してもいい

撮影/中山実華

介護問題にはじまり、少子化対策、ワーク・ライフ・バランスと、女性活躍やダイバーシティに関する調査・研究を30年近く続けてきた矢島さんは、社会が変わらない時代を長く過ごしてきたこともあり、ここ10年の変化はとても大きいと感じている。

そんな矢島さんも、入社当時は将来管理職になるとは思ってもみなかったそうだ。一般職から翌年総合職の研究員に転換したが、家庭の事情で東京を離れることに。その時、矢島さんを引きとめ、嘱託研究員という新たな役職を作ってくれた当時の会長、出産後に復帰を促してくれた部長、昇進を悩んでいた際に「肩書きはつけてもらったほうがいい」とアドバイスしてくれたクライアント、 「自分の名前で仕事をしなさい」と背中を押してくれた教授など、矢島さんのターニングポイントにはキーパーソンとの出会いがあった。

また自身も、子育てによる時間制約のあった時代に、担当できる案件数は少なくなっても、プロジェクトリーダーとして効率よく成果を出しながら、中長期的なキャリアビジョンを持って経験を積む努力をし、その仕事や能力をきちんと評価してくれる人が社内外にいた。奇しくも矢島さんの歩んできた道は、「女性管理職の育成・登用に関する調査」結果とも重なっている。

「私は現在50代後半ですが、いまだにあれもやりたい、これもやりたいと仕事に対する情熱が失われていないんですよ。定年間近で落ち着いている人もいると思いますが、私は時間制約のある時期に、やりたいと思いながら仕事を抑制していたエネルギーがまだ残っている。そうして男性や女性、いろんな人が異なるタイミングで活躍してもいいと思いませんか?」と、矢島さん。

育児や介護、心身の不調などさまざまな理由で、仕事にフルコミットできない時期が訪れることもある。そうした期間に仕事に対する情熱や組織への信頼を維持することができれば、矢島さんのようにのちにリーダーとして大活躍するかもしれないのだ。

女性が管理職になりたがらないと頭を抱える経営者や人事担当者は、「『短時間正社員制度』導入支援マニュアル」を参考に、短時間勤務の評価制度を見直すことから始めてみよう。まわり道に見えても、時間制約のある時期を経て活躍できる人材を育成することが、これからの企業の女性活躍推進の成否を左右するに違いない。

取材・文/山本千尋、撮影/中山実華

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