撮影/日本MIT会

日本では理工系大学に進学する女子学生が男子学生に比べて極端に少ない。もっとインクルーシブな教育機会を提供するために、大学関係者にはどんなことができるだろうか?

このような問題意識から、マサチューセッツ工科大学(MIT)のアラムナイネットワークである日本MIT会が実践してきたのが、若い世代に向けてのSTEAMワークショップだ。

ことに2024年は、MIT初の日本人留学生が卒業してから150周年の節目。日本MIT会とMIT-Japan Programとが力を合わせ、福岡県・宮城県・大阪府・群馬県・東京都の全国5か所で記念イベントを無償で開催した。

各イベントではMITの学部卒業生、修士号や博士号の取得者、研究者、教職者など多様で多才なステークホルダーが、DNA抽出実験とEgg Drop(エッグドロップ)チャレンジを含むハンズオン形式のワークショップを指導し、小学5、 6年生および中学1年生が参加した。

撮影/山田ちとら

本稿では2024年8月4日(日)に行われた東京工業大学でのワークショップの様子をお伝えする。なお、東工大ワークショップに限っては、STEAM教育におけるジェンダーギャップ解消を目標に掲げていることを理由に、対象児童を女子のみとした。

STEAMを将来の選択肢のひとつに

撮影/山田ちとら

スタート早々にまず「MITってなんの略だか知っているかな?」と会場に問いかけたのは、日本MIT会会長のロメインさわか(Sawaka Romaine)さんだ。

ロメインさんはMITがアメリカのマサチューセッツ州にある数学・工学・科学の分野に強い大学だと説明した上で、日本人初の卒業生である本間英一郎さん(1854~1927)の人生についても触れた。

日本MIT会の113年に及ぶ歴史の中で、初の女性として会長職を務めているロメインさん。挨拶では「できる限り女の子たちにもSTEAMのことを知ってほしい」という想いから今回のワークショップを開催したことを明かし、「誰でもなんでも好きなことにどんどんチャレンジしていけると思ってほしい。STEAMも将来の一つの選択肢として考えてもらえれば」と期待を寄せた。

アートで学ぶ拡散的思考

撮影/山田ちとら

続いてMIT-Japan Programのディレクターを務めるクリスティーン・ピルカベージ(Christine Pilcavage)さんが登壇した。

MIT-Japan Programとは、1981年にMITで設立され、MITの学生と日本の大学、企業、研究機関などをつなげることで、学生の知識向上や社会問題の解決に貢献することを目的としている。MIT-Japan Programは日本国内でも活動しており、2017年からは宮城県気仙沼市においてSTEAMワークショップを実施してきた。

ピルカベージさんは、STEAM教育の重要性について参加者一人ひとりに語りかけるように説明した。

STEAMとはScience(科学)、Technology(テクノロジー)、Engineering(エンジニアリング)、Art(アート)、そしてMathematics(数学)から成り立っているが、

「どうしてアートが入っているんだろう?と思う方も多いかもしれません。でもみなさんはCreativity(創造性)を使っているので、やはりアートは必要です。今日は楽しくSTEAMを学びながら、MITの学生や卒業生の人たちと交流してください」(ピルカベージさん)

と話した。

日本の理工系大学は女子率が低い

撮影/山田ちとら

ワークショップの会場となった東京工業大学は、派遣留学プログラムなどを通じてMITとの関わりが深い。両校とも理工系の学生が集まっているという点で共通しているが、女子学生の数に大きな違いがあると東工大学長の益一哉さんは説明した。

小学生、中学生の皆さんが毎日勉強している教室には、男子学生も女子学生も同じ人数がいますよね。ですが、東京工業大学は1年生で入ってくる学生のうち、女性は15%しかいない。 MITでは48%から50%が女子学生です。これが普通なんです。

このジェンダーギャップを解消すべく、「東工大では様々な人に勉強してほしいなと思って、女子枠を設けました。それは皆さんに理工系で学んでいただいて、明るい未来を作って欲しいなという意味で始めました」と益さん。

さらに、2024年10月1日には東工大と東京医科歯科大学とが統合し、新たに東京科学大学が誕生するという。「理工系だけではなく、医学や医療や看護の研究分野にも広がり、多様な学生が入ってくる新しい大学を作ります」

今回のワークショップ参加者たちが大学に進学する頃には、東工大は「Science Tokyo(東京科学大学の略称)」として生まれ変わっているだろう。

サイエンスが好きだったら突き進んでほしい

撮影/山田ちとら

東工大ワークショップでは、MIT メディアラボ元助教で、現在では東京藝術大学デザイン科准教授を務めるスプツニ子!さんによる基調講演が行われた。

数学者を両親に持つスプツニ子!さんは、小学生の頃から数学に親しみ、プログラミングも大好きだったという。しかし、「数学やサイエンスやロボティクスは ”男の子のもの” とするバイアスが日本にはまだ根強く残っている」と指摘した上で、

男性脳とか女性脳とか、生物学的に差があるわけじゃなくて、完全に個人差。その差が起きるとしたら、社会的な要因が大きいと言われています。だから、みんなには本当に自分が好きなものに熱中してほしいし、サイエンスが好きだったらどんどん突き進んでほしいなと思っています」(スプツニ子!さん)

と参加者にエールを送った。

母親の価値観が娘に影響する

また、保護者に向けた特別講演において、スプツニ子!さんは母親の価値観が娘に大きな影響を与えていることについて言及。統計的に見ても、母親が「女子には理系は向いていない」と思っていると、娘が理系を志さない確率が高まるそうだ。

日本の女子学生は、グローバルな視点で見ると数学の能力が高いにも関わらず、大学・大学院の進学率は男子学生よりも低いという。企業は理系の女子を採用したいのに、そもそも大学で学んでいる女性が少ないために四苦八苦しているそうだ。

なぜ理系の人材には多様性が求められるのか? この点について、スプツニ子!さんは

「テクノロジーやサイエンスは人類にとって平等に課題解決しているように思えて、実は全然、平等ではなかったという歴史があるんです。多様性がないとこういった課題解決が後回しになってしまい、女性やマイノリティにとって生きづらい世の中が作られてしまう」(スプツニ子!さん)

と熱を込めて説明し、会場からは熱心な質問を受けていた。

一筋縄ではいかないDNA抽出実験

撮影/山田ちとら

丸一日かけて行われたワークショップ。まず午前中には、イチゴとバナナのDNAを集める実験が「クイズ形式」で行われた。すなわち、実験の手順が書かれた4枚のカードを「どうやったらDNA が見られるようになるか」を主眼に置きながらベストだと思われる順番に並べ、その通りに実験を進めていったのだ。

あらかじめ示された手順に従って実験を進めていくことに慣れていた児童には、戸惑いが大きかったようだ。

撮影/山田ちとら

ここで重要だったのは「正しい答えは必ずしもひとつではない」ということ。

むしろ、何をやろうとしているのかを定義し、想像力を駆使していろいろな方法を考え、その中からアプローチを決めていくこと、そしてその経験から何かを学び取ることこそが重視された。

この一連の学びは「エンジニアとしてのデザインプロセス」として言語化され、ワークショップ参加者に共有された。

Egg Dropを通じてチームワークを体感

撮影/山田ちとら

午後は10チームに分かれて「Egg Drop」チャレンジに挑戦した。

Egg Dropとは、21階建ての校舎から卵を落としても割れないように創意工夫するMITの伝統的なイベントで、毎年ユニークな作品が話題を呼んでいる。

それぞれのチームに与えられたのは紙コップ、割りばし、モール、テープ、ひもなどのありふれた材料ばかり。例年パラシュートを起点とする作品が多く見られるため、ビニール袋の使用は不可とされた。

撮影/山田ちとら

各チームが苦労して作り上げた作品は、2階の高さから容赦なく投げ落とされた。

果たして、卵が無事だったチームからは歓声が湧き上がっていた。割れてしまったチームも極度に落胆する様子は見受けられず、むしろチームとしての連帯感が極まった感さえあった。

アイデアを出し合い、方向性を決めて、プロダクトに落とし込む。短時間にこれだけの作業をチーム一丸となってやり遂げた達成感は大きかったようだ。

会場を後にする参加者の面々は明るかった。

MIT STEAMワークショップ

取材・文/山田ちとら

編集部おすすめ