日本企業のDEI指標開示はすすみ、その重要性への理解は上がっているように見える。しかしながらその取り組みには、ある種の「温度差」も見られるようになってきているのではないか。
人材戦略、ジェンダー平等は正しい方向に進んでいる?
MASHING UP理事の夫馬賢治さん。 撮影/中山実華まず、MASHING UP理事によるDEIレポートでは、MASHING UP理事の夫馬賢治さん(ニューラル CEO)が、日本のESGの現状と課題を、特に人的資本経営や人材戦略に焦点を当てて説明。
日本の企業現場、特に大企業では「女性管理職比率」「男性育休取得率」「男女賃金格差」の3指標の定量情報の開示が進展している。一方で、「3つの指標を開示することばかりに注力してしまい、人材ポートフォリオの定義や投資対効果の把握といった、人的資本経営の具体的な施策や取り組みは依然として進んでいない」と指摘。
「社会の変化に対応するためのバックキャスティングを用いた人材戦略が十分に議論されていない。DEIになぜ取り組むのか、目的への理解を深めるべき」と伝えた。
MASHING UP理事の小木曽麻里さんはリモートでの参加。 撮影/中山実華続いて理事の小木曽麻里さん(SDGインパクトジャパン取締役)は、PE業界や非上場企業におけるDEIの推進に焦点を当てる。
「世界を見ても、M&A、プライベート・エクイティ(PE)業界は未だ男性主体の組織が多い。男性主体の海外のPE企業の日本企業買収において、DEIが後退することが懸念されている。イギリスではジェンダーバランス改善に向けたイニシアチブが効果を上げており、例えば、『ダイバーシティ&インクルージョン・ガイド』や『Women in Finance Charter』などの取り組みにより、女性の上級職進出が進んでいます」(小木曽さん)
人的資本3指標の開示が大企業を筆頭に進む傍ら、非上場、金融企業を含め日本全体を見た時にジェンダー平等が本当に進んでいるのかを考えていく必要がある、と伝えた。
日本企業の開示は薄い、外圧がないと動かない
C Channel 監査役 石井龍夫さん(左)と、MAKコーポレーション 代表取締役社長 有馬誠さん(右)。 撮影/中山実華ディスカッションパートでは、ABMメンバーからDEI動向に関する様々な見解や意見が上った。
iSGSインベストメントワークス 代表取締役の佐藤真希子さんは、人的資本開示の動きは急速に進んでいるものの、「バックオフィスの対応が追いついていないため、上場維持の大変さや非上場化の進行も考えられる」と日本企業の現場現状を危惧。
フィナンシャル・タイムズ 在日代表の星野裕子さんは、海外企業の情報発信やDEIの進行状況をもとに「イギリスの企業では、男女賃金格差などについては細かいクライテリアまで報告している。海外投資家から見ると、日本企業の情報開示は薄いと言われています」と報告。
日経BP総合研究所 人的資本経営フェローの一木裕佳さんは「日本企業は報告書作成において、外圧があると動く傾向にあるが、それが本質的であるかをしっかり考える必要がある」と話した。
男女格差改善にクオーター制は必要か
ジャーナリストの浜田敬子さん。 撮影/中山美華MPower Partners General Partnerの村上由美子さんは、PE業界について「投資先企業の男女格差は統計でも出ており、問題視されている」と話す。「原因として、VC業界における男女格差がある。リミテッドパートナー(LP)などが女性比率を上げるために指標を設けたり、クオーター制を導入するのが解決策になるのでは」
フジテレビジョン 解説委員/ディレクションズ 顧問の鈴木款さんも、「男女比率を上げるには、積極的にクオーター制を導入すべき」とし、さらに「人権について話し合うと『儲かるの?』という疑問が上がりがち。社外取締役などを採用して外からの圧力をかけたり、生産性・効率性に関する数字やエビデンスを提示することが大切」と述べる。
会社がダイバーシティへの取り組みを進めると、従業員の満足度が向上する。MAKコーポレーション 代表取締役社長の有馬誠さんは、「従業員のモチベーションや満足度は企業価値につながる大切な要素。DEIの目的は、従業員の働きがい・満足度にある」とコメント。
異なる能力を持つリーダー同士の協力が重要
エール取締役 篠田真貴子さん。 撮影/中山実華ジャーナリストの浜田敬子さんは、DEIにおける管理職やリーダーのあり方について、「現管理職の負荷が大きいことがダイバーシティ推進の障壁になっている。管理職の役割を見直し、例えば複数で分担することで、異なる能力を持つ人がリーダー層になれる。結果的にこれまでなかなかリーダー層に手を上げにくかった人もなれる機会が増える」とし、「同質性の高い企業文化にはリスクがあるので、リーダーが多様になれば同質性の排除にもつながる」と指摘。「これをエビデンスや論文と共に伝えることで変革を促せるのでは」と話した。
DEIがおきる環境について、エール取締役である篠田真貴子さんは「DEIがおきる環境を、個別の責任にしてしまうと一向に進まない。組織全体で、DEIが浸透する環境とは何かを考えるべき」。また、「企業文化とは、社員一人ひとりが日々体験するコミュニケーション。組織に入らないとわからない定性的なものであるが、企業文化は一度体験すると伝播していく。良いモデルや姿勢を世の中に示していくと変わるのでは」とも。
企業同士、次世代との対話が重要に
パナソニック コネクトCMO DEI担当役員 山口有希子さん(左)、Q0代表取締役社長の林千晶さん(右)。 撮影/中山実華パナソニック コネクト CMO DEI担当役員の山口有希子さんは、「経営層、高いポジションに就く社員の意識が変わらないと組織は変わらない」とし、「変わりたい企業は多いものの、行動に伴わない。企業同士が繋がり、情報交換をしていく重要性を強く感じる」と語る。
C Channel 監査役/イーライフ エグゼクティブアドバイザー 石井龍夫さんは「日本企業はBtoB比率が高いため、各企業のカルチャー改革が進まないからにはDEIも前進しないだろう。どこから、何をてこにしてスタートするのか第一に考えるべきだ」と話す。
Q0の代表取締役社長である林千晶さんは、「なぜDEIが必要なのか──。根本の話し合いを次世代と行っていく必要があります。若い世代は、業績の話ではなく次の世代へ良いカルチャーを繋げていくことに関心がある。地域の起業家支援やスタートアップにおけるダイバーシティ推進が不可欠であり、企業の規模に関係なく、働きがいのある組織について考えていきたい」と語った。
人のための企業、人のための社会のために。包摂的な社会の実現のために企業が提供する価値は大きい。MASHING UPが本質的な議論の場の提供と発信の原動力になれば、というあたたかなエールやコメントが多くのメンバーから寄せられた。この会議で明らかになった各イシューについては、MASHING UPの活動を通じて、積極的に扱っていきたいと考えている。
構成/MASHING UP編集部、取材・文/杉本結美、撮影/中山実華