ナイキ ソーシャル・コミュニティ・インパクト シニアディレクター(APAC)の森本美紀さん。 画像提供/NIKE

今、子どもの運動離れ・体力の低下が社会問題になっている。

特に女子の“スポーツ離脱”は深刻で、スポーツ庁の統計によると、中学生女子の4人に1人は1週間の運動量が60分にも満たない。

プロテニスプレイヤーの大坂なおみ選手、スポーツメーカーのNIKE(ナイキ)、スポーツを通じた社会貢献事業を行なうローレウス・スポーツ・フォー・グッド財団(以下、ローレウス財団)は、こうした女子の運動離れを解消し、スポーツ参加促進支援を行うプログラム「プレー・アカデミー with 大坂なおみ」(以下、プレー・アカデミー)の活動を2020年にスタートした。女子が参加したいと思う安全・安心なスポーツの環境作り、スポーツを通じて女子が成長し未来を創るためのスキル構築、プログラムを支援するための仕組み作りなどを実施している。

2024年10月、東京で「女の子のためにスポーツを変えるウィーク - COACH THE DREAM - 」と題したサミットを開催。国内外のスポーツ界で活躍するアスリートやコーチ、専門家が集い、女子とスポーツを取り巻くジェンダー課題について意見交換を行った。

心からみなぎる「やりたい」を応援する

「女の子のためにスポーツを変えるウィーク - COACH THE DREAM - 」東京サミット 午前の部 会場風景。 画像提供/NIKE

本サミット共同主催者であり、ナイキ ソーシャル・コミュニティ・インパクト シニアディレクター(アジア太平洋担当)の森本美紀さんが、「本サミットのテーマである“COACH THE DREAM”とは、コーチングを通じて女の子の夢をみんなで応援すること。そして、社会が女の子にやってほしいことではなく、内からみなぎる『やりたい』を応援すること」と主旨を説明。

「男子よりも女子のスポーツ参加率は約20%も低く、またスポーツをやっていても女子は男子より2倍の速さでやめてしまう。この状況を変えるために、『プレー・アカデミー with 大坂なおみ』を5年前に立ち上げた。女の子がスポーツを通じて自分らしさを表現できるように、そして安心・安全な環境でスポーツを楽しめるよう、プログラムの担当者や指導者の研修を進めてきました」(森本さん)

クライミングと柔道を行っている中山杏珠さんによるスピーチ(前)。後ろには、桃山学院大学学生の世古汐音さん。 画像提供/NIKE

そして、スポーツに携わる女子2人が登壇し、スポーツとの出会いから見つけた新しい自分の生き方についてスピーチを行った。

桃山学院大学の学生としてバレーボール部のキャプテンを努めながら、地域の中学校のバレー部でコーチをしている世古汐音さんは、以前はプレーは大好きでも指導者とうまくいかず、練習に行くのが辛くなることもあった。「1人で抱え込んでしまう自分を支えてくれたのは、同級生やチームメイト、近くの先生の助けでした。力になろうと手を差し伸べてくれたり、話を聞いてくれた人の存在のおかげで、自分自身も大きく変わることができた」と話す。

今では指導する側となった世古さんは、「スポーツをするなかで、 1人で悩んで苦しむ世の中にしたくない」と展望を語った。

中学2年生の中山杏珠さんは、障がい者クライミングの普及活動をするNPO法人 モンキーマジックに参加している。1歳の時に目の病気が見つかり10歳で全盲に。クライミングと柔道と出会い、いまでは諦めず前向きにチャレンジすることができるようになったという。

「クライミングは私にとって、自分自身と戦うということを見出してくれたスポーツであり、『チャレンジ』を具現化するもの。手探りでもゴールにたどり着ける根性を試されているクライミングは、自分との戦いです。一方で柔道は、相手と向き合うスポーツ。道着を着ること、道着を掴むこと、 受け身を覚えること、相手に投げられること。すべてが新感覚で、沼にはまったようにのめり込みました。

これからもさまざまなことに挑戦し成長したい」(中山さん)

女子とスポーツを取り巻くジェンダー課題

右から、中京大学スポーツ科学部 教授の來田享子さん、前バスケットボール日本女子代表のヘッドコーチの恩塚亨さん、桃山学院大学学生の世古汐音さん。 画像提供/NIKE

続くパネルディスカッション「私たちは何を考えるか──女の子の声を聞いてみて」では、加速する女子のスポーツ離れについて討論。中京大学でスポーツ科学部の教授である來田さんは、「女子のスポーツ離れには、ジェンダー規範が大きく関わっている」と話す。

「メディアや報道を見ると、スポーツに関するニュースは男性ばかり。女子選手が取り上げられたとしても、結婚など全くスポーツと関係のない情報と絡めて見出しがつけられる傾向にあります。これでは、女子にとってスポーツを身近に感じることはできません」(來田さん)

さらに、ロールモデルとなる女性コーチが足りず、上達するほど女性のコーチと出会いにくくなる点にも言及。「まず私たちができることは、女子の好きなことや大事にしていることを理解すること。そして、スポーツ自体を変えていく必要もあるかもしれません。女子がスポーツを通して、自分らしさを育むことができることをめざしたい」と來田さん。

左から、ローレウス財団の篠原果歩さん、読売ジャイアンツの田中美羽選手。 画像提供/NIKE

前バスケットボール日本女子代表のヘッドコーチの恩塚さんは、「スポーツには、仲間と共に体を動かすという素晴らしい時間を共有する喜びやワクワク感がある。私はコーチをする上で『ワクワクは最強』という想いを大切にしています。ワクワクはクリエイティビティにつながるし、 努力が努力じゃなくなる

そういう状態を選手もコーチもめざすことができたら、より豊かな人生を歩んでいけるのではないか」と提言。この『ワクワクは最強』というフレーズは、会場の多くの来場者が共感の意を示した。

読売ジャイアンツの田中選手は、「改めてスポーツは素晴らしいと感じた。ここまで野球を続けることができたのも恵まれた環境があったから。トライアンドエラーを繰り返して達成する喜びや面白さを、今の女子が体験するにはどうすべきなのか。スポーツを始めるきっかけとなるような活動を、今後は行っていきたい」とコメントした。

適切なコーチングが女子のスポーツ参加の鍵に

左より、ナイキ チーフ・インパクト・オフィサーでVPのヴァネッサ・ガルシア・ブリトーさん、5x オリンピック競泳金メダリストのミッシー・フランクリン・ジョンソンさん、Center for Healing and Justice through Sport創設者のメーガン・バートレットさん。 画像提供/NIKE

第二部では「先行事例から気づき、未来に向けてのアクションを生み出す」をテーマに、海外で活躍するスポーツ関係者が登壇。

女子や女性のスポーツ参加を支援するジョンソン選手は、「スポーツは間違いなく人生を変える力を持っている。特に自己理解を深める年代には、自分自身にできることを理解する手助けにもなる。スポーツは、失敗を学び、克服する力を養うための最適な手段です」と、スポーツが持つ力について語った。

Center for Healing and Justice through Sport創設者のバートレットさんも、 スポーツが強力なメンタルを養うことができる点に言及しながら、次のようにまとめている。

何が必要で、どのように変わるべきか、女の子たちのためにより良い経験を提供するにはどうすればよいか──。これらの答えは、コーチの存在にあると思います。コーチが女子にとって『勇気を持つこと』ができる環境をつくることが、非常に大切。適切な環境を整えれば、女子たちは新しいことへの挑戦に一歩を踏み出すことができます」(バートレットさん)

今回のサミット開催を通じて、プレー・アカデミーは「女の子のスポーツ参加を促す指導者ガイド」を発表。女の子が安心してスポーツに参加できるように、指導者が知っておくべき知識と意識をまとめている(PDF版は、プレー・アカデミー公式サイトからダウンロード可能)。2025年以降は、指導者ガイドに基づいた講師育成や研修の開催を予定している。

取材・文/杉本結美

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