撮影/高木亜麗

記事のポイント

  • 三菱UFJモルガン・スタンレー証券が多様な起業家を支援するJIVLを設立、伴走型でグローバル展開を目指す。
  • 投資家と起業家が共に成長するエコシステム構築を目指し、多様性を重視した長期的支援を提供。
  • 第一期は、女性向けIT教育支援、フードテックの社会課題解決を目指す2企業が選出された。

日本のスタートアップ界で、女性起業家の割合は34%、IPOまで到達できる割合はわずか2%──。イノベーションの担い手として期待される女性やマイノリティの起業家たちが、その可能性を十分に開花できていない現実がある。

三菱UFJモルガン・スタンレー証券が開始した「Japan Inclusive Ventures Lab(以下、JIVL)」は、こうした課題に正面から向き合う新しいスタートアップ支援プログラムだ。女性や多様なバックグラウンドをもつ創業者や経営陣により設立、または運営される日本のスタートアップ企業を対象としており、通常の投資ファンドとは一線を画し、期限を定めない伴走型支援を軸に、グローバル市場も見据えた本格的な育成を目指す。モルガン・スタンレーのグローバルネットワークと、MUFGの国内基盤を活かした挑戦が、日本のスタートアップエコシステムに新しい風を吹き込もうとしている。

「金融が単純な機能提供だけで終わってはいけない。日本でトップクラスの金融グループだからこそ、本気で変革に取り組む」。こう語る三菱UFJモルガン・スタンレー証券 常務執行役員 チーフ・サステナビリティ・オフィサーの南里彩子さんと、広報・ESG部ESG戦略室長の戸田成治さんに、プログラムにかける想いを聞いた。

金融の力で変革を起こす

南里彩子(なんり・さいこ)/1992年 三菱銀行(現三菱UFJ銀行)入行。 法人営業、人事部、広報部などを担当し、成城支社長、人事部部長、執行役員コーポレート・コミュニケーション部長、同金融法人部長を経て、2022年4月より三菱UFJモルガン・スタンレー証券、2024年4月より現職。三菱UFJ銀行の女性活躍推進ワーキンググループ初代メンバー(2006年)、NPO法人でダイバーシティ推進活動にも従事(2007年~)。 撮影/高木亜麗

南里さんにとって、ダイバーシティの推進は長年のライフワークだ。

「最近は『趣味です』と言っています」と笑顔で語るほど、社内のダイバーシティへの関与はもちろん、社外の管理職ネットワークや役員のネットワークにも入り、活動を続けてきた。

その原点には、金融機関での営業経験がある。大手・地域金融機関などを担当する中で目の当たりにした現実があった。「もちろん想定はしていましたが、どの金融機関でも経営層から営業の最前線まで、出会う方のほとんどが男性でした」と南里さん。お客様と接するたびに、金融界のジェンダーギャップという構造的な課題への問題意識が強くなっていったという。

「本業である“金融”を通して社会を変えていく。それが私たちの役割ではないか」。南里さんは、従来の金融機関の枠を超えた可能性を探るようになった。海外では、ジェンダーボンドやマイクロファイナンスなど、金融の仕組みを通じて社会課題に取り組む動きが活発化している。日本のトップクラスの金融グループだからこそ、より大きな変革を起こせるはずだ──。

そんな折、MUFGの戦略的パートナーであるモルガン・スタンレーが2017年に米国でスタートした、起業家支援プログラム「Morgan Stanley Inclusive Ventures Lab」の存在を知ることになる。「直感的にこのプログラムを、日本でやりたい!」と熱望した。

両社のジョイントベンチャーである三菱UFJモルガン・スタンレー証券であれば、きっとできる。これまで追求してきたテーマを一つのプログラムとして実現できる可能性を、確かな手応えとともに感じたという。

"伴走"という革新的な支援のかたち

戸田成治(とだ・せいじ)入社後の4年間にリテール営業を経験した後、電子部品や化学業界を中心に、日本を代表する企業の株式・債券による資金調達やM&A案件を東京、ロンドン、京都にて手掛ける。2020年に当部異動、日本の持続的成長支援を目的にJIVLの企画運営の他、次世代支援を目的とする金融経済教育など、当社のESG戦略を担当。2024年より現職、経営学修士・MBA。 撮影/高木亜麗

JIVLは、モルガン・スタンレーが既に米州とヨーロッパ・中東・アフリカ地域で展開する支援プログラムをベースに、その日本版として2024年3月に始動した。モルガン・スタンレーとの協業により、グローバルな市場や投資家へのアクセスも可能になるため、対象企業が創業初期から世界市場をターゲットとすることに伴走できるのが、このプログラムの特徴の一つだ。「『日本で成功してから』ではなく、最初からグローバル展開を見据えたスタートアップを育成しようという本気のプログラム」と南里さんは話す。

プログラムは6か月間のオーダーメイド型。講義に加え、事業コンセプトの詳細化や今後の事業拡大に向けてCEOとして必要なマインドセットをサポート。米国やヨーロッパで展開されているプログラムの視聴や、先輩起業家からのメンタリングも提供する。プログラムの集大成として、東京に加え、ニューヨークまたはロンドンでモルガン・スタンレーが開催するデモデイへの参加も予定している。

もう一つの特徴が、「伴走型」支援だ。

「私たちはベンチャーキャピタルではありません。期限を定めない直接出資で、株主として成長を見守ります」。プログラムの立ち上げから中心的な役割を担う三菱UFJモルガン・スタンレー証券 広報・ESG部ESG戦略室長の戸田成治さんは、従来の投資の形にとらわれない支援の在り方を強調する。通常の投資ファンドには期限があり、IPOなどの出口戦略が求められる。しかしJIVLは直接投資することにより、それを意図的に避けた。

各社への2500万円の出資に期限は設けず、6ヶ月間の育成プログラム終了後も伴走は続く。困りごとの相談や、新たな展開の支援など、必要に応じたサポートを継続していく。「長期的な成長を、共に目指していく」のがJIVLの思いだ。

まさにESGのど真ん中を行く事業が選出に

JIVLのウェブサイト。https://www.morganstanley.co.jp/ja/jivl

プログラムを支えるのは、約20名の多様なバックグラウンドを持つメンバーだ。三菱UFJモルガン・スタンレー証券側の5名、モルガン・スタンレー側の6名に加え、投資銀行本部や外部のスタートアップ支援の専門家も参画する。特筆すべきは、チームの多様性だ。

「全く異なるバックグランドを持ったメンバーが集まったんです」と戸田さんは笑う。

各自が異なる経験を持ちより、情熱をもってこのプログラムに参画しているのだ。通常の業務体制とは異なる形でスタートしたが、だからこそチームの一体感が生まれたという。

チームの多様性は、プログラムの強みにもなっている。「多様な起業家を支援するには、支援する側も多様性を持っていなければならない。このプログラムを通じて、私たち自身も変革を遂げていける」と南里さんは話す。

「ミッションについては徹底的に議論を重ねました」と戸田さん。幾度とない議論を経て、「日本においてグローバルなスタートアップエコシステムを構築」「経済社会における構造変革とESG課題の解決を実践」「日本の持続的成長に貢献」という3つの柱を定めた。そして、ESG課題解決への明確なコミットメントを打ち出すことを決めた。

今年9月から始まった第一期では、予想を大きく超える数の応募から2社を選定。マイノリティ起業家であることはもちろん、事業自体のESG課題解決への貢献度を重視し、合議制で慎重に選考を進めた。選ばれたのは、Ms.Engineer株式会社とASTRA FOOD PLAN株式会社だ。

Ms.Engineerは、女性向けITエンジニア育成スクール「Ms.Engineer」を運営。

未経験者が最短4か月で実践力を備えたエンジニアになれる経済産業省認定プログラムを提供し、女性の経済的自立や働き方の選択肢を増やすと同時に、日本の男女間賃金格差の解消に挑む。一方、ASTRA FOOD PLANは、過熱水蒸気による独自の乾燥殺菌装置「過熱蒸煎機®」を開発。 「かくれフードロス」をはじめ、食の問題解決のための持続可能な仕組みづくりを目指している。

「まさにESGのど真ん中を行く事業です」と南里さんは力を込める。人材育成を通じたジェンダーギャップの解消と、フードテックによる環境課題への取り組み。現代社会が直面する重要課題に、革新的なアプローチで挑む2社の選定は、JIVLの目指す方向性を象徴している。

社会変革への確かな一歩

撮影/高木亜麗

南里さんは「社内でも『女性起業家はなかなか見当たらない』という声を聞きます。でも、それは目に入っていないだけ」と考える。情報が届いていない層へのリーチ、そして支援を必要としている起業家の発掘——。それは金融機関だからこそできる役割でもある。

年1回の募集サイクルで、来年以降は支援企業数を徐々に増やしていく計画だ。「このプログラムを見ている社員たちにも、新しい目で社会を見てほしい。

そうでないと私たちの持続性もない」と戸田さんは語る。全国に拠点を持つ同社の社員一人ひとりが、この想いを共有し、クライアントに伝えていく——。

「最終的にはこのプログラムがなくても、多様な起業家と、多様な目を持つ投資家が活躍できる社会を目指していきます。それまではしっかり頑張る」。南里さんのその言葉には、金融の力で社会を変えていこうという強い決意が込められていた。JIVLは、支援する側も、支援される側も、共に成長していける場として、確かな一歩を踏み出している。

Japan Inclusive Ventures Lab

聞き手/MASHING UP編集部、執筆/田邉愛理、撮影/高木亜麗

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