撮影/中山実華

何度観ても、思わず目頭が熱くなってしまう映像がある。そのひとつが2011年FIFA女子ワールドカップ、アメリカとの決勝戦だ。

延長戦では決着がつかず、迎えたPK戦。アメリカ1人目ボックスの放ったキックを、ゴールキーパーの海堀あゆみさんが右足で止めたことが、あの歴史的勝利を引き寄せたといっても過言ではないだろう。

そんなレジェンドの海堀さんは、2020年の設立時より日本女子プロサッカーリーグ(WEリーグ)に携わり、2024年9月からは同リーグ理事、そして11月には日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)特任理事にも就任し、サッカーの普及と発展に力を注いでいる。

男か女かに関係なく、誰もが能力を発揮できる環境は、どうすれば実現できるのか。海堀さんに、これまでの経験やサッカーを通じて実現したい未来について話を聞いた。

おせっかいな二人の友だちに引き戻されて

海堀あゆみ(かいほり・あゆみ)日本女子プロサッカーリーグ(WEリーグ)理事、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)特任理事/小学2年からサッカーをはじめ、中学入学と同時にスペランツァFC高槻の下部組織に加入。高校進学時よりサッカーから離れていたが、3年の夏にスペランツァFC高槻へ復帰後ゴールキーパーに転身し、19歳で日本代表に選出される。2008年、INAC神戸レオネッサへ移籍。同年なでしこジャパンに選ばれ、5月のAFC女子アジアカップで代表デビュー。北京五輪日本代表にも名を連ね、ドイツで開催された2011年FIFA女子ワールドカップでは全6試合のゴールを守り、日本の歴史的な優勝に大きく貢献した。2012年にはロンドン五輪で銀メダルを獲得。現在は女子だけでなく、男子も含めたサッカー界全体の普及と発展に尽力している。 撮影/中山実華

小学2年生でサッカーをはじめた海堀さんは、中学生になると当時の日本女子サッカーリーグ(Lリーグ)に加盟していた、スペランツァFC高槻松下電器LSC・バンビーナの下部組織に加入するが、チーム運営から企業が撤退し、市民クラブへと変わったこと。

そして、当時の日本には女子のプロリーグがなく将来の夢を描けなかったことから、高校受験を機に大好きなサッカーから離れる決断をする。U-15の日本代表に選抜され、周囲から期待されていたにもかかわらず、誰にも相談することなく自分ひとりで決めてしまったのだ。

そして、高校ではテニス部に入部。自分で考えた戦術やプレーを黙々とこなし、誰にも迷惑をかけない気楽さとともに、得点してもハイタッチできる仲間がいない寂しさも味わった。3年生の5月に、部活は引退。普通の大学生になるつもりでいた海堀さんをサッカーの道に引き戻したのは、小学生の頃から仲の良いおせっかいな二人の友だちだった。ある日突然、「あゆにはサッカーしかない」「もう一度戻るべきだ!」と熱弁されたという。何度断っても、あきらめない二人。最後は根負けする形で、8月に以前所属していたクラブに復帰。そしてU-18の大会前、その年代でクラブにたまたまゴールキーパーがいなかったことから、「ゴールキーパー 海堀あゆみ」が誕生する。

「私は出会いにすごく恵まれている人生なんです。私の才能を信じてくれた二人がいなければ、サッカーに戻ることはありませんでした。

それに、テニスを経験したおかげで『個で戦う力』を身につけられたことが、キーパーをするうえで大きな学びになりました」(海堀さん)

高校卒業後は恩師がコーチを務める高校男子サッカー部の朝練、昼はスクールを手伝い、夜はクラブの練習とサッカー三昧の毎日を送る。この恩師も、海堀さんの人生になくてはならないキーパーソンのひとり。能力を引き出してくれる素晴らしい指導者に恵まれ、オフには男子プロのトレーニングにも参加させてもらい、同じメニューをこなしていった。

「復帰してまもない時期に、男子と切磋琢磨できたことは大きかったですね。体格や体力面でどう頑張っても敵わない相手とどう戦うか。そのスキルや駆け引きを、日々の練習やトレーニングを通して自然と身につけることができました」

そして海堀さんは、19歳で日本代表候補選手に選出される。

ゴールキーパーからWEリーグの理事へ

撮影/中山実華

もともとセンターやサイドバックだった海堀さんは、ゴールキーパーを「手を使えるセンターバック」「11人目のフィールド」と捉え、「いつかフィールドに戻るかも」と考えていた。そんな認識を一新させたのは、代表の先輩である山郷のぞみさんと福元美穂さんだ。この二人のプレーや言動を通して、初めてキーパーのカッコよさに気づくと同時に、キーパーとしての覚悟や日本代表の誇り、そして日の丸を背負う責任の大きさを学び、「日本代表 ゴールキーパー 海堀あゆみ」へと成長。それが、あの快挙につながっている。

大観衆の中でプレーしたアスリートにとって、第二の人生でやりがいのある仕事を見つけることは容易ではない。引退後に身の振り方を模索するなかで、お世話になっていた方から「面白い大学があるよ」と勧められたが、「今さら大学なんて……」と最初は乗り気ではなかったそうだ。しかし、実際に卒業生と会ってその考えは変わる。

メイクアップアーティストやテレビ局で働く人など、みんなやりたいことを仕事にしてキラキラ輝いていたのだ。そこで学べば何かヒントが得られるのではないかと、AO受験を決意。大学の理念やシラバスを見てさらに気持ちがさらに加速。そのとき自己推薦文を書いたことがサッカー人生を振り返り、これからの道を考えるよい機会になったという。

大学で学びはじめた海堀さんは2020年から、日本初の女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」に誘われ、深く関わることになる。女子サッカーを通じて、夢や生き方の多様性を広げ、一人ひとりが輝く社会の実現を目指すことを理念に掲げている。海堀さんは、この理念に大きく共感し、女子サッカーを通じ理念の実現のために活動している。

女性活躍やDE&Iやジェンダー平等などの言葉は聞くけど、こういう課題は知れば知るほど難しい。いろんな場面で使われますが、年代や会社・人・バックグラウンドによって、言葉自体の捉え方もまるで違うということに気づきました」(海堀さん)

また、リーグ設立に2011年の日本代表メンバーが関わることには大きな意義がある。女子サッカーの歴史を築いてきた選手たちが、新たな基盤を整え、次世代のプレーヤーにより良い環境を残していく。「女子サッカーを文化」にするために、何が必要か。そのような思いから、海堀さんもWEリーグに携わることを決意、コミュニティオーガナイザーとして精力的に活動を開始した。

そしてWEリーグは2020年7月1日設立、2021年9月12日には開幕を迎え、ようやく女子サッカー選手がプロとして活躍する舞台が整えられた。

本気で議論しないと、いいものは生まれない

撮影/中山実華

WEリーグの理念にも通じる「誰もが輝ける社会」。この「誰もが」には、選手やクラブはもちろん、サポーター、ボランティア、リーグの職員、指導者など多種多様なサッカーに関わる人たち、そして社会全体が含まれている。性別や国籍などに関係なく一人ひとりの個性を活かし輝いていくには、不得意な分野や手が回らないことに関しては、「これ、お願い!」と頼める関係性を組織のなかで築いておかなければならない。そのために、海堀さんは「本気で議論すること」が重要だと考えている。

「2011年のメンバーとは合宿中も大会中も、とにかくよく話しました。時には激しく言い合いになることもありましたが、とことん話し合って互いに納得する妥協点を探るのです。『よりよくしたい』という共通の思いがあれば、言い合いになるのはむしろ正常なこと。どんどん議論しないと、いいものは生まれません」

選手同士で話し合う際、海堀さんは正当な意見であれば誰にどんな言い方をされても気にしなかったが、なかには傷つく人がいることを学んだという。目指すことがほんの少し違うだけで、受け止め方が変わってしまう。だから、チームスポーツや組織では、「目標設定」や「目線を合わせる」ことが大事なのだ。また海堀さんは、サッカーのなかでもゴールキーパーというポジションを経験したことで、学んだことも大きいという。

「私にとってあのゴールは大きくて、フィールドと協力しないと守りきれなかった。

『サッカーは1人じゃできない』のは当たり前のことですが、キーパーになってから聞くその言葉は、重みがまるで違いました」(海堀さん)

最後の砦として「味方のミスを、ミスにしないプレー」を信条にしてきた海堀さん。誰かがミスをしても、自分が止めればチャラになる。反対に海堀さんが失点したあと、味方が得点してくれて救われることも幾度となく経験し、チームのありがたさを強く実感してきた。長年サッカーで学んだこと、そしてキーパーというポジションで培われた広い視野は、現在WEリーグ理事、Jリーグ特任理事としての活動にいかんなく発揮されている。

誰もが主人公になれるのがサッカー

撮影/中山実華

今年1月のWEリーグ理事会で、海堀さんが提案した「来季リーグ杯の1次リーグで、90分で勝敗がつかない場合は延長なしでPK戦を行うこと」が全会一致で決議された。選手はPK戦の経験を積め、ファンには楽しみを提供するこの案は、Jリーグでシーズン移行の際、同じアイデアがあったことを参考にしたという。理事になってまもない海堀さんだが、「言ってみてよかった」と議論する重要性を改めて感じたそうだ。

こうした経験を通じて、海堀さんは「自分が何をすべきか」がより明確になっていった。元日本代表ゴールキーパーの海堀あゆみとして、リーグをよりよくするための発言をすればいい。選手としての経験を生かしながら、サッカーの可能性を広げていくことが自分の役割という思いを強くし、理事としての活動に一層力を注いでいる。

「環境問題や貧困の問題など社会課題は本当にたくさんあると感じています。SDGsの中にも『ジェンダー平等を実現しよう』という目標がありますが、サッカーはチームスポーツでお互いを尊重し、誰もがひとつのプレーで主人公になれるんです。

そもそも性別・人種・国籍・障がいに関係なく、できるのがサッカーです。サッカーの活動を通じて一人ひとりが輝く社会の実現に貢献できるよう、まずはいろんな課題があることを皆さんに知ってもらい、仲間を増やしながら本気で頑張ります」(海堀さん)

黎明期に苦労した先輩たちの時代から、少しずつ壁を乗り越えて土台を固め、力を積み上げていった日本の女子サッカー。現在WEリーグはJリーグの知見を取り入れながら成長するフェーズにあるが、海堀さんは全体把握やサポートに長けた資質に磨きをかけるべく、この春から大学での勉強を再開しようと考えているようだ。ゴールキーパーの性か、いまも「みんなが見えるポジションに座るのが落ち着く」と笑う海堀さん。その視線はサッカー界全体の発展と、WEリーグの本質的なゴールに向けられている。

聞き手/遠藤祐子(MASHING UP)、執筆/山本千尋、撮影/中山実華

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