画像提供/Toget-HER

2025年3月10日、東京都千代田区において、「都市と地方を“つなぐ”私たちの新しい働き方」をテーマとしたToget-HERの特別イベントが開催された。Toget-HER(トゥギャザー)は2024年10月にスタート、女性エグゼクティブと次世代を担う女性たちをつなぐプラットフォームとして活動している。

3月8日の「国際女性デー」を記念して企画された本イベントでは、リモートワークや副業・兼業の普及により生まれつつある新しい働き方の可能性を追求。都市部に住みながら地方企業で働くというスタイルも生まれている​なか、都市部の企業ではなく、地方都市で経営メンバーとなる女性のキャリアパスの可能性について、熱い議論が交わされた。

国内から世界へ。地方発の経済・文化外交で日本を変える

イベントは、上川陽子衆議院議員による基調講演「なぜ今、地方活性化が重要か」で幕を開けた。上川さんは2023年9月から2024年10月までの外務大臣としての経験を共有しながら、この日のテーマ「つなぐ」を外交の視点から捉え、地方発の経済・文化外交の重要性について語った。

上川さんが外務大臣として掲げたのは、「日本の国益を守る」「日本の存在感を高める」「国民に理解され支持される外交を目指す」という3つの基本方針だ。限られた任期のなかで最大の効果を上げるため、通常の海外訪問だけでなく、在日各国大使館と地域別の対話を積み重ねる「国内アウトリーチ型外交」に力を入れたと振り返る。

「1人では生きていけないのが社会です。誰とつながるか、どことつながるか、何とつながるか。つながり方にはたくさんの可能性があります」(上川さん)

そのひとつとして紹介されたのが、ウクライナの国立歌劇場と静岡県の楽器メーカー・ヤマハの事例だ。「これまでロシア製の楽器を使用してきたが、心情的に耐え難くなった。どうか日本の楽器を使わせてほしい」という要請を受けた上川さんが両者をつなぎ、空襲警報が鳴り響くなかでも文化活動を続けるオーケストラのために、ヤマハの楽器が届けられたという。

イベント冒頭に、上川陽子衆議院議員が基調講演を行った。 画像提供/Toget-HER

また、カンボジアの地雷除去活動において、石川県の建設機械メーカー・コマツや、山梨県の建築設計会社・日建が大きく貢献していることに言及。徳島出身の起業家が開発した水循環システムや、北九州市が手がけるカンボジアの上水道支援プロジェクトなどにも触れ、日本の各地域と世界の各地域を結ぶことの重要性を提言した。

「ナイジェリアで出会った20代の日本人女性起業家は、『今の日本は帰りたい場所ではありません。でもいつか、自分が年齢を重ねたときに、帰りたいと思える国にしてほしい』と私に言いました。日本には多くの課題があり、少子化など『困った問題』として語られ続けていますが、『困った』と言ったとたんに行動が止まる感じがします。未来に向けて何をすべきかという前向きなメッセージを持たなければ、未来を切り開く力にはなりません」(上川さん)

会場の一人ひとりと目線を合わせながら、そう呼びかけた上川さん。自身が大切にする「希望、希望、希望」という言葉を参加者に贈り、基調講演を締めくくった。

地方と都市を『つなぐ』と、働き方はどう変わる?

続いて行われたパネルディスカッション「地方と都市を結ぶ働き方」では、Dialogue for Everyone株式会社 代表取締役​の大桃綾子さん、株式会社Yokogushist 代表取締役の伊能美和子さん、日本IBM 取締役の井上裕美さん、株式会社ひろぎんホールディングス執行役員の木下麻子さんが登壇。ファシリテーターはToget-HER発起人であり、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社パートナー/サスティナビリティアドバイザリー統括の大塚泰子さんがつとめた。

2025年3月3日には「内閣府が2025年度、専門的なノウハウを持つ都市の企業人材を、副業や兼業の形で雇う地方企業への支援強化に乗り出す」という報道もあり、本イベントのテーマは時宜を得たものとなった。大桃さんは地方企業と都市部の人材を結ぶ「越境学習プログラム」を主催しており、北海道から沖縄までの約20地域で、経営者と一緒に新規事業やDXを推進する環境を整えているという。

地方は課題先進地であるからこそ、可能性の宝庫でもある。

『緊急ではないが重要な領域』に取り組める専門人材は貴重であり、こうした領域をオンラインでの協働によって前進させることができる」(大桃さん)

後回しにしがちな新事業開発やマーケティング戦略、バックオフィス改革などを都市部の人材と取り組むことで、大きな成果が生まれていると大桃さん。月わずか10時間程度の関わりでも、働き方をシェアすることで日本全体に活力を生み出せるとした。

「地方の特徴は、自社単独ではなく地域全体で考えるマインドセットにあり、これは日本の豊かさの源泉だと感じている。私自身、起業したことで企業目線から社会目線へとシフトした。越境の真の価値はこの体験にある」(大桃さん)

パネルディスカッション「地方と都市を結ぶ働き方」の様子。右より、ひろぎんホールディングス 木下麻子さん、日本IBM 井上裕美さん、Dialogue for Everyone 大桃綾子さん、Yokogushist 伊能美和子さん、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリーの大塚泰子さん。 画像提供/Toget-HER

雇用機会均等法制定から40周年の2025年、第一世代の女性の多くが定年を迎えている。NTTで53歳という早い役職定年を経た伊能さんは、「大企業では女性の活躍の枠組みが限定的であることが多い。年齢を問わず組織の境界を超える経験が重要だ」と話す。

「どこへ行けば自分を受け入れてもらえるだろうかと模索するなかで『地方の人と働きたい』と周囲に伝えていたら、声がかかり55歳で転職、起業と人生が変わった。近年はNTTでも『リモートスタンダード』という働き方が導入されるなど、働き方改革の波がある。知って実践するという姿勢を持つことが大切であり、早く行動に移した方が圧倒的に有利だ」(伊能さん)

地方創生の課題は「女性活躍」で打破できる?

夫の家族の介護で8年前に広島に移住した木下さんは、自身のIターン経験について熱く語った。リクルートで管理職を務めた後、広島銀行では契約社員からスタートし、わずか8年で執行役員に。

「広島への移住で生活の質は劇的に向上した」という。

「生活費は東京の3分の1、通勤時間はわずか50分。家庭菜園で野菜を自給自足する余裕もある。仕事においても、同じ労力なのに10倍のスピードで成果が出せる感覚があった」(木下さん)

現在は広島銀行、マツダ、中国電力、広島県庁と連携する「ハタフル」という活動を通じて、ビジネスパーソンを惹きつける地域づくりに取り組む木下さん。地方創生の本質的な課題として、女性の活躍について触れた。

「都市部と比較すると生活費が低く、夫婦が2馬力で働かなくてもやってこれたため、『女性が無理して社会進出しなくても』という空気が根強い。女性活躍に消極的というよりは、必要性が認識されていない。彼女たちが本来の能力を最大限に発揮できる環境が整えば、きっと日本の現状を打破できる」(木下さん)

木下さんの話を受け、日本IBMの井上さんはIBMの全国8拠点における地域DXセンターの取り組みを紹介した。 「コロナ禍をきっかけに、全国8拠点でリモートワーク環境を整備した。北九州から始まり、現在は数百名規模のセンターが成長し、全国で数千名の体制へと発展している」と井上さんは説明する。

「この体制により、8拠点のどこかで継続して働けるため、結婚に伴う転居でも仕事を辞める必要がなくなった。また介護を見据えて『いずれは地元に戻りたい』と考えていた高齢層が、雇用条件を変えずに早めに戻る動きも生まれている」(井上さん)

興味深い事例として、海外在住者が日本に戻る際、あえて東京ではなく地方の拠点を選び、島に移住しながら近隣センターに通勤するといったケースもあるという。

大企業による地方拠点の拡充には、多様な働き方や新しいライフスタイルを支える効果もあるのだ。

地方の生きづらさをいかに変えていくか

トークセッション「地方の今とこれから──地方活性化に向けた取り組み」では少し趣を変え、地方活性化の状況をシビアに捉える試みがなされた。登壇したのは、株式会社Will Lab 代表取締役の小安美和さん、株式会社ローカル大学 代表取締役​の宮嶋那帆さん、元岡山県議会議員で環太平洋大学特任准教授の山本満理子さん。ファシリテーターは同じく大塚泰子さんが務めた。

東京を拠点に全国10自治体でジェンダーギャップ解消プロジェクトを推進する小安さんは、地方の現状をこう語る。

「人口減少と少子化、地方からの女性流出が大きな課題であり、背景には根強いジェンダーギャップがあると考えている。具体的には、性別役割分担意識、無意識のバイアス、そして残念ながら今なお存在するハラスメントなど、複合的な要因がある」(小安さん)

NHKの『クローズアップ現代』でこのテーマが取り上げられた際には、番組史上最多となる約500件のコメントが寄せられたという。「『東京が令和なら地方は江戸時代』という声もあった。この生きづらさを是正しないと、女性も若者も戻らないだろう」として、地方におけるジェンダーギャップ解消の切実さを指摘した。

トークセッション「地方の今とこれから──地方活性化に向けた取り組み」の様子。右より、Will Lab 小安美和さん、ローカル大学 宮嶋那帆さん、元岡山県議会議員で環太平洋大学特任准教授の山本満理子さん。ファシリテーターは同じく大塚泰子さんが務めた。 画像提供/Toget-HER

愛媛を拠点に活動する宮嶋さんは、「松山ローカル大学」という経営者コミュニティの立ち上げ経緯を紹介。

愛媛のテレビ局アナウンサー時代、瀬戸内経済カンファレンスに参加したことで地元の同世代が持つ情熱に触れ、現在の活動をスタートしたという。

「地元企業の若手経営者や後継者を中心に、東京から専門家を招いて学びの場を提供している。代表を引き受けたのは、地方には女性リーダーが少ないため、私がやることで『こういう女性リーダーもいるんだ』と思ってほしかったから。実際に参加者の意識が変わってきており、ある地元企業の創業者の娘である若い女性は『跡継ぎになるパートナーを見つけてくれと言われて育ってきたが、自分がリーダーでもいいんだと気づくことができた』と言って、今では事業承継に取り組んでいる」(宮嶋さん)

持続可能な地域づくりに女性の視点は不可欠

岡山県出身の山本さんは、「WEPRO」という女性ネットワークの立ち上げメンバーだ。「女性の視点で地域を変えていくことが重要」との思いをもって活動しているが、興味深いことに、このプロジェクトの発起人は男性だという。

「東京のコンサルティング会社に勤めていたが、岡山県にUターンで戻ってきた男性が『同じメンバーによるボーイズクラブが続く限り、岡山は変わらない。これを変えられるのは女性しかいない』と、地域の女性リーダーたちを集めてくれた。今では岡山の政界、財界、学界、メディア界の女性キーパーソンが集まり、手弁当で開催するイベントを全テレビ局が取材してくれるようになった」(山本さん)

イベントのアンケートでは「岡山が動くかもしれない」という声が多く寄せられ、「女性が連帯するだけでこんなに変わるのか」と実感している、と山本さん。

小安さんも「人は見たことがないものになりたいとは思えません。女性の社長や女性リーダーを見たことがない女性たちが実際に会うと、目指していいんだと思えるようになる。ぜひ皆さんが地域に行って、そのロールモデルになってください」と訴えた。

「地方と都市を『つなぐ』私たちの新しい働き方」をテーマに開催された本イベント。

登壇者による率直な議論を通じて、地方と都市の関係性を見直し、つながることで生まれる多様な価値が示された。

コロナ禍をきっかけに場所に縛られない働き方が広がり、東京一極集中という従来の在り方に変化の兆しが見え始めている。個人の成長だけでなく、日本社会全体の課題解決にもつながるような、大きな可能性を感じさせるイベントとなった。

Toget-HER

取材・文/田邉愛理

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