「練習後に監督室に来て」。ドラフト2位ルーキーの毛利海大投手は相原勝幸マネジャーから突然、声をかけられた。
3月21日、バンテリンドームのロッカールームで椅子に腰を下ろしている時のことだった。前日20日、先発をして4回1/3を投げて4失点。「2軍落ちを言い渡されるかもしれないと思い覚悟した」と毛利は振り返る。
 練習後、監督室のドアをノックし、部屋に入るとそこには建山義紀投手コーディネーター、黒木知宏投手コーチ、小林宏之投手コーチの姿があった。投手部門の首脳陣がそろい踏み。ルーキーとはいえ、ただ事ではない空気を感じ取った。
 「なんか、いつもと違うなあと」。いろいろなことが頭を駆け巡る。その中、サブロー監督から切り出した。「開幕はオマエでいくから」。青天の霹靂(へきれき)だった。ローテーションとしては開幕と同じ金曜日に投げてきた。
だから、もしかしてという部分は心の片隅には少しはあった。ただ、オープン戦最後の登板で打たれた。期待に応えたとはいえない気持ちの中、球団では76年ぶりとなる新人開幕投手に指名された。「存分に楽しんでこい」。サブロー監督から背中を押された。
 「鳥肌が立ちました」。毛利は率直に開幕投手に指名された際の想いを口にする。そして「開き直って、割り切って、自分の力を出すだけ」と意気込んだ。
 さまざまな選択肢があった中でルーキーを開幕投手に指名をした。異例のこと。指揮官は考えに考えて決めた。「球団で新人が開幕投手を務めるのは76年ぶり。
面白いなと思った。どうせやるなら、面白いことをしたい。それに彼はアマチュアの時から何度となく大舞台で投げている。そしてプロに入って、いつかは開幕投手を務めるくらいの投手になる。ならば1年目に経験をさせるのもありかなと。きっと今後の糧にもなる。成長につながる。これ以上のプレッシャーを経験することもないはず。それを最初に経験できるのは大きい」と起用の意図を説明した。
 毛利はライオンズ戦でのプロ初先発に不思議な縁も感じている。明治大学時代にバッテリーを組みドラフト1位で同じくプロ入りした小島大河捕手が在籍している。そして母方の実家は埼玉県狭山市
母親はベルーナドームから歩いて数分の場所にある狭山スキー場で働いていたこともある。帰省するとよくプロ野球を見に行った。「涌井さんとか岸さんがいて、打線では中島さん、片岡さん。今も現役の中村剛也さんや栗山さんがいた」と当時を懐かしむ。そして今、開幕投手としてそのライオンズと相対することになる。公式戦で初めて対戦するプロ野球チームとなる。
 「もう、やるしかない。幸い、本拠地ZOZOマリンスタジアムでの試合。大歓声が後押ししてくれる。それを力に変えて、チームのために勝ちたい」と毛利は鋭い目をした。
 開幕前々日の25日にブルペンで投球練習。魂のこもった22球を投げて本番に向けて気持ちを高めた。
さあ、いよいよ開幕。同じく新人投手で左腕の榎原好投手が開幕投手を務めた76年前は見事、開幕戦を勝利しリーグ優勝し日本一となった。新生マリーンズもルーキー左腕と共に一年をスタートさせる。
(千葉ロッテマリーンズ広報 梶原紀章)
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