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『聲の形』(16)や『リズと青い鳥』(18)などで知られる山田尚子監督の最新作が、サイエンスSARU制作の「平家物語」であることに注目が集まっています。

本作は、2022年の1月からテレビ放送が開始となりますが、フジテレビ・オンデマンド(FOD)で、9月16日から独占先行配信されています。「平家物語」は日本人のほとんどがその名を知る古典の名作ですが、今回のアニメ作品が原作としているのは、古川日出男さん訳による現代語版です。

京都アニメーションで数々の傑作を監督した山田監督が、それ以外の会社と初めて組んで、日本人の心象に深く刻まれたこの物語をどう描こうとしているのか、原作と映像を比較しながら考えてみたいと思います。

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平家物語の概要

アニメ「平家物語」山田尚子と吉田玲子のアレンジは大胆かつ、原作のエッセンスに忠実


「平家物語」は、鎌倉時代に成立したとされている軍記物語で、平安時代に台頭した武家である平家の栄華と滅亡を綴っています。「祇園精舎の鐘の声」で始まる冒頭の一節は非常に有名で、学校で習った人も多いと思います。

琵琶法師が演奏しながら語る「語り物」であるのが特徴で、文字の読めない庶民にも耳で聞く文芸として広まりました。全12巻に膨大なエピソードが細かく語られ、総登場人物は1000人を超えると言われています。

アニメ「平家物語」山田尚子と吉田玲子のアレンジは大胆かつ、原作のエッセンスに忠実


冒頭部分が示すように、どんなに隆盛を誇ったものも、いつかは朽ち果て、永遠のものはないのだという「無常感」を描いています。作者は不明とされており、多くの人によって書き足されて、今日知られる形になったとされています。

現代語訳を古川日出男さんは、前語りにて「私はほとんど一文を訳し落とさなかった、章段の順番もいっさい入れ替えなかった」と語っており、原作のもつエッセンスを削ぎ落さずに全ての挿話を反映させ、琵琶法師の語ったニュアンスや調子、掛け声なども入れた上で、現代語に落とし込もうと試みています。

原作の特徴を汲んだ大胆なアレンジ

アニメ「平家物語」山田尚子と吉田玲子のアレンジは大胆かつ、原作のエッセンスに忠実


アニメ版は、その原版に忠実な古川訳に対して大胆なアレンジを試みています。
原作には、全編を通した主人公は存在しませんが、アニメ版はびわと呼ばれるオリジナルキャラクターの少女を主人公に据えています。

びわは、琵琶法師のびわで、彼女は琵琶法師の娘であり、本人も琵琶の演奏をします。びわは未来が見えるという設定になっており、物語は幼いびわが父親を平家の武士に殺され、平重盛を訪れ「お前たちはいずれ滅亡する」と告げ、始まります。第一話で、びわは重盛の屋敷で世話になることになり、重盛やその子どもたち、妹の徳子らと時を共に過ごし、絆を育んでいく様子が描かれます。

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そして、びわは主人公であると同時に、語り部ともなっていて、成長したと思しきびわが弾き語るシーンが時折挿入されます。つまり、平家の屋敷で世話になった琵琶法師の娘が、その興亡を弾き語っているという体裁になっているのです。

ちなみに、びわ役の悠木碧さんが見事な琵琶語りの口上を聞かせてくれて、本作の大きな見どころの一つとなっています。

原作では、琵琶法師はあくまで語り部で物語の中に登場しません。しかし、古川訳を読むとわかるのですが、語り部自身の気持ちを随所に感じさせ、まるで実際に見てきたかのように細かいディテールとともに語られているのがわかります。

アニメ「平家物語」山田尚子と吉田玲子のアレンジは大胆かつ、原作のエッセンスに忠実


例えば、十一の巻「内侍所都入-合戦おわる」の章で、新中納言知盛が入水自害した後、その海を、
主人のいない空の船が潮の流れに押し流される。風に吹き流される。揺られて進むが、当てもない。ただ痛ましい。
と詩情豊かに描写しています。さらに、平家の旗が捨てられている海上を、紅葉の葉が吹き散らされているようだと描写してみたりと大変に具体的かつ、詩的です。

「平家物語」には主人公はいません。しかし、この物語はだれかが声で語る物語です。原作を読むと、語っているだれかの感情に溢れていて、しかもやたらと具体的。アニメ版は、それらの特徴を汲んで、未来が見えてしまう人物が、まさにその目で間近に平家の興亡を見ていた、という脚色をしたのではないかと思います。

アニメ「平家物語」山田尚子と吉田玲子のアレンジは大胆かつ、原作のエッセンスに忠実


さらに、未来が見えるというのは、この物語を観る私達にも近い存在と言えるかもしれません。現代の私たちは平家が滅びることを知っています。悲しい結末を知りながら、この物語に付き合う視聴者と、びわは同じ立場にいるわけですね。

女性が主役の「平家物語」

アニメ「平家物語」山田尚子と吉田玲子のアレンジは大胆かつ、原作のエッセンスに忠実


前半の物語の中心となりそうなのは平重盛とその妹、徳子です。

平重盛は、平清盛の息子の1人で、原作に登場する平家一門の中でも、最も理知的な人物として描かれています。権力を手中に収め、横暴の限りを尽くす清盛に対し、意見したりもします。

この重盛にもアニメ版はアレンジを施し、びわと対称的に過去が見える能力を持っています。重盛は、びわの父親が平家に殺された過去を見てしまったことが、びわを招き入れるきっかけの一つとなっています。

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もう一人の徳子は、平家物語の幕引き役であり、平家滅亡後も生き残った人物です。びわは、徳子を大変慕っており、大きな影響を与える人物になりそうな予感を漂わせています。

原作の最後の巻である、十二の巻の後半は徳子のエピソードなのですが、この巻は語り手の感情がとりわけ強く発露されているように読めます。始まりが「歌え」という命令口調ですし、「撥よ、撥よ、撥よ! この合戦のために、何面もの琵琶よ!」など語り手自身がかなり感情を込めているような描写が頻繁に登場します。

とりわけ、面白いのが、唐突に語り手が女であることを主張し始める場面があることです。
「鳴って、女のために歌え。あるいは女であるからこそ、子のために夫のために親のために、女ではない者たちのために歌え。語れ。そのためには声が要る――女の声がいる。はっきりと女の声が。
女たちを代表しての女の声が要るのよ。だから語ります。私が語りますからね。ほら、撥!」

色々な人が書き足しているから、全編を女性が作ったわけではないでしょうが、この辺りは女性が語り手となっているということなのでしょう。アニメ版が語り手を女性にしているのは、ある意味原作のエッセンスと引き継いでいると言えるでしょう。

アニメ「平家物語」山田尚子と吉田玲子のアレンジは大胆かつ、原作のエッセンスに忠実


どうして、徳子が幕引きとなる最後の章はこんなに語り手が女であることを強調して、強い感情を発露しているのかわかりません。しかし、アニメ版は、語り手のびわが実際に徳子と親しかったという物語にしているわけです。この十二の巻がアニメでどのように描かれるのかはまだわかりませんが、原作を読んでおくと、アニメ版のアレンジは腑に落ちるものがあります。

びわは男の子の恰好をして女であることを隠しているのですが、第一話で徳子は一目でびわが女の子であることを見抜きます。「どうして、男の子の恰好をしているの。でもその方がいいかもしれないわ、女なんて」と言い、当時の武家社会の女性の受難を匂わせています。

アニメ「平家物語」山田尚子と吉田玲子のアレンジは大胆かつ、原作のエッセンスに忠実


「平家物語」は軍記物語で、雄々しい合戦描写も豊富ですが、実は女性の描写もたくさん存在します。全編通して読むと、血沸き肉躍る戦争ものというよりは、女性をはじめとする弱き者たちの苦難と悲劇、そして慈しみの物語であることがよくわかりますが、山田監督と脚本の吉田玲子さんは、そういう面をかなり多く掬い取っていくのかもしれません。

訳者の古川さんのアニメ版に向けたメッセージもそれを示唆しています。古川さんは、多くの人が『平家物語』を誤解していると言い、「いったい誰が、『平家物語』の主役は女たちでもあるのだ、と理解したか? 私は『このTVアニメ版は、したぞ』とここに断じる」と力強く語っています。

高畑勲監督の悲願だった「平家物語」の映像化



日本のアニメーション界を代表する巨匠、高畑勲監督が生前「平家物語」の映画化を考えていたのは有名な話です。この原作には、後書きとして高畑監督も文章を寄せています。

もし、高畑監督が「平家物語」を手掛けていたらどのような作品になったのか、実現しなかった今となってはわかりませんが、この後書きで、どんな点に惹かれていたのかが少しわかります。

アニメ「平家物語」山田尚子と吉田玲子のアレンジは大胆かつ、原作のエッセンスに忠実


高畑監督は、「あの壮絶な合戦の騎射や組討ちは、アニメーションでしか表現できない、と確信してきました。<中略> 生々しく裸でむき出しの、激しく生き、壮絶な死にざまをさらす人間たちを、個々に活写してみたい」と語っており、おそらく山田監督の今回の作品とは異なり、激しい描写が多くなるのかもしれません。

本作は、山田監督と吉田玲子さんが組んで作ってきたこれまでの作品同様、全体的に柔らかい印象を与える作品に仕上がっており、高畑監督が注目したポイントとはかなり異なるかもしれません。コミカルで微笑ましい描写や、徳子や祇王という白拍子との心温まる交流や、重盛とびわがしんしんと降る雪を見つめるシーンなどに時間を費やされているのを見ると、高畑監督とは注目しているポイントがかなり違っているようにも思えます。

アニメ「平家物語」山田尚子と吉田玲子のアレンジは大胆かつ、原作のエッセンスに忠実


主人公のびわは合戦で戦うわけではないでしょうし、やはり戦の迫力よりも、運命に翻弄される人々への慈しみ溢れたものになるのではないかと思います。そして、そうした要素はたしかに原作の重要な要素なのです。

「平家物語」の古川訳は、紙の本で908ページの大長編です。完読するのは大変なのですが、原作と突き合わせてアニメ版を見ると、なぜこういうアレンジをしたのか等の意図が明瞭に見えてきてより楽しめると思います。

(文:杉本穂高)

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「平家物語」作品情報

ストーリー
平安末期。平家一門は、権力・武力・財力あらゆる面で栄華を極めようとしていた。亡者が見える目を持つ男・平重盛は、未来が見える目を持つ琵琶法師の少女・びわに出会い、「お前たちはじき滅びる」と予言される。

貴族社会から武家社会へーーー
日本が歴史歴転換を果たす、激動の15年が幕を開ける。

予告編


基本情報
出演:悠木碧/櫻井孝宏/早見沙織/玄田哲章/千葉繁/井上喜久子/入野自由/小林由美子/岡本信彦/花江夏樹/村瀬歩/西山宏太朗/檜山修之/木村昴/宮崎遊/水瀬いのり/杉田智和/梶裕貴

監督:山田尚子

製作国:日本