井上尚弥は、誰と闘っても「イージーファイト」だと評されてしまう。ダウンを奪われた今年5月のルイス・ネリ(メキシコ)戦はともかく、テレンス・ジョン・ドヘニー(アイルランド)、マーロン・タパレス(フィリピン)、スティーブン・フルトン(米国)、そしてポール・バトラー(英国)もモンスターを脅かす敵ではなかった。


弱い相手と闘っているわけではない、対峙するのは常に王者か上位ランカー。つまりは井上の実力が抜きん出ているのである。強過ぎる故の苦悩─。だが今後、そんな井上の前にひとりの日本人ファイターが躍り出ようとしている。「ネクスト・モンスター」と称される無敗の王者・中谷潤人(M.T)だ。
○■「あと2年はスーパーバンタムで闘う」

井上尚弥の次戦の日時は内定している。
12月24日、クリスマス・イブ。場所は首都圏。対戦相手はIBF&WBO世界1位のサム・グッドマン(オーストラリア)かWBA世界トップランカー、ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)のいずれかになろう。現時点では、グッドマンが有力だ。
そして来春には米国ラスベガスでの防衛戦も計画されている。ここでアフマダリエフの挑戦を受けることになるのか。


実力者と拳を交えることになるが、フェイバリットは井上だ。海外のスポーツブックでは「12-1」「15-1」といったオッズが弾き出されよう。
「スーパーバンタム級に、もはやイノウエの敵はいない。早期にフェザーへと階級をアップし5階級制覇を目指すべきではないか」
米国を中心に海外メディアは、モンスターをそう煽る。

だが井上に、そのつもりはない。
「あと2年は、この階級(スーパーバンタム級)で闘おうと思っている」
7月にそう話している。理由はシンプルで、スーパーバンタムが適正階級だから。いずれはフェザー級に挑むことになろうが、そのためには肉体的準備も必要なのだ。
ならば、それまでの間、井上はオッズに大きな開きのある試合を続けるのだろうか?
実はそうでもなさそうだ。

「拓真は結構、クセ者ですよ」


井上との対戦を期待されている日本人ボクサーがいる。
28勝(21KO)無敗の戦績を誇り、すでに「世界3階級制覇」を成し遂げている現WBC世界バンタム級王者の中谷潤人だ。
「2025年にイノウエとナカタニが闘う可能性がある」
先日、プロボクシング界の重鎮であるボブ・アラム(トップランク社CEO)氏が、そう発言したことで“夢対決”実現への注目度が一気に高まった。


中谷は、こう話している。
「(そんな話が出ることは)とても光栄。まだまだですけど、一試合一試合しっかりと勝って、(ファンの)皆さんの期待が大きくなれば自ずと実現すると思う」

対して井上は言った。
「(中谷は)正統派のボクサーというイメージ。僕は、このままのスタンス(スーパーバンタム級王座防衛路線)で行くので、彼がそのステージに上がってくれば対戦相手候補の一人になる。
でも、どうかな。(弟の)拓真は結構、クセ者ですよ」

現時点での中谷の目標は、「世界バンタム級4団体王座統一」。
そして、闘いたい相手にWBA王者の井上拓真(大橋)を挙げている。
10月13&14日、東京・有明アリーナ『Prime Video Boxing 10』で 二人は、それぞれ王座防衛戦を行う。その結果次第だが、「中谷潤人vs.井上拓真」が来年前半に組まれる可能性は十分にある。互いに『Prime Video Boxing』を主戦場としており交渉に支障がないからだ。

ファン待望のバンタム級頂上対決が、実現すれば面白い。

総合力で中谷が上位と見るが、勝負はやってみないと分からない。中谷が敗れたならモンスターとの対決は遠のく。だが中谷が勝利すれば、夢対決を望む声はさらに拡大されよう。
その後、中谷がWBO王者の武居由樹(大橋)と闘い勝ち抜いたなら「vs.大橋ジム」の構図もでき、タイミングよく階級を上げ井上尚弥に挑めばドラマ性にも富む。

時期は来年末、もしくは2026年春か。
勿論これは、「モンスター」と「ネクスト・モンスター」の両者が勝ち続ければの話だが、実現に至るなら今世紀2度目の「東京ドーム決戦」濃厚だ。

文/近藤隆夫

近藤隆夫 こんどうたかお 1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。
テレビ、ラジオ等でコメンテイターとしても活躍中。『プロレスが死んだ日。~ヒクソン・グレイシーvs.高田延彦20年目の真実~』(集英社インターナショナル)『グレイシー一族の真実 ~すべては敬愛するエリオのために~』(文藝春秋)『情熱のサイドスロー ~小林繁物語~』(竹書房)『ジャッキー・ロビンソン ~人種差別をのりこえたメジャーリーガー~』『柔道の父、体育の父 嘉納治五郎』(ともに汐文社)ほか著書多数。
『伝説のオリンピックランナー〝いだてん〟金栗四三』(汐文社)
『プロレスが死んだ日 ヒクソン・グレイシーVS髙田延彦 20年目の真実』(集英社インターナショナル) この著者の記事一覧はこちら
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