昔の「豊かなモノ」を愛でる楽しみ
「昔、ていねいに作られた良いモノ」があること。その魅力や価値がわかること。
そんな「古き良きモノ」を愛でる楽しみを知っていること。この3つは、あなたが人生を豊かに楽しみたいと考えているなら、ぜひ知っておきたいことだと思う。
そしてアンティーク時計は「古き良きモノ」の代表格。有名無名を問わず、どんなアンティーク時計にも、いま新品で買える現行品の時計にはない特別な魅力、つまり歴史や物語がある。
ではアンティーク時計は、どこを見てどのように選んで、どう楽しめばいいのだろう?
1971年に創業した日本を代表するアンティークウォッチショップ「シェルマン」の東京銀座にある「シェルマン銀座本店」を訪ねて、店長の藤原亮介(ふじわら・りょうすけ)さんに話を聞いた。
実物でなければわからない「本当の魅力」
興味を持ったらどんなモノでもまずネットで検索して調べる、研究する。それが今の時代の「当たり前」。もちろん、何もしないより検索して調べたほうがいい。でもネットだけで実物に触れずにアンティーク時計を購入するのはおすすめできないと、藤原さんはアドバイスする。
「昔は、偶然近くを通りかかって、ふらっとお店に立ち寄ってくださるお客さまもいたそうですが、時代は変わりました。いまは当社のオンラインショップをご覧になって、事前にどんな時計があるのかを調べ、自分が欲しいと思う時計を見に来られるお客さまがほとんどです」(藤原さん)
藤原さんは、アンティーク時計を購入するなら、購入前に必ず実物に触れて、そして納得してから購入してほしいという。なぜなら「昔の良いモノ」の本当の魅力、本当に良いモノかどうかは、実物に触れなければ絶対にわからないからだ。
実物を前に、あなたの目と手で、自分のセンスでしっかりと確認する。そうしなければ後悔するだろう。
「当店ではご来店いただいたお客さまがご覧になりたい時計をショーケースから出して、ご自分の目と手で実物をご確認いただくことにしています。単に時計の実物に触れるだけでなく、実物を腕の上に乗せてみる。実際に着けてみることをおすすめしています。時計には、実物を腕に着けてみないとわからないことがあります。着けたときの重量感や感触は、時計選びではとても大事なことですから」(藤原さん)
実用性なら断然! 現行モデル
ところで、いま作られ販売されている現行品の時計と、アンティーク時計のいちばんの違いとは何だろうか?
筆者は30年近く、スイスや日本の時計メーカーのファクトリーを訪れて取材を続けてきた。その経験から自信を持って言えるのは、今の時計はデザインも機能も耐久性も、すべてすばらしいということ。設計や製造を行う技術の進化も著しく、製造時の品質管理はほぼ完璧。だから機能や精度、その信頼性や耐久性も、昔の時計や10年前のものより格段にアップしている。
特に2010年以降の技術や品質の向上は目覚ましい。だから、普通に「毎日使う時計が欲しい」なら、絶対に現行品をおすすめしたい。
そんな人は、アンティーク時計に手を出してはいけない。絶対に後悔するからだ。
「そうですね。アンティーク時計を現行品の時計のように使うことはできません。『毎日着けられる時計』ではありません。夏場のように汗をかく時期は特にそうですね。アンティーク時計を楽しむには、時計に対する理解と注意が必要なのです」(藤原さん)
いちばんの違いは「防水性」
現行品の時計は普通に着けて毎日使っていいのに、なぜアンティーク時計は「毎日着けられる時計」ではないのか。現行品とアンティークの最大の違いは何か。それは「防水性の違い」だ。
「アンティーク時計には、現行品のような防水性はありません。アンティーク時計を初めてご購入されるお客さまにはまず『防水性はゼロです』とお伝えすることにしています。当店が販売している1940年代から50年代、60年代のアンティーク時計は、ケースの裏ぶたがスナップバック式という防水性のない構造です。
リュウズ部分の防水パッキンも、長い年月の間に劣化しています。だからといって交換することもできませんから」(藤原さん)
多くの腕時計が「いつでも腕に着けていても心配なく使える」現行品のようなしっかりした防水性を備えるようになったのは1970年代以降のこと。だが、1970年代当時のものも、すでに製造から半世紀以上が経過している。その結果、防水機能を担っているゴム製のパッキンも経年劣化しているので、製造当時のような防水性はまったく期待できない。だから「防水性はゼロ」だと覚悟しておいたほうがいいだろう。
それでも、アンティーク時計には現行品の時計にはない、大人のあなたにぜひおすすめしたい“異次元の魅力”がある。次回は、その奥深い魅力と楽しみ方、選び方をご紹介する。
取材・文・写真/渋谷ヤスヒト
渋谷ヤスヒト しぶややすひと 時計ジャーナリスト、モノジャーナリスト、編集者。1990年代前半から徳間書店のモノ情報誌「GoodsPress」と同誌別冊の時計専門誌の編集者として時計の取材&執筆を開始。1995年からはジュネーブとバーゼルのスイス2大時計フェアと現地の時計ファクトリーの取材をスタート。徳間書店退社後の2003年以降、現在まで時計フェアと時計ブランドの現地取材を続けている。スマートウォッチやスマートフォンもカバーする。
ジュネーブ・ウォッチ・グランプリ(GPHG)アカデミー会員、日本時計学会会員。 この著者の記事一覧はこちら
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