“手作り品”の美しさ

前編では、アンティーク時計は「防水性ゼロ」で、そのために「毎日着けられる時計」ではない――。付き合うには「現行品(現在、発売されている時計)とは違う特別な理解と注意が必要なこと」を正直にお伝えした。


それでもアンティーク時計には、大人のあなたにぜひおすすめしたい理由、つまり現行品には絶対に望めない特別な魅力がある。

それは、ひと目見ただけで分かる人には直感的に分かる、現行モデルにはない異次元の美しさ。より具体的に言えば、大量生産品では実現不可能な、手作りだから実現できた優美なデザインと繊細なディテールだ。シェルマン銀座本店の藤原亮介(ふじわら・りょうすけ)店長は力を込めて語ってくれた。

「なぜアンティーク時計は美しいのでしょうか? それは大量生産されている現行品の時計と違って、ケースも文字盤も針もブレスレットもすべて“手作り”だからです。特に人気が高い1940年代から50年代のアンティーク時計に共通する魅力、“立体的で繊細な造形美”は、プレス加工ではなく手作りされているから生まれた美しさなのです」(藤原さん)

それなら現行品の時計も同じように作ればいいのでは? そう思う諸氏もいるだろう。でも現行品の時計は機能性や耐久性を確保するために、アンティーク時計が作られた時代よりも格段に厳しい品質基準に基づいて作られている。具体的には、針やインデックスの大きさや厚さも、時計ブランドが決めた品質基準を満たしたものでないとだめなのだ。

だからアンティーク時計のような細い針やインデックス、繊細な造りの文字盤やケースをそのまま採用することはできない。採用したければ、新しい素材や技術を使って、ブランドの基準を満たす必要がある。それはとても難しいことなのだ。
復刻、それともオリジナル?

もちろん時計ブランドも“時計のプロ”だから、誰よりもこのことをよく理解している。
過去の製品を誇りにし、その魅力を継承したモデルを作っている。それが復刻モデルだ。

外見はアンティーク時計の美しさを引き継いでいるが、ケースも文字盤もムーブメントも最新の仕様だから、毎日安心して着けられる。だがそれでも“オリジナルそのまま”のデザインやディテールは完璧には再現できないのだ。作る技術やムーブメントが高精度になって、よりすばらしくなった部分も多い。でも「造りの優美さや繊細さ」では手作りされたアンティークにはかなわない。

眺めるほどに「発見がある」

五感を研ぎ澄ませて、この繊細なディテールを楽しむ。これぞ「アンティーク時計の楽しみ」だと藤原さんは語る。

「アンティーク時計の購入を検討されるときに、ぜひ注目していただきたいポイント。それは文字盤の素材やデザイン、文字盤と風防の間のクリアランス、針の形や仕上げ、ケースの形状などです。これらは現行品とはまったく違う部分です。研ぎ澄まされた美意識を持つ職人が手作りした――。
そんなものだけが持つ、言葉にできない唯一無二の美しさが潜んでいます。あなたの五感を総動員して、ご自身が納得できるものを選んでください」(藤原さん)

すばらしいアンティーク時計には、眺めるたびに「新しい発見」がある。購入した当初は分からなかったが、ほかの時計をいろいろと知るうちに、初めてその魅力が見える、分かるということも珍しくない。

「アンティーク時計のこうした“繊細で奥の深い美しさ”に気付いてしまうと、それまでとは『時計を見る眼』が変わります。そして、それ以前には戻れなくなります。アンティーク時計と現行品の時計は、同じ時計とはいえ、まったく違う世界のものなんです」(藤原さん)

実用品よりも芸術品

現行品の時計は道具であり実用品でありファッションアイテム。一方でアンティーク時計は、実用性はゼロではないが“身に着ける芸術品”でもある。毎日着けられなくても、それでも持ちたい、楽しみたい、次の世代に受け継ぎたい大切なもの。だからこそ、大切にしたいし、日々の付き合い方に注意したい。そして、いちばん注意してほしいのはやはり「水」だという。

「前にもお伝えしたように、防水性は期待できません。ですから、汗をかく暑い季節に着けたまま外出したり、着けたまま手を洗ったり家事をしたりしないでください。
これを守らないと壊れてしまいます。最悪の場合、修理できない状態になってしまうことも珍しくありません。アンティーク時計は、そのままの状態でできるだけ長く使うことが基本。アンティーク時計にとってオーバーホールや部品の交換は、オリジナルの良さを損なうことになりますから」(藤原さん)

「古き良きモノ」と付き合うにはそれなりの注意が必要だ。でもそこには、現行品にはない豊かで奥深い美の世界がある。

最終回となる後編では、アンティーク時計をどのように選んで購入するか、より具体的なアドバイスをお届けしよう。

取材・文・写真/渋谷ヤスヒト

渋谷ヤスヒト しぶややすひと 時計ジャーナリスト、モノジャーナリスト、編集者。1990年代前半から徳間書店のモノ情報誌「GoodsPress」と同誌別冊の時計専門誌の編集者として時計の取材&執筆を開始。1995年からはジュネーブとバーゼルのスイス2大時計フェアと現地の時計ファクトリーの取材をスタート。徳間書店退社後の2003年以降、現在まで時計フェアと時計ブランドの現地取材を続けている。スマートウォッチやスマートフォンもカバーする。ジュネーブ・ウォッチ・グランプリ(GPHG)アカデミー会員、日本時計学会会員。
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