CP+2025で話題を独占したシグマの新機軸ミラーレスカメラ「Sigma BF」(以下、BF)の発売が始まった。マイナビニュースでは、BFの企画・開発を担当したシグマ開発本部の畳家久志さんにお話を伺う機会が得られた。
ここでは、聞き手となった私(大浦タケシ)のBFに対する考えを交えながら、開発に関する逸話や畳家さんのBFに対する熱い思いをお伝えしたい。
「シグマにしか作れないカメラがあるはず」
BFは特異なカメラだ。アルミ削り出しの独特のボディに、必要最小限とする割り切ったUI。これまでのレンズ交換式デジタルカメラの常識を覆すには十分すぎるものである。そのようなカメラであるがゆえに、まず気になるのが開発に至った経緯だ。開発のキックオフは「fp L」の量産が見え始めた時期(2021年初頭)だというが、そのきっかけとなったのが「シグマにしか作れないカメラとは」というシグマの山木和人社長のひとことだったという。
「具体的な開発をスタートする前、社長の山木を含め何度も企画会議を繰り返したのですが、 『シグマが大手メーカーと同じようなコンセプトのカメラを作っても存在意義はない。もっとシグマらしい、シグマにしか作れないカメラがあるはず』 と山木から熱い激が飛びました。そこで、今あるカメラというものをいったん全部リセットし、シンプルで根本的なものはなんだろうというところからBFの開発はスタートしました」
そしてたどり着いた結論が、「カメラとは高性能なレンズを通った光をイメージセンサーで受けるだけの箱である」というカメラの原点ともいえる概念だった。なるほど、カメラそのものはセンサーがあって、画像処理をするデバイスがあれば基本成り立つわけである。こうして、開発が走り出したのである。
「BFの設計思想は“ラディカル・シンプリシティ”というフレーズに凝縮されています。
あらゆる被写体、用途に柔軟に対応できる万能カメラを否定することではありませんが、そのような要素をいったんリセットし、シンプルさをとことん追求したら何ができるか、開発担当者それぞれがその思想に沿って検討を進めました。その結果、我々が目指すカメラは現代におけるカメラオブスクラだ、と考えるようになりました。そうして“モダンカメラオブスクラ”というコンセプトワードにつながっていきました」
そして、いよいよ“モダンカメラオブスクラ”の開発がスタートした。
「どのカメラメーカーさんも、新しいカメラをつくる際にディスカッションをやっておられると思いますが、それを形にして製品化するとなると、どうしても販売台数など現実的な話になってしまい、挑戦的な商品は実現が難しいかと思われます。シグマの場合は、直接山木が意思決定をすることもあり、シグマとしてやるべきものがあればとりあえずやってみよう、という社風が息づいています。BFに関しても、まずはシグマにしか作れないカメラをつくってみようという形で進めました。おそらく、このような開発の進め方は、カメラメーカーとしてはうちしかやれないんじゃないかと思います」
エッジをシャープに仕上げるためのアルミ削り出し加工
BFを見てまず驚かされるのは外装だ。アルミの塊から時間をかけて削り出したものであることは、すでに多くの写真愛好家が知るところであるが、極めてシンプルな造形である。しかも表面の処理は美しく、各エッジは鋭くシャープ。手が切れそうなほどだ。ボタンをはじめとする操作部材も極めて少なく、BFは工芸品と述べても過言ではない美しい仕上がりを誇る。
「弊社のデザインを担当しているデザイナーの岩崎一郎さんと幾度もディスカッションを重ね、シンプルを突き詰めていった結果、外装を一体化で削り出せませんかという話が出てきたことが、このボディに行き着いたポイントでした。
しかしながら、当時は社内に加工設備がなく現実的ではなかったものの、これを工業製品として形にしたいという熱い想いをデザイナー、開発者の双方が持っていましたので、形状やデザインを調整し、最新の加工機を持っている業者で何度も試作加工をしました。構造上、カバーの開口部から内部部品を組む必要がありましたので、生産技術側との調整も幾度となく行いました」
ボディの構造が生産性に大きく寄与していることがよくわかる話である。また、デザイン側と製造部門がうまく調整できたのは、福島県の会津にシグマのすべての製品を製造する同社の会津工場があったからである。これが海外に工場を設けたり、サプライヤーによる外部の製造では、こうはいかなかっただろう。ボディの削り出しについても苦労があったようだ。
「最後に残ったのが外装の加工でした。もともと弊社にある設備だけでは、正直ここまできれいな外観で仕上げることができませんでした。そこで、アルミの削り出しをはじめ、あらゆる加工ができる最新のマシニングセンタ(工作機械)を会津工場に導入しました。現在はBF専用として稼働していますが、会津工場全体の設備投資として、今後は他の製品の製造にも活用を模索しており、結果的にこの機械の導入は非常によかったと考えています」
BFのボディ表面を見ると美しく、さらに前述のとおりエッジが極めてシャープに仕上がっている。これに関しても、マシニングセンタによるところが大きく、人の手による仕上げ作業は一切行っていないという。つまり、BFのボディは本当に“削り出し”なのである。
「手で仕上げると、どうしても角が丸くなってしまい、エッジのシャープさが出てこないんですね。
しかも、手作業では多少なりともばらつきも出てしまう。そのため、BFのボディパーツは、機械加工が完了するとそのままアルマイト処理を行っています。アルマイトは外観の品位がよいことに加え、強度も大きく上昇するので、BFというカメラにもっともふさわしい外観仕上げだと考えています」
シンプルという話に戻るが、BFではストラップホールはひとつのみ、USB端子のカバーも備わらない。さらに、メモリーカードスロットはなく、画像の記録は内蔵ストレージのみとしている。これらに関して、同社は極度な単純性、つまり“ラディカル・シンプリシティ”というワードも設計を進めるうえでのキーワードとしているが、それを象徴する部分といえる。なかでも、内蔵ストレージの採用は特に注目すべき部分だ。
「現在のカメラに対する要望を検証していくと、撮影データの信頼性がとても重視されていることが分かりました。しかし、メモリーカードは多種多様で価格も大きく違い、どれを選んでよいのか分からない、という意見が見られます。そこでBFでは、撮影データを記録するところまでシグマで担保しよう、ということで内蔵ストレージのみとしました」
ちなみにストレージの容量は256GB。システムでも使用しているため、実際の記録可能な容量は230GBとのこと。RAWで4,000枚以上の撮影が可能であるほか、動画(6K/30pの場合)も2時間30分ぐらい撮れるので、不足を感じることはなさそうだ。データの保存に対する安心感についてもきわめて高いといえる。
操作ボタンも画面も“最小限”ありきで考えた
BFの注目点はそれらばかりではない。いわゆるユーザーインターフェース(UI)が、これまでのデジタルカメラの概念を崩すもので新しい。それは操作部材だけにとどまらず、メニューなど設定の表示も同様である。
ちなみに、今回のインタビューにあたって、筆者は事前にBFを10日間ほどお借りし、トライアルを行っている。その際、説明書が同梱されておらず、また発売前ということで同社インターネットサイトにも説明書のPDFなどはアップされていなかったため、手探り状態で設定を行ったが、使用開始の当初は戸惑うことが少なくなかった。しかしながら、BFの扱いに慣れるにしたがって、そのようなことは次第になくなっていき、最終的には直感的に対応できるようになっていた。これまでのミラーレス、デジタル一眼レフに慣れた写真愛好家は、私のように少々の“修行”を必要とするかもしれないが、それが終了すればよく考えられているUIであることを実感することだろう。そのようなBFのUIだが、この形にするまで相当な苦労があったのではと察せられる。
「直感的に使えるUIを新しく作っていくなかで、操作部についてもシンプルさを念頭に検討していきました。操作部材であれば、シャッターボタンと電源ボタン、これはカメラとして当然外せない。再生ボタンも絶対必要でしょう。メニューボタンも用意しないとおそらく成り立たないだろう、という具合に残すものを決めていったんですね。
そして、モードダイヤルやドライブモードボタンがなくなったらどうなるのか、これでも使いこなせるだろうか、と幾度も検討を行いやり直しました。また、最初は搭載する機能も本当にミニマムにして、基本押せば写るカメラぐらいまで絞ったらどうだという意見もあったのですが、それではレンズ交換式のカメラの意味がなくなる。ちょっと言い方を悪くすると、トイカメラのような方向に向かうのではないかと考え、却下しました。やはり、お客さまが自分で操作して露出やカラーなど変える必要がある機能は極力残すようにしよう、ということになりました。とはいえ、ISO感度オートの範囲設定やドライブモードでのブラケット撮影、セルフタイマーの秒時設定といったものが、どうしたら最小限のメニュー操作で成立するかということもかなり悩んで考えました。正直、UIに関しては賛否両論あると思っています。しかしながら、この新しい操作性は十分に受け入れていただけるものだと考えています」
なお、センターボタンも含む十字キー、再生ボタン、オプションボタンには、新たにハプティクス技術を用い、物理的な摩耗がなく、リアルな触感を実現している。操作性ばかりでなく、指への感触にもこだわった部分といえよう。文字だけではこの機能をお伝えするのは困難なので、BFを触る機会があったらぜひ試してみてほしい。
見慣れたミラーレス、デジタル一眼レフとは大きく異なるUIは、BFというカメラの新しさに加え、“モダンカメラオブスクラ”としてシグマの未来すらも私たちに強く感じさせるものである。今後、新たに登場する同社のカメラがこのUIを採用するのか気になるが、畳家さんのお話では、完全に同じとするよりは考え方の部分を生かしてカメラのカテゴリーや性格に合うUIにしていくとのことであった。最後に、BFというとがったカメラを世に送り出したシグマがこれからどこを目指しているのか、尋ねてみた。
「シグマのカメラのゴールは1つだと思っておりません。fp、fp Lもかなり個性的なものですし、静止画とか動画とかの垣根はなく扱おうというコンセプトでやってきたものですので、BFとはまったく別の新しいカテゴリーとなります。そのため、両者の行き着く先が同じとは考えておりません。フォビオンセンサー搭載のカメラについても、シグマのデジタルカメラのアイデンティティともいえるものですので、開発を進めていきます。それら3つが現在のシグマのデジタルカメラのラインだとすると、それが同じ場所に行き着くのではなく、3つそれぞれがゴールを定めて進んでいくとお考えいただければと思います。弊社の開発リソースには限りがありますので、毎年どんどん新しいモデルを出し続けるほどの体力はありませんが、その分、1機種1機種にシグマらしさを込めてみなさまにご提供できればと考えております」
著者 : 大浦タケシ おおうらたけし 宮崎県都城市生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業後、雑誌カメラマンやデザイン企画会社を経てフォトグラファーとして独立。以後、カメラ誌および一般紙、Web媒体を中心に多方面で活動を行う。日本写真家協会(JPS)会員。 この著者の記事一覧はこちら
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