「グランドセイコー(GRAND SEIKO)」は、日本を代表する高級時計ブランドです。日本では1960年代から「国産時計の最高峰」として、1970年代にクオーツ式時計の時代が来るまで絶対的な存在でした。
ただ、それはあくまで国内専用モデルとしての復活で、世界デビューは2010年。まずアメリカで発売され、時計愛好家の間で高い評価を受け、圧倒的な人気となります。ヨーロッパでは発売されてからまだわずか数年ですが(2025年5月時点)、その評価と人気は高まるばかり。今は世界中の時計のプロたちが「時計としての品質、技術、デザインはスイスの名門時計ブランドと肩を並べる存在」と認めています。それはいったいなぜでしょうか?
「初代グランドセイコーの開発者インタビュー」「スイス天文台クロノメーターコンクールの出品時計を調整した伝説の時計技術者インタビュー」、さらに「1998年の機械式モデル復活第1号モデルの設計者インタビュー」など、1990年代から現在まで「グランドセイコー」と背景にある時計作り――。その取材を一貫して続け、1998年にはセイコーウオッチ腕時計の歴史本『ザ・セイコー・ブック セイコー腕時計の軌跡』を編集・執筆した時計ジャーナリスト・編集者の渋谷ヤスヒトが、その理由を語ります。
スイスの名門ブランドと変わらぬ長い歴史と伝統、独自の技術とデザイン
スイスの高級時計の魅力を紹介するとき、まず取り上げられるのが老舗時計ブランド。その「100年を超える時計作りの長い歴史と、その過程で培われた卓越した技術、職人技、独自のスタイル」が語られます。
確かにスイスには100年以上、200年以上の歴史を誇る老舗時計ブランドがいくつも存在しています。こうした老舗ブランドには、その長い年月の中で培われた独自のスタイルや卓越した技術、特に時計師やエングレーバーなど、伝統技術を継承してきた人々の職人技があります。そして「グランドセイコー」も、こうしたスイスの老舗時計ブランドと変わらぬ時計作りの長い歴史と卓越した技術、職人技、独自のスタイル、そのすべてを備えています。
グランドセイコーは長い間、「日本国内だけで販売される、国内向けの高級時計」でした。世界での製品展開を開始したのは現在(2025年)から15年前の2010年。さらに独立ブランドとしての展開は2017年から。それなのに世界で高級時計ブランドとして認められているのは、それ以前のセイコーの、100年を超える長い歴史と卓越した技術、独自のデザインがあるからです。まずその歴史から、続いて技術、さらにデザインの順に、魅力を追っていきましょう。
100年を超える“マニュファクチュール”としての歴史
グランドセイコーの誕生は1960年。セイコーの創業者・服部金太郎が「精工舎」を設立して掛け時計作りをスタートさせたのは今(2025年)から133年前の1892年。懐中時計を経て最初の腕時計「ローレル」を開発・発売したのは112年前の1913年です。そして1945年、第二次世界大戦の敗戦を経て、当時、世界最高峰の時計を作っていたスイス時計をお手本に、セイコーは時計作りを再開します。
敗戦を経て復興したセイコーの時計作り、その技術的な進化はすばらしいものでした。1950年代半ばには、セイコーは独自の設計思想に基づいて開発した機械式ムーブメントを搭載する腕時計を、ネジ1本からすべて自社とそのグループ内で開発製造する“マニュファクチュール”体制で大量生産する世界でも数少ない時計メーカーになっていたのです。
そして「精度、耐久性、美しさ。
つまり「グランドセイコー」は初代モデルからすでに、100年を超えるセイコーの時計作りの歴史を凝縮した、世界水準の高級時計だったのです。ただ、あくまで国内向けのモデルであり、その価値が世界に知られることはありませんでした。初代からのこの価値が今やっと、当然のこととして認められたのです。
世界最高水準&唯一無二の卓越した技術
初代から精度において世界最高水準に到達していた「グランドセイコー」――。その機械式の技術は、1969年に登場した世界最初のクオーツ式腕時計「セイコークオーツアストロン 35SQ」をきっかけに時計が“クオーツ時代”に突入し、1970年代半ばに「グランドセイコー」がいったん姿を消すまで進化を継続。メカニズムでも精度調整の技術でも世界最高峰に到達しました。
当時の技術が世界最高峰だったことのひとつの証拠があります。グランドセイコーの技術的背景となった、スイス天文台クロノメーターコンクールでの、セイコーが出品した機械式時計(精度コンクール専用時計)の1960年代後半での圧倒的な好成績です。このコンクールは中止されてしまうのですが、グランドセイコーの好成績の背景には、時計を調整した技術者の高度な技能に加えて、機械式時計の調整に関する物理学的な研究の裏付けがありました。
世界最高峰の精度と技術的な先進性は、日本中の時計店や時計愛好家からの熱望を受けて1988年に復活。
1998年には機械式モデルが復活。専用の新型機械式ムーブメント「9S5」シリーズを搭載したモデルも、のちの2020年登場の専用最新型機械式ムーブメント「9SA5」搭載モデルも、少数限定ではなく通常生産される機械式時計としては最先端のメカニズムによる最高峰の高精度を実現しています。
また、2004年から登場した、ぜんまいのほどける力を動力源として電力を生み、水晶振動子とICによって正確に精度を制御する「スプリングドライブ・ムーブメント キャリバー9R」は、2025年の現在でも世界で唯一、セイコーだけが実用化している最先端のムーブメントです。2025年にその精度は、月差±15秒から年差±20秒以内へと進化しました。
機械式、クオーツ式、スプリングドライブと、3種類もの世界最先端の専用ムーブメントを備えている――。これほど技術的な先進性を誇る時計ブランドは世界でも「グランドセイコー」しかありません。
光と影――、日本の繊細な美意識を反映した独自のデザイン
デザインという点でも「グランドセイコー」は世界で唯一無二の特別な存在です。そのエッセンスが、1967年発売の通称「44GS」で確立された「グランドセイコースタイル」というデザイン文法です。
(1)平面を主体として、原則として平面と二次曲面でデザインを構成する。(2)視認性を追求し、ケース・ダイヤル・針のすべてにわたって、極力平面部の面積を多くする。
この3つの「デザインの基本文法」をもとに定義された9つのデザイン要素から生まれる、「光と影が織りなす無数の陰影」。この美しさを追求し、さらに「白樺」や「樹氷」の姿を文字盤のモチーフに採り入れるなど、日本の自然をディテールに描いたグランドセイコーのデザインは、「陰翳礼讃」や「花鳥風月」という言葉に象徴される、自然と共生してきた日本の美意識から生まれた、世界でも他にないもの。
以上が、2010年の世界展開から2017年の独立ブランド化以来、「グランドセイコー」が生まれ故郷の日本に住む私たちはもちろん、時計愛好家に限らず世界中の人々を魅了し続けている理由なのです。
渋谷ヤスヒト しぶややすひと 時計ジャーナリスト、モノジャーナリスト、編集者。1990年代前半から徳間書店のモノ情報誌「GoodsPress」と同誌別冊の時計専門誌の編集者として時計の取材&執筆を開始。1995年からはジュネーブとバーゼルのスイス2大時計フェアと現地の時計ファクトリーの取材をスタート。徳間書店退社後の2003年以降、現在まで時計フェアと時計ブランドの現地取材を続けている。スマートウォッチやスマートフォンもカバーする。ジュネーブ・ウォッチ・グランプリ(GPHG)アカデミー会員、日本時計学会会員。 この著者の記事一覧はこちら