三井グループ350周年を記念して行われた事業「三井みらいチャレンジャーズオーディション」。その開始1年を記念し、「チャレンジャー発表会 STAGE UP MEETING 2025」が5月12日に開催された。
事務局は2023年の人材発掘フェーズを経て2024年春からチャレンジャーたちの活動に寄り添い、一年かけてコミュニケーションを続けてきた。この日は総勢30名全員がオンライン・オフラインで集結して共に一年の成果を発表し合った。
○「人と人との繋がり」を徹底的に重視、未来に繋がる人材発掘企画
「STAGE UP」と掲げている通り、これは「走り切った」結果を発表する場ではなく、さらに次を目指していくための一時通過地点であることを前提としたもの。会場には三井グループ350周年記念事業実行委員会 委員長・菰田正信氏(三井不動産株式会社 代表取締役会長)をはじめ三井グループ各社の関係者が揃った。チャレンジャーにとっては、これまでの支援に対してしっかりと報告をする中間発表の場であると同時に、さらなる支援や認知獲得、次のステージに自分のプロジェクトを進めていくための足がかりを掴むための大事なプレゼンの場でもある。
「三井みらいチャレンジャーズオーディション」は、三井グループ350周年記念事業の一つとして2023年に始動。「未来の社会のために自らチャレンジする若者を、三井グループ25社が発掘し、サポートする」という趣旨で、応募条件は「日本に在住する2024年3月31日時点で16歳以上31歳未満の人」であり、学歴・職歴・国籍は問われなかった。見事最終通過者になれば、初年度には活動に対する支援金として一律500万円の提供が行われる他、2年目以降は活動状況や資金ニーズに応じた追加の支援金の提供も、最長で2027年度まで、実質最長3年間も受けることができる。さらには随時の個別相談やオンライン面談、三井グループによるバックアップサポートもつくなど、非常に手厚い。応募は700名を超えた。今回の発表会でプレゼンを行う30名はその難関を潜り抜けた、高い志と実行力、可能性を秘めた面々だ。
募集カテゴリとしては「事業・社会活動」「研究・留学」「カルチャー創造」の3部門があり、新規事業の立ち上げだけでなく社会貢献活動や研究活動、文化芸術活動などを等しく同じフィールドで扱っている。
官民問わずこうした選抜型企画自体は少なくないが、本オーディションが特徴的なのは「人と人との繋がり」を徹底的に重視していること。「コンテスト」でなく「オーディション」であるのは、「人」にフォーカスしているから。事業内容というより人材を発掘する意図がそこにはある。「資金を出したからあとは成果を」というスタンスでは決してなく、事業は4年間という期間の中で共通のプラットフォームをきちんとつくることを目指す。コミュニケーションをとることに重きがおかれており、リアルな交流会という場のほか、チャレンジャー全員と事務局の共通Slackワークスペースが設けられるなど、チャレンジャー同士の交流、三井グループ25社とチャレンジャーとのコミュニケーションが育まれるような仕掛けも。大人と若者、というような線引きはなく、あくまでも同じ志ある「人」という地平の元に、ポテンシャルや視点、資金や経験、コネクションや知見といった、各々が持てる無形資産を出しあって「仲間」をつくるようなスタンスが印象的だ。今回の「チャレンジャー発表会 STAGE UP MEETING 2025」の会場でも、チャレンジャー同士はもちろん、事務局や三井グループ側の参加者との楽しげな会話があちこちでなされていた。
○持ち時間は3分、怒涛の3時間半にわたる30名による濃く熱いプレゼン
そうして得られた有形無形の支援を元に、一年でどのような進捗があったのか。そしてさらにどこを目指すのか。そのために与えられたプレゼンテーションの時間は、たったの3分。休憩をはさみながら3時間半にも及ぶ時間の中で、30名すべての発表が順番に行われた。国外で活動するチャレンジャーも多いため、全体の3分の1ほどはオンラインでの参加となった。
一年の成果として、大きな機会を手にしたり、制作や発表を達成したチャレンジャーも多い。ポルトガルのポルト大学で研究を行いながら、日本の伝統演劇である人形浄瑠璃「乙女文楽」に焦点を当てた作品作りに取り組む作曲家・向井響さんは、乙女文楽ひとみ座とポルト国立人形劇団の共同制作による新作の公演をポルト大学で日本大使館の後援の元で成功させた。当日は200人のキャパシティに対してウェイティングリストが150人となる大きな反響を得ることに。2025年以降もパリ・ポンピドゥー・センターから浄瑠璃をテーマに電子音楽とメディアを使った新しいデジタルメディア作品の委嘱、2026年のポルト国立人形劇団が初来日など、活躍の場を広げている。
現在は東京大学の修士1年生としてJAXA ISASにて分散宇宙システムに関する研究活動を行っている王方成さん(研究・留学部門)は、国際学会での主著4本の発表をはじめ、JAXAの観測ロケット(小型ロケット)の研修に参加し知見やコネクションを広げたほか、サッカーに関する研究活動の一環でデータ取得デバイスを開発するなど、研究から課外活動まで多種多様な成果を残した。
また、チャレンジャー同士のコラボレーションも生まれた。株式会社オトギボックスとして親子向けの絵本の読み聞かせコンサート事業「ようこそ絵本の音楽会へ」を手がける梶本大雅さん(カルチャー創造部門)は、コンサート開催を重ねる中で考えるようになった、障害をもつ子どももその家族も「当たり前に受け入れられる空間」を作りたいという思いを、事業・社会活動部門の猪村真由さんとのコラボレーションによって形にした。一般社団法人Child Play Lab.の代表理事を務め、長期入院し闘病する子供たちの生きる力を切り開く力を伸ばすためのイノベーションプログラム「POCO!」を提供する猪村さんがオリジナルの絵本を監修、五感を使って体感できるユニバーサルな公演「touch the world」を実現した。
一方で、すべてのチャレンジャーが、順風満帆(もちろん、至極順調に見えるチャレンジャーもいくつもの困難を超えてここまで至っているはずだが)ではなく、中には当初描いていた方向性での事業展開を断念するなど厳しい決断をくだすことになったり、今も課題と向き合っている最中のチャレンジャーもいた。しかしそれもまた「成果」であり、真摯に現状を分析し、説明し、次なる一手を模索し実行し続けるアグレッシブな姿勢は、勇気をもらえると同時に打開策をともに考えられないか、見る者に訴えかけるものがあった。
東京大学水圏生物工学研究室で、クラゲ大量発生のコントロールによる海洋環境向上・水産業貢献、人口肉等の食料増産技術への応用可能性に繋がるクラゲの無性生殖(増殖)の仕組み解明に取り組む佐藤愛海さん(研究・留学部門)。2024年度は実験に苦戦するも、さらなるコミットのために休学を選択、打開策を複数実行している。
○自分の興味関心をベースに、社会課題をとらえ自らの存在価値をつくっていく
部門を跨ぎ、オンライン・オフラインも混ぜ合わせる形で発表は進んだ。全体を通してみると、3部門に分かれながらも、研究をしながら事業開発を行っていたり、社会課題の解決を掲げながら文化活動を行っていたりと、各部門をオーバーラップしている活動も多い。
自分の興味関心をベースに、社会課題をとらえ貢献できる余地やそこにあるニーズや可能性を考え、アウトプットを描く。内発的でありながら「自分らしく」「好きなことを仕事に」というような自分を中心に据えるのとは異なる、より客観的な視点で自らの存在価値をつくっていくバランス感覚が全員から感じられた。環境負荷や多文化共生など、様々な社会的視点を蔑ろにすることなく事業を推進していくことが求められる今、イノベーションを起こし未来を変えていくには必要な基本姿勢かもしれない。
なおここで紹介したのは、発表内容のほんの一部にすぎない。考え抜かれた個別の細かな研究内容については、「三井みらいチャレンジャーズオーディション」公式サイトを参照いただきたい。
○広く人材を育成し、ともにより良い未来へ進む。350年続く事業の変わらぬ精神
「三井みらいチャレンジャーズオーディション」の公式サイトには、未来をよりよいものにしようと夢を掲げ、モチベーション高く自らの考える理想を実現しようと奮闘するすべての若者に対して、その道標やコンパスとなりうるコンテンツが公開され、誰でも見ることができるようになっている。例えば、事前エントリーしたチャレンジャーを対象とした単発イベントについても要点をまとめたイベントリポートが公開されており、イベント不参加でも新規事業創出のために有効な情報が得られるようになっている。社会人にとっても参考になる考え方やTipsが盛り込まれた内容だ。
オーディションを通過し、華々しく次のステージに向かう30名だけが、「チャレンジャーズ」では当然ない。広く「人材」を育成し各社事業をより健やかに経営し、同時に世の中をより輝かしいものとしていこうと考える三井グループの思想の根幹、350年もの長きにわたる経営を可能にしてきた真髄が、ここには表れているように感じた。
全チャレンジャーと活動内容
鈴木健太(研究・留学部門):数学研究で拓く未来
北井朝子(研究・留学部門):細胞にセキュリティをかけるための、遺伝子発現ゆらぎの定量とシステム解明
向井響(カルチャー創造部門):人形浄瑠璃の新しい可能性乙女文楽「美少女革命」プロジェクト
久保田しおん(研究・留学部門):ニュートリノ検出器における電荷検知技術の開発
久保田徹(カルチャー創造部門):長編ドキュメンタリー映画の制作とDocu Athanプロジェクトによる自由な空間の創造
王方成(研究・留学部門):深宇宙探査・開発のための超小型衛星群インフラ
大塚健太郎(カルチャー創造部門):世界中の有形・無形文化を現代に「翻訳」し、分断を乗り越える新たな カルチャーを日本から世界へ。
大村慧(事業・社会活動部門):移動のインフラとなる、未来の医療・福祉モビリティサービス「mairu」
プラートアルヴィン(研究・留学部門):二重コンクリーションの形成メカニズムの解明と地質学的物性の制御法の確立
稲垣桃(カルチャー創造部門):ARTによる社会問題の「自分ごと化」
宮瀬環(研究・留学部門):ポストデジタル社会における人間と衣服の相互関係性の研究
田中亜希子(カルチャー創造部門):ミュージカル甲子園
梶本大雅(カルチャー創造部門):ようこそ絵本の音楽会へ 全国で始まる豊かな「祭」の創造
猪村真由(事業・社会活動部門):入院という時間をちょっと特別にするイノベーションプログラム「POCO!」
中原楊(事業・社会活動部門):音声認識とAI要約によるカルテ自動生成で医療現場に変革を
水澤佑介(研究・留学部門):地方振興における文化観光普及の経済的意義
高井万弥(研究・留学部門):Harvard Graduate School of Design Master of Architecture
桂枝之進(カルチャー創造部門):Z落語
加藤路瑛(事業・社会活動部門):五感にやさしい社会の創造事業
大砂百恵(事業・社会活動部門):e-Combu
武田かりん(カルチャー創造部門):たくさんの人の人生を照らす物語をつくる
岡本萌花(事業・社会活動部門):RE FASHION MARKET
高橋鴻介(カルチャー創造部門):接点の発明:新しいコミュニケーションの方法をつくる
大日方伸(事業・社会活動部門):「循環型装飾社会」へ。3Dプリントを生産基盤としたデジタルテーラーメイドものづくり
大森美紀(事業・社会活動部門):排水処理から水の価値連鎖を生む
佐藤愛海(研究・留学部門):クラゲの無性生殖メカ二ズムの解明とその応用に向けた研究
齋藤杏実(事業・社会活動部門):サブサハラにおいて誰もが農業機械にアクセスし、持続的な農業が行える社会を作る
巴山未麗(研究・留学部門):言語の視点からグローバルを再構築する
牛田智大(カルチャー創造部門):「音楽とはなにか-その体系的全容"ICAM”(A.Agazhanov,2022,仮題)」日本語訳出版プロジェクト
橋爪海(事業・社会活動部門):食品残渣を活用した持続可能な飼料原料供給
吉澤志保 よしざわしほ 雑誌出版社、不動産広告代理店、不動産アプリ・SaaS開発会社を経て、フリーランスに。文章と写真をベースに、紙やWEB、SNS、アプリなど媒体を横断し、多角的な視点で見た構成・切り口設計を考えるのが得意。地方好き・移動好き。都心のミニマムな戸建賃貸で、日々地方とよりよく繋がり続ける方法を模索中。 この著者の記事一覧はこちら