愛用する腕時計を手がかりに"人生の時"を語ってもらうインタビュー連載『夢を刻む、芸人の時計』。テレビでおなじみのあの芸人は、どんな若手時代を過ごし、ブレイクの瞬間を迎え、どうやって未来を刻んでいくのだろうか? そのストーリーに迫る。


本稿で話を聞いたのは、お笑いコンビ ニューヨークの屋敷裕政さん。1986年3月1日生まれ、三重県熊野市出身で、NSC(お笑い養成所)東京校の15期生。相方の嶋佐和也さんと2010年にニューヨークを結成している。

人生で初めて買った時計は?

――初めて自分で買った時計を覚えていますか?

何だっただろう。でもG-SHOCKだったと思います。中学生のときに『こち亀』でG-SHOCKの存在を知って、それからG-SHOCK図鑑のようなものをずっと眺めてましたから。

中学3年生のときの修学旅行でアメ横に行ったときに、自分のG-SHOCKとおかんのG-SHOCKと、1個ずつ買ったのが人生で最初の時計だったんじゃないかな? おかんへのプレゼント、という良い話ではなく(笑)、「私のぶんも買うてきて」とお金を渡された記憶があります。

とんねるずの木梨憲武さんがつけていた赤の"スラッシャーモデル"を見て「ええなぁ」と思って、通販で購入したこともありました。モノを集めるような趣味はないんですが、G-SHOCKだけは集めてましたね。

大学生のときはテニスばかりやっていたので、あまり時計はつけていなかったと思うんですが、基本的には、人生でずっと腕時計はつけてきましたね。

彼女(現在の奥様)から誕生日プレゼントで貰った時計もいくつもあります。大学生のときはJOURNAL STANDARDの腕時計を貰ったし、成人してからはセイコーのプロスペックス、そして若手芸人は手にできないようなオロビアンコ(Orobianco)の腕時計も貰いました。


――子どもの頃から、常に何かしらの腕時計をしていたということですね?

そうですね。あまり手首とか締め付けられるの好きじゃないんですが、何ででしょうね(笑)。時計だけはつけてきました。

人生には色んな「とき」がある

――初めてお笑いの舞台に上がった「とき」のことは、覚えていますか?

えー、どうだっただろう? 本当の初舞台というとNSC時代ですか、嶋佐じゃない奴とコンビを組んで出たと思います。客席は全然、ウケてなかったんじゃないかなぁ。

プロとしての初舞台は、ルミネtheよしもと(東京)です。はんにゃさんがMCの「業界イチの青田買い」というライブで、芸歴まだ1カ月もないボクらニューヨークのほか、同期の「いぬ」の2組がピックアップされてルミネの舞台に立って。午前10時からの1時間のライブやけど、会場は立ち見が出るほどお客さんでパンパンでしたね。

ただ舞台裏で、全員に「NSC東京校15期のニューヨークの屋敷です」って挨拶しないといけなくて、そっちが気い張って辛かったのを覚えています。舞台上でネタをやっている時間の方が、気を遣わんでよかった(笑)。

――売れるまでに、どん底まで気持ちが落ち込んでしまった「とき」はありましたか?

「今年こそ決勝に行く」と意気込んでいた2018年のM-1準々決勝で敗れたときですね。スマホに届いた「落ちた」という知らせを見たとき。
ソファで横になりながら、眠りもせずに6時間くらい、ずっと天井を見てました。「これ芸人を辞めるパターンちゃうか?」と、ふと頭をよぎったりして。

でも、そこで「YouTubeでラジオを始めよう」「単独ライブも形を変えてやってみよう」と、気持ちを切り替えられたのが良かったと思います。

――では最高の瞬間、時間が止まってくれないか、と思った「とき」は?

やっぱり2019年のM-1で初めて決勝に進んだときですね。あのとき「この先、これ以上の嬉しいことは人生でもそうそうないんちゃうか」と、とても冷静に思いました。あの夜は本当に完璧だった。完璧に心が満たされた瞬間でした。

――昔、やっていたネタを思い出すことはありますか? 公式YouTubeチャンネルの「ニューヨークOfficial Channel」では、10年くらい前の単独ライブで、土木作業員がアルバイトでお金を貯めて高級時計のヴァシュロン・コンスタンタンを購入する、というネタをやっていたと明かしていましたね。

時計を買うネタ、ありましたね。あれはもう映像もネタ帳も残ってなくて。たしか、すっごい節約してる奴(演:嶋佐さん)が土木作業のバイトしてて、こっちが「なんでそんな頑張っとんの?」って聞いたら、「何百万円もする高級時計を買うからや」って。そんなん、金が余っとる奴が買うもんやから、アルバイトでコツコツ努力して買うもんちゃうぞ、とツッコむという設定で。


言い方はアレですけど、高級時計って人間が生きていくためには意味がないというか、高級時計である必要はないじゃないですか。同じ時計でも、実用性の高い普通の時計の方が便利な場面はたくさんある――そう考えると、自分の時計に対する考え方もずいぶん変わりましたよね(笑)。

――若い頃、バイトはたくさんしていたんですか?

はい。イチバン合っていたのは塾講師かな。専門は社会科ですが、小学生であれば他の教科も教えられると思います。子どもたちに授業するのが性に合っているのと、あと他のバイトが自分に合ってなさすぎて。

ダーツバーでもバイトしてましたが、あの頃も楽しかったですね。円陣を組んで目標を言うたり、仲間がみんな熱くて。そのとき一緒にバイトしとった人が、いま「ラヴィット!」でニューヨーク不動産のディレクターしてます、たまたま。でもあの頃の話はお互い、あまりしませんね。

いまだにバイトの夢は見ます。バイトと受験の夢。
だから心の中ではしんどかった記憶なんでしょうね(笑)。夢の中で「また大学受験せなあかん」とか、「まだシフト入ってる……」とか定期的に思わされる。しかも、いまの自分の状況で大学受験せなあかんことになってる。そんな夢をめっちゃ見ますね。

――その頃から「いつか芸人で売れるようになったら良い時計を購入したい」と思っていたんでしょうか?

それは全然、思ってなかったですね。順序としては、ちょっと給料が貰えるようになったけれど何も買っていない、という状況にあって。もともと物欲もない、でも何か買ってみたいなと思ったときに「そうだ、時計は子どもの頃からずっとつけてたな」と思って。そこからなんです。
ついに高級時計を手にする

屋敷さんは、LONGINES(ロンジン)のレジェンドダイバーを2021年秋に32万円で購入。その後、立て続けに同価格帯のMeisterSinger(マイスタージンガ―)も手に入れ、翌年の2022年2月には「ラヴィット!」の番組内でA.ランゲ&ゾーネの1815 アップ/ダウンを345万円で購入し、大きな話題となった。

――かつて、ネタの中で「金が余っとる奴が買うもんやから」と言っていた高級時計を、ご自身でも購入するようになりましたね?

2019年のM-1で決勝に出て、2020年くらいから何となくテレビに出られるようになって、2021年頃はもう結構忙しくなっていた時期でした。ちょっとだけお金を持てるようになったので、何か形に変えたくなったんです。


「いま欲しいモノないかな」と思ったときに「そういや時計なら子どもの頃からしてたな」って。ファッションにもハマらず、インテリアにも興味ないんですが、G-SHOCKなら昔からよう集めてた。興味のないことにはお金を使いたくないけど、だからハイブランドの真っ白なTシャツとかは要らないけど(笑)、納得できるものならお金を使いたいなと思って。

ひと昔前は、本当に「高級時計なんて金持ちの道楽やろ」としか思ってなかったです。マジで無意味やろ、みたいな。でもお金に余裕が生まれてから「こういう使い方もあったんや」と気づいたというか。

とは言え、ロンジンを買うときも震えてました(笑)。銀座本店で購入したんですが、心細いので奥さんについてきてもらって。購入したレジェンドダイバーは、めっちゃデカくて重い木の箱に入って出てきました。「うわー」と思って、大事に抱えて持って帰りました。

そのあとでスーツにも似合うような革ベルトの時計も欲しくなって、ちょうど良いものがないか探していたときに、1本針のマイスタージンガーを見つけて「珍しいな」と思って。

誰も持ってないから被らへんし、ええわと思って、ネットで購入しました。
でも実際に着けてみると、慣れるまで見づらいんですよね。MCをやっているとき、パッと見て「いま何分か」が分かりづらくて。

――そんな経緯もあって、A.ランゲ&ゾーネの1815 アップ/ダウンを買うことに?

そうなんです。ネットで見たときにデザインがダントツでしっくりきて、コソッと銀座で実物も見て「やっぱめっちゃええわ」ってなって。でも300万円を超えてる高級時計なんて、店舗にふらっと入って買うもんじゃないですよね。

後日、「ラヴィット!」の企画で買うことになるんですが、正直、頭のネジを外さないと買えるもんじゃないから(笑)、あの企画が来たタイミングがちょうど良かったです。あの番組がなかったら買ってなかったですね。

世の中には、すっごく気に入って買ったはずなのに、買ったあとで何かあんま好きじゃなくなるモノとかもあるじゃないですか。いまんとこ、ランゲと先日購入したクルマは、見るたびに「好きやなぁ」と思うから良かったです。

――ランゲは、どのくらいの頻度で装着しているんですか?

ほぼほぼ、毎日、つけてました。でも使いすぎたのかも。先日、りゅうずを巻いていたらプチっと取れてしまったんです。そんで時計店に修理に持っていったら、保証期間を2カ月ほど過ぎていて30万円かかるって言われて。しかもいまランゲを修理できる人が日本に1人いらっしゃるか否か、という感じらしくて。ドイツに送り返して修理になるかもと言われて、「高級時計ってヤバいな」とあらためて思いました(苦笑)。

手元にランゲがなくなったので、3日前くらいにG-SHOCKを買いました(笑)。どれだけ汗をかいても大丈夫な、夏用の時計をちょうど探してたところだったんです。

本当はデザインが可愛いSinn(ジン)のダイバーズウォッチを狙ってたんです。でもこれが70万円くらいしてしまう。店舗にも3~4回は足を運んでて、実際に腕に試着させてもらったときの写真も撮ったんですが、でも70万円くらいするからしばらく悩んで、最終的に「G-SHOCKでええわ」ってなって。電波時計に対応している4万円くらいのG-SHOCKを購入しました。

――時計を選ぶ際に、他の人と同じモデルは買わないようにしていますか?

それはありますね。高い金を出すのに誰かと同じもんを買うっていう感覚があまりないというか。嫌じゃないですか? もともとめっちゃ憧れとった、とかなら良いんですけど。しょっちゅう街なかで見るもんを、自分の財産をはたいて買う、って自分の中ではなくて。
でも誰かが持っとるもんって、皆んなが欲しいもんやから、結局、リセールバリューもあるんですよね。クルマでもそう。

ロレックスしている人らは、売ることも考えて(将来の資産価値も考慮して)購入するようです。実際、この前YouTubeの企画で時計買取店で査定してもらったら、俺の買ったランゲは売却価格ではちょっと下がってて、でも嶋佐のロレックスは値が上がってたんです。
「やっぱロレックスなんや」って思っちゃいましたね。なんか難しい。資産価値を考えた買い物は味気なくなるけど、皆んなが欲しがるもんがリセールが良いっていうのは、ロマンがないというか(笑)。そこのバランスがムズいです。

――お気に入りの時計をつけているとき、高揚感みたいなものはありますか?

そうですね。ファッションアイテムの中で、唯一、自分が興味を持てたものだし。スニーカー、ハット、Tシャツなどは、あまりハマったことがなかったんですが、気づいたら時計はずっと興味がありましたから。

大学時代はポール・スミスの2~3万円の時計とか、流行りましたよね。自分も「ポール・スミスの時計は、いっときたいな」と思いながらも、手は出やんかった。時計のどこに惹かれるのかな。家に忘れてきたら落ち着かない、つけているのが当たり前のもの、という感じですね。

人のつけている時計も、めっちゃ見ちゃいます。共演者の時計もそうですが、技術さん、カメラマンさんのしている時計とかも見ちゃいます。さっきも取材の人がしている時計がG-SHOCKで「やっぱええやん」となりました。

芸人としての今後と、これから欲しい時計

――今後、芸人としてどんな活動をしていきますか? 理想の時間の使い方はありますか?

バランスよくいきたいですよね。家族の時間も大事にして、良い感じに仕事もできて、自分の趣味も持てて。仕事ばかりの生活は嫌だけど「気がついたら最近、ゴルフしかしてへんな」っていうのもさすがにキツい(笑)。

――まだ欲しい時計もありますか?

いま狙っているのはSinnのほか、IWCのセラタニウムを使用したトップガンシリーズですね。ずっと前から欲しかったんですが、ここ最近また値段が上がってて、いま200万円くらいしてしまう。まだ、この辺は見ているだけです。

今後、欲しい熱が盛り上がるときは来るかも知れないですが、いつか買うタイミングが……来るかな? いや、なんかワケ分からん賞金で500万円もらったときとかね。それでも買うかなぁ?

なんか不思議だなと思うのは、ロレックス買った人って、皆さん2本目も買ってませんか? 嶋佐もそうだし、かまいたちさんも、他にもそんな人がたくさんいるような。なんかあるんでしょうね。

自分は「ロレックスつけとんな」って思われたくない気持ちがどこかにあって。もっとサラッとつけられる時計が合ってるようです。オメガのスピードマスターとか、あのあたりは常に興味ありますよ。何千万円もするような時計は、まったく興味ありません。

――人に時計をプレゼントすることもありますか?

それこそ、マイスタージンガーはマジで使わなくて、結局、お世話になった前のマネージャーにあげちゃいました。喜んでくれて良かったです。ほかに使わない時計が3本くらいあるから、後輩とかにあげようかな、と思ってます。

電池が切れてるかな? 電池が切れてる時計をもらっても、ちょっと面倒くさいですかね? でも人にあげるために電池入れるのも、こっちがめっちゃサービスしてあげてるようで嫌やな(笑)。

――屋敷さんと時計の興味深いお話をお伺いできました。ありがとうございました。
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