2021年2月の「そごう川口店」閉店から4年超。その建物を引き継ぐ形でJR 京浜東北線・川口駅前に5月31日、「三井ショッピングパーク ららテラス川口」(埼玉県川口市)が開業を迎えた。
地域住民にとって、待ちに待った地域のランドマークの「復活」。グランドオープン当日はもちろん、事前の特別招待日にもエントランス前に長蛇の列ができた。

しかし、「ららテラス川口」の魅力は、ショッピングだけじゃない。元デパートならではの高級感あるデザインや豪華な設えを残して改装した建物は、すべてのフロアを巡ってみたくなる仕掛けがあちこちに隠れているのだ。周辺住民でなくても思わず「また来たい!」と思ってしまう、古くて新しい空間の見どころを紹介したい。
○■あちこちに残る「レガシーの継承」を探しながら館内を巡る

ピカピカの「新しさ」の代わりに懐かしさや親しみやすさをもつ、地域みんなに愛される新スポットが誕生した。川口駅東口を出るとすぐ目の前に見える「ららテラス川口」は、ペデストリアンデッキ直結、徒歩約90秒でアクセス可能。建て替えなしでほぼまるっと既存の建築物を活かした商業施設の再生は、大掛かりな区画整理を伴うことが多い駅前立地の再開発事例としてはめずらしい。

「ららテラス川口」は「在るもので、新しく」というコンセプトの元に、元々の建物の設備や意匠に対して2つの手段をとった。個別に状態をチェックし、再塗装など手入れをして元の形を残したまま利用する(「かつての姿を残す」)か、あるいは別の形で再利用する(「形を変えて、蘇らせる」)か、だ。現代の感覚で見ると当時のデザインのままだとちょっと……という素材やデザインパターンも、手を加え時代にフィットする形に生まれ変わらせている。

ペデストリアンデッキからそのまま繋がるのは、3階エントランス。
赤茶色の大理石の柱と壁が印象的な吹き抜け空間は、エントランス横に復活した大きなからくり時計とともに、いかにも「百貨店/デパート」という堂々とした風格で出迎えてくれる。

エントランスから中に進むと、いたるところに鮮やかな大理石が大胆に使われていることに気がつく。よく見ようとして柱や壁に近づくと、そこには写真付きの解説が。材質やデザインについての説明、元々どのような形で使われていたものを、どう修復し再利用したのかが紹介されており、建物全体が博物館のようでワクワクする。

○■まずは全体マップで「レガシーポイント」チェックがおすすめ

これを読むだけでも十分楽しめるが、各フロアを回る前にぜひ最初に3階でチェックしておきたいのが、西エントランス側の「KAWAGUCHI CIRCULATION BASE」。この区画に、施設内のどこに「そごう」から引き継いだレガシーが残されているのかを示す建物全体のマップがあるからだ。

各フロアに点在するレガシーポイントは、言われなければ気がつかないものも多い。このマップで見どころを確認しておくと、買い物がてら探したり立ち寄ったりできてワクワク感が倍増する。ちなみにマップには大まかな場所しか示されていないので、ものによっては簡単には見つけられない。某テーマパークの「隠れ◯◯◯」的な面白さも味わえる。

マップの横にはかつての意匠を切り出したタイルや大理石、当時の写真もディスプレイされている。エスカレーターの柱に使われていたという幾何学模様タイルは、植物モチーフの絵柄と実線を組み合わせたアラベスクを思わせるデザイン。
実物を実寸大で見ると一枚でもビビッドな色あいで、展示されている当時の写真を見る限り、空間での主張がかなり強かったのだろう。今回の改装では分割されて、地下1階フードコートの柱に転用されている。

また、川口を代表する産業のひとつが鋳物であることから、川口鋳物工業協同組合の協力の元で製作したエレベーターホールの階数表記サインも、その製作工程とともに展示。鋳物のデザイン性の高さや可能性を伝えるため、フロアごとにサインのデザインや加工を変えているといい、その質感の違いを直近で確認することができる(階数表記サインは壁面の高い位置に設置されているので、なかなかこうはいかない)。この壁前のイベントスペースの展示は今後企画によって変わるとのことなので、気になる方は今のうちに見ておきたい。

○■百貨店時代を思わず想像してしまう、建物のつくり

細かなディテールのデザインだけでなく、どこか上品さと懐かしさが漂う、建物自体のつくりや空間も味わい深い。建物全体として「ゆとり」を感じる。エスカレーターやエレベーターには真鍮を思わせる鈍い輝きのゴールドが使われていて、これぞ百貨店という趣。

建物内を巡っていてどことなく落ち着いて見られる気持ちがするのは、近年の施設と比べて少し天井が低いためだろうか。特に2階の吹き抜け部分では、モダニズム建築の庁舎など公共建築物に通ずるスケール感を感じた。

トイレは、木製ドアや丸型窓がドレッサー風で婦人用アパレルショップの試着室のよう。1個室ずつ広さが確保されており、空間のつくりとしてもゆったりした印象だ。


そしてやっぱり、一番インパクトがあるのは大理石やタイルに見られる、柄や色の使われ方。近年の新築の建築物ではここまで贅沢にまた派手に使っているものはなかなか見られない。面積だけでなく、各階で異なる色調や模様の大理石の柱が、ドーンと横並びに据えられているなんて……近年のミニマルな商業デザインとは一線を画すド派手な仕上がりに、かつてのそごう時代のパワーを見て圧倒される。

各階で飾られているデザインタイルは全体で一枚の絵になっている。近づいてみると、欠けていたりして年月を感じる。フロアごとに違うのがまた楽しい。

○■「レガシー継承」はテナント店舗にも

また、建物という箱だけでなく内部のテナントも「継承」した。地下1階食品フロアには「西武・そごうショップ」が入店。百貨店ならではの有名ブランドの食品やアイテムが並び、ギフトカウンターも設けられている。縮小はしたものの30年続いたそごう川口店の4年ぶりの復活。長年愛用していた人にとっては感慨深いだろう。

他にもそごう川口店から継続出店した生鮮食品店や惣菜店を始め、屋上には地域住民から復活の要望が多かったというビアガーデンがBBQ施設としてリニューアルオープン。
百貨店時代から引き継ぐものは引き継ぎながら、レストラン街ではなくフードコートになるなど、三井ショッピングパークとしての日常使いできるカジュアルな店舗設計となっている。

○■「建て替えない」ことで建築費削減・一刻も早い再開・環境負荷の削減を実現

駅前の好立地であれば、区画整理等も含めた大掛かりな建て替えを伴う再開発が行われることが多い。しかし「ららテラス川口」はそうしなかった。その理由の一つが、建築費高騰に対するコスト削減の必要性。解体・新築工事を行った場合と比べて、20%ほどに抑えられたという。だが、継承した理由はそれだけではなく、地域住民からの「いち早く復活させて欲しい」という声に応える必要があったからだという。

「建築費高騰というのは一番の理由というわけでもなく、とにかく地域の皆様から、やはり明かりの消えた百貨店が寂しい、利便性が……ということで、とにかくいち早くこの施設を再生していきたいということがあった。建て替えると、解体してまた竣工してとなり、3年も4年もかかる。あとは環境負荷の軽減、CO2削減ということでサステナブル社会の実現にも貢献できる。これだけ立派な建物ももったいないので、再利用して使うというのが環境にも優しいんじゃないかと考えて、こういった形になった」(三井不動産 執行役員 商業施設・スポーツ・エンターテインメント本部 副本部長兼リージョナル事業部長 肥田雅和氏)

企業としての採算性、地域住民からのニーズ、環境への配慮が、既存の建物をできるだけ活かす設計に着地させた。結果、駅から見た「ららテラス川口」がある賑わいの風景は、きっとありし日と変わらぬ姿で地域住民の目に映っただろう。駅前の賑わいは日常としてすんなりと取り戻され、またここから新しいこの地域の暮らしがつくられる。


首都圏・地方問わず、大型商業施設にまつわる関連ニュースを日々耳にする。華々しいまちづくりの話が取り上げられる一方で、客足が遠のき地域での求心力を失った施設の課題も問われている。一度生まれたものは存続が次の課題となる。地域に愛されてこそ存続が保たれ、地域を元気づけることができる商業施設。地域の「資源」を今一度再考しそれを生かす最善策としての「建て替えない商業施設づくり」の流れが育まれていくこと、「ららテラス川口」がその好例の一つとしてこの先も存続していくことを心から願う。

吉澤志保 よしざわしほ 雑誌出版社、不動産広告代理店、不動産アプリ・SaaS開発会社を経て、フリーランスに。文章と写真をベースに、紙やWEB、SNS、アプリなど媒体を横断し、多角的な視点で見た構成・切り口設計を考えるのが得意。地方好き・移動好き。都心のミニマムな戸建賃貸で、日々地方とよりよく繋がり続ける方法を模索中。 この著者の記事一覧はこちら
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