●“いい夢”から「なかなか覚めない」
2024年8月に、『カメラを止めるな!』と同じ池袋シネマ・ロサから上映をスタートし、口コミで面白さが広がり、瞬く間に全国のシネマコンプレックスなどへと拡大ロードショーしていった時代劇映画『侍タイムスリッパ―』。
はては第48回日本アカデミー賞の最優秀作品賞に輝くまでに至った話題作が、時代劇専門チャンネルで14日(19:00~)ほかにテレビ初放送される。
実はいまだ映画館でもロングラン上映中の同作だが、これを機にさらにファンを増やすはずだ。
幕末の京都。落雷に打たれて現代の時代劇撮影所にタイムスリップし、斬られ役として頭角を現していく主人公・高坂新左衛門を演じた山口馬木也と、クライマックスで新左衛門と一騎打ちを演じる人気俳優・風見恭一郎役の冨家ノリマサ、そして安田淳一監督が顔をそろえた。
○俳優仲間たちから「勇気もらったよ」
――幕末の侍が時代劇撮影所にタイムスリップするという、この発想はまずどこから?
安田:「京都映画企画市」という映画の企画のコンテストに応募しようとなったとき、昔、役所広司さんが現代にタイムスリップしてきた侍を演じていた、ちょっとコメディチックなテレビコマーシャルが何となく思い浮かびました。それで「そのタイムスリップしてきた侍が、僕とご縁のあった福本清三さん(※)のような斬られ役に挑戦したら面白いんじゃないかな?」と思ったのが原点です。
(※)…安田監督の前作『ごはん』にも出演している、「5万回斬られた男」の異名を持つ東映剣会所属の俳優。2021年没。
――そこからスタートした作品が、ここまで評判となりました。当初、「いい夢がずっと続いている」とお話しされていたと思いますが、それからかなり経っているかと。
安田:なかなか覚めないんですよ。逆に不安な気持ちになってきて、これからどうなっていくんだろうって。いろんな感情が渦巻いてます(笑)
――山口さんは本作で長編映画初主演を果たしました。
改めて反響を感じるのはどんなときですか?
山口:どこかに食べに行ったりしたときに、声をかけてくださる人が多くなった気がします。ただ、半分は「山口さんですよね」で、あとの半分は「お侍さんですよね」なんです。「自分は侍じゃないんだけど…」とは思いますが(笑)。あと冨家さんがいつもおっしゃるのですが、俳優仲間が、「こういう作品が結果として賞を頂くことが本当にうれしい」と言ってくださる。若手の俳優から、時代劇をけん引されてきた年配の俳優さんまで、みなさん本当にうれしそうに言ってくださるんです。この前、高橋英樹さんと北大路欣也さんにお会いしたときにも、本当に喜んでくださっていて、すごくうれしかったです。
冨家:本当に観てくれた俳優仲間たちが「良かったよ、勇気もらったよ、元気もらったよ」と言ってくれて、それがすごくうれしいです。一般のお客さんもそうですけど、同業者が「俺も、もうちょっと頑張ろうと思う」と。いろんなところに元気と夢を与えられる作品が出来上がったんだなぁと思うと、そこに携わったイチ俳優として、すごくうれしいです。
「あんなシーンを撮れる現場ってもうないだろうな」
――おふたりがなかなか刀を抜かない最後の立ち合いのシーン。セルジオ・レオーネ監督の『続・夕陽のガンマン』くらいの緊迫感がありましたが、あの長さはおふたりに任されていたのですか?山口:最初、「これくらいの長さで」と監督から提案されたと思いますが、僕の記憶が間違っていたら申し訳ないんですけど、(時間を)計ったという記憶はないんですよね。
安田:あそこは最初に「41秒でお願いします」とお伝えはしていました。
黒澤明監督の『椿三十郎』の決闘シーンが42秒なんです。リスペクトがあるので、1秒だけ短くしたいなと。
――もっと長いんじゃないですか?
冨家:監督から現場で「40秒くらいは、じっとしてて」という指示があった気がします。
山口:だけど僕の頭の中では止まっていたというよりも、めちゃくちゃ動いていた感覚なんですよ。冨家さんとのアイコンタクトのやりとりで動いていたというか。
冨家:僕は完全に“無”でした。相手だけ見て、いつ動くのかと。いま息を吐いたのかな、吸ったのかなとか。
山口:だから濃いものが流れていて。いろんなインタビューで「冨家さんとイチャイチャしに現場に行っていた」とお話ししてますが、あそこも僕の中では究極のイチャイチャな時間でした。それを監督がよく与えてくれたなと。
安田:6回とか、7回とか撮ってるから。
よく付き合ってくれたなと思ったけど。
山口:この先ないだろうなというくらい。
冨家:あんなシーンを撮れる現場ってもうないだろうなと思います。それくらい何とも言えない至福の時間でした。
山口:1対1なんですけど、周りのスタッフがいて。それもひっくるめての、完全にふたりの世界というだけではない、全部があってのすごく幸せな時間でした。
冨家:素晴らしくいい現場でした。あの3日間は、本当に思い出に残ります。まだ明るいうちに入って段取りだけ決めて、「夕方暗くなってから撮影しますよ」となって、暗くなってくるごとに、もうみんなしゃべらないんですよね。山口さんとも、手の打ち合わせはしますけど、あとはほとんどしゃべらなかったし。シーンとした中で粛々と進んでいたような気がします。
山口:張り詰めていた気がしますね。
安田:現場全体に、「ここはすごくなるシーンを撮っている」という意識があるわけですよね。全体的に順撮りではないんだけど、ここまで良いのが撮れてきている感覚がある。でもここを外したら、今まで頑張って撮ったものが全部パーになると。「ここをしっかり頑張って撮るんだ!」という緊張感はたしかにありましたね。
○リピーター続出!「会いに行きたくなる作品」
――今回、テレビ初放送となります。映画館でも何回も観ているファンが多いです。そうした本作の魅力はどこにあると思いますか?
安田:ある人が、「あの中にいるキャラクターたちが、本当に生きているような気がしていて、あの人たちにもう一回会いに行くような感じなんです」と言っていたんです。そんなものなのかなと思っています。僕の場合は、『ルパン三世 カリオストロの城』が大好きで、最後の穏やかな追いかけっこのシーンを観ながら、「終わらないでほしいな。ずっとこの映画が続いてほしいな」と思っていました。その感覚を、この映画を何回も観るお客さんも持ってくれたのかなと、何となく自分の中で腑に落ちたというのはありました。
山口:僕は、何度も観てくださる方が多い理由が本当に分からなくて。
お客様に聞いたら、「会いに行くような感覚。会いに行きたくなるんです」とおっしゃるんです。でもそう聞いても分からないんですよね。「まだ5回しか行けていない」と、おっしゃる方もいて、「“まだ”5回?」って。それが何人かの話なら、「時代劇が好きな人なんだろうな」で終わるんですけど、数人じゃないんですよ。誰か説明できる人いませんか?(苦笑)
冨家:作り手の真摯(しんし)な思いとか、一生懸命ものを作って、いいものを届けたいという思いとか、主演の山口さんをはじめとしたみなさんのこの作品に対する思いとか、そういうのが全部乗っかって、ぐるぐる混ざり合って画面からバーンって出てきている気がするんですよ。言葉では言い表せない波動のようになって。だから「会いに行きたくなる」というのは、僕はよく分かる。
山口:水谷豊さんとお話しする機会があった際に、作品は、もちろん監督がゼロから作り上げたものなんですけど、「どこか目に見えない力があって、そういうものを僕は信じようと思う」と。それは、スピリチュアルでも何でもなくて、「人と人のつながりとか、そういう力がすごく働いているように思う」と言われて、僕も「やっぱりそうなのかな」と思いました。
●山口馬木也1973年生まれ、岡山県出身。98年に俳優デビュー。
藤田まこと主演『剣客商売』での息子・秋山大治郎役で知られるように。最近では時代劇『鬼平犯科帳 本所・桜屋敷』に鬼平の親友・岸井左馬之助役で印象を残した。時代劇をはじめ数々のドラマ、映画で活躍し、『麒麟がくる』『鎌倉殿の13人』などの大河ドラマにも出演、来年放送の『豊臣兄弟!』への出演も決まっている。『侍タイムスリッパ―』で長編映画初主演を果たし、第48回日本アカデミー賞優秀主演男優賞ほか、多くの賞で評価を得ている。
●冨家ノリマサ
1962年生まれ、神奈川県出身。NHK連続テレビ小説『おしん』で俳優デビュー後、テレビ、映画と幅広く活躍する実力派。特に時代劇へのゲスト出演が多く、都会的でスマートなビジュアルと、深い存在感で印象を残してきた。代表作にドラマ『幸福の予感』など。『侍タイムスリッパ―』では物語のキーパーソンとなる風見恭一郎役を演じた。また、同作の翌月に公開された主演映画『最後の乗客』でも高い評価を得ている。
●安田淳一(監督・脚本・撮影・照明・編集ほか)1967年、京都府生まれ。大学卒業後、様々な仕事を経てビデオ撮影業を開始。業務用ビデオカメラ6台を始め、シネカメラ5台、照明機材、ドリー、クレーン、スイッチャー、インカム他を保有。『侍タイムスリッパ―』では8割をオートフォーカスで撮影したという。『侍タイムスリッパ―』で2024年度新藤兼人賞銀賞、第37回日刊スポーツ映画大賞監督賞、第48回日本アカデミー賞最優秀作品賞・編集賞に輝いた。23年、父の逝去により実家の米作り農家を継ぎ、監督と農家を兼業している。ほか主な作品に『拳銃と目玉焼』『ごはん』など。
望月ふみ 70年代生まれのライター。ケーブルテレビガイド誌の編集を経てフリーランスに。映画系を軸にエンタメネタを執筆。現在はインタビュー取材が中心で月に20本ほど担当。もちろんコラム系も書きます。愛猫との時間が癒しで、家全体の猫部屋化が加速中。 この著者の記事一覧はこちら
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