本当に日本の金融教育は遅れている?

住宅ローン、NISA、物価上昇……。暮らしと直結する経済のニュースに触れるたび、「自分の老後のお金、大丈夫だろうか」と不安を感じる人は少なくないはずです。

今、金融知識は「持っていれば安心」ではなく、「持っていないと危うい」時代になっています。
義務教育で金融授業が導入されはじめましたが、それだけで十分とは言いきれません。

そんな中、ある大手ネット証券会社が、企業や自治体、学校をまわって、“金融の土台”を伝えるセミナーを1,200回以上開催しています。

「うまい話はない」と最初に伝える、営業色を極力排した中立的な立場から知識を伝える、ある意味で異色ともいえるこの活動に、どのような狙いがあるのでしょうか? SBI証券の小川正美さんに伺いました。

○年配の方も、若い方も金融教育不足による問題がある

――まず、小川さんが金融教育セミナーに関わるようになったきっかけを教えてください。

株式は個別企業の株を買うものですが、投資信託はファンドマネージャーがいくつかの銘柄を組み合わせて作るものです。なので、もともと投資信託の世界では、商品の魅力を伝えるセミナーというものがすごく多かったんですね。

ただ、お客さまから操作方法がわからない、口座を開いたけど何をすればいいかわからない、といった声が多く寄せられていることに気づき、それらの疑問に答えるQ&A形式のセミナーを始めるようになったんです。

もともとは個別に電話やメールで対応していたのですが、多くの人が似たような困りごとを抱えているなら、公開のセミナーで解決できるのではないか、と考えました。最近は職場NISAや金融教育の義務化といった話題が増え、セミナーのご依頼を受けることも増えていったという流れになります。

――金融教育セミナーを回る中で、特に印象に残っているエピソードなどはありますか?

ここ数年で、セミナーに参加する人たちの層が少しずつ変わってきたと感じています。例えば昔は、こういったイベントは“投資信託の売り込みの場”というイメージもあり、参加者はすでに投資をしている方や金融リテラシーの高い層が多かったんです。

でも最近は、親子で参加される方も増えていて、小学生ぐらいのお子さんを連れてくる方もいれば、社会人になったばかりのお子さんと一緒に来る方も多くなりました。
我々も親子向けのブースを用意しているので、親子で一緒に来てくださるというのは嬉しい変化ですね。

――海外に比べ、日本は金融教育が遅れていると指摘されていますが、小川さんもそう実感されていますか?

そう感じますし、実際に投資詐欺に引っかかってしまう人が後を絶ちません。セミナーの冒頭でよく実例を話すんですが、「LINEで良い銘柄を教えます」という甘い言葉に騙され、実際にお金を振り込んでしまう方もいるんです。

証券口座の開設も、LINEの中で本人確認書類をやり取りするとか、ありえないやり方をしているのを実際に目にします。本当に怖いですよね。こういう被害は若い方はあまりなくて、どちらかというと年配の方に多い。アナログだった時代は大丈夫だったのに、ネット主体になってから甘い言葉に引っかかる方が増えている印象です。

――若い世代はいかがですか?

若い世代は、「オルカンS&P500を買っていれば大丈夫」と考える方が目立ちます。でも、オルカンの中身や投信の仕組みをよく理解しているわけではなく、「とりあえずオルカンを買っておけばいいんでしょ?」といった感じですね。

投資を始めるきっかけとしてはいいのですが、本当にオルカンやS&P500だけで良いのか、日本の債券も必要じゃないのか、アメリカ株に偏りすぎていないか……など、ポートフォリオの観点からも気になるところです。

――耳が痛い話です……(苦笑)

決して間違いではありませんが、“選び方”に対する理解が浅いままでは、投資の選択肢が限られてしまうと感じています。若い人は逆に、高齢者の被害を見ているので「安心・安全」を求めすぎて思考停止し、勉強せずに「とりあえずこれを買っておこう」で終わってしまうケースが多い気がしますね。


●“現場”で見えた、金融教育の壁と工夫
○セミナーではっきり伝えるのは「うまい話はない」ということ

――学校で金融教育が必修化されましたが、学校教育だけでは補いきれないと感じる部分はありますか?

投資というのは、実際にやってみないとわからないことがほとんどです。教科書を読むだけで教えられるかと言われると、正直に言って難しいというか 、無理だと思います。株について教えることはできても、「株を買うために何が必要か」といった具体的な準備まではできません。そこに我々の役割があると感じています。

実際、保護者様向けにどで 説明会を開き、そこから子ども向けの授業に繋げる取り組みもあります。しかし先生たちは教科書や資料に頼るしかなく、変動がある投資の実態を教えるのは難しいと思います。

例えば、株価がずっと上がり続けることはなく、必ずどこかで急落があります。そういったときにどう対処するか、どう心構えを持つかといったことは、経験がなければわかりません。

――金融知識の不足が、投資詐欺などのトラブルに巻き込まれる原因になるとも言われていますよね。

投資=儲かるという安易なイメージだけで始めてしまう人も、最近は少なくありません。もちろん、それはそれで悪くないと思いますが、長い目で見ると、どんな投資方法でも必ずリスクはあります。だから、長期投資や積立で分散して買うことに意味がある。
なので、「なぜ積立投資なのか」「なぜ長期投資が重要なのか」は、セミナーでもしっかり説明するようにしていますね。

――セミナーでは他に、どのようなことを特に大切にして伝えられているんですか?

まず、「うまい話はない」とはっきり伝えることを重視しています。詐欺防止のためにも、すごく大事なポイントですね。実際の詐欺で使われた広告のイメージや、似たような偽物の広告があることを例に出して、「こういうことが本当にあるので気を付けてください」というところから話を始めます。

例えば、我々が関わったCMの画像を勝手に使われたりするケースもあって、本当にやめてほしいのですが……そういう現実があるんです。

――「新NISA」など制度が複雑なテーマを扱う際、どのような工夫で受講者にわかりやすく伝えていますか?

正直に言うと、「新NISAのセミナー」と言いながらも、NISA制度そのものの細かい説明はあまりしません。というのも、NISAという言葉自体は多くの人が知っていて、「なんかメリットがあるらしい」という程度には理解しているからです。なのに、まだ始めていない人がいるわけです。

つまり、問題は「NISAがわからない」ことではなくて、「どう始めたらいいかわからない」、「次に何をすればいいかわからない」、あるいは「損をするかもしれない」という不安があるからじゃないかと思うんです。

――確かに、そうかもしれません。

ただ、今回の新NISAについては、損をする可能性がかなり減ったと感じています。ゼロではありませんが、かなり薄まりました。
一生涯保有できる制度になったことで、長期分散運用に本当に役立つ仕組みになったからです。この点についてはしっかり説明していますね。
○なぜ投資をする必要があるかをしっかり伝える必要がある

――これまでに累計1,200回以上開催してきた金融セミナーですが、その背景には、どんな問題意識があるのでしょうか。しかも、収益に直結しにくい部分もあると思います。それでも取り組む理由について教えてください。

ネット証券という特性上、『すべて自己責任で自由に取引する』という印象を持たれることも少なくありません。実際にその通りですが、「場だけ提供するからあとはご自由にどうぞ」というスタンスでは終わらせたくないんです。

「やりたいけど始められない人」や、「少し興味はあるけど行動に移せない人」、さらには「そもそも投資に興味がない人たち」も含めて、もっと裾野を広げていきたい。だからこそ、サポートが必要なんです。サイトの使い方はもちろん、「なぜ投資をする必要があるのか?」という根本的な部分を伝えることが大事だと思っています。

――金融教育を民間企業がやることの意義を、どのように捉えていますか?

職場や学校といったコミュニティで、「(投資を)やりなさい」って義務的には言えないと思うんです。もちろん、企業であれば従業員に対し、福利厚生の一環として奨励金を出したりして、後押しすることはできると思います。
でも「絶対やりなさい」とまでは言えないし、その線引きって難しいところなんですよね。

例えば、証券口座の開設方法を教えるってなると、もうそれは「勧誘」に当たっちゃうんです。なので、我々のような資格を持っていない人たちが話せる範囲は限られていて、例えば「物価が上がるとこうなる」「預金金利がこうだから、実質賃金はこうなる」みたいな経済の話や、「結婚するとこれくらいお金がかかる」「出産だとこれくらいかかる」みたいなライフプランの話くらいで、どうしても止まってしまうんです。

――確かに、そこまでの話を聞く機会は多い気がします。

もちろん、そういう基礎的な情報は大事なんですけど、いざ「わかった、やってみよう!」となったときに、「じゃあ何をすればいいの?」という具体的な部分は、我々がサポートしなければいけません。

別に証券会社の口座を開けという話ではなく、例えば「口座開設には本人確認書類が必要で、こういう手続きをします」とか、「入金したお金の範囲内でこんな商品が買えるんですよ」というところまで説明できて初めて、次のアクションに繋がると思うんです。

だから、「やりましょう!」で終わるんじゃなくて、その後のサポートも含めて、きちんと説明する。それが私たちの役割であり、意義だと思っています。

あくまで目的は正しく理解いただくことやサポート

○何かを売り込むという考えは、全くない

――今後の展開や展望などについて教えていただけますか?

金融という難解なテーマに対して、身近に相談できる機会を求める声が多く、そうしたニーズに応える場づくりを模索していきたいです。

セミナー開催には確かに大きな労力がかかります。私たちは基本的にネットをベースにした証券会社なので、普段はインターネットを通じて1,000万口座規模のお客様と接しています。

それに対し、セミナーは1回あたり50人や100人といった規模感ですが、準備や運営にはかなりのリソースが必要です。
ただ、だからこそ、コミュニティの中でしっかりと接点を持てる機会は大事にしたいと思っています。

金融教育や制度理解の普及には、学校や企業との連携が欠かせませんが、そうした取り組みの輪は広がりつつあります。セミナーに関心を持たれた方や、職場・学校などでの開催にご興味のある方は、情報をご覧いただければ幸いです。

――最後に、これから金融リテラシーを高めたいと考えている人へ伝えたいメッセージがあればお願いします。

NISA、オルカン、クレカ積立……こういうキーワードが気になっている方は、制度の詳細を知るうえでも、実際の口座開設手続きを経験してみることが一つの理解の手助けになると思います。口座を開設することで何かデメリットがあるかというと、全くありません。まずは“どんな情報があるのか”を知るだけでも、第一歩になると思います。

「こんなセミナーをやってるんだ」「こういうイベントがあるんだ」という情報に少しでも目を留めていただければ、とてもありがたいですね。

ネット証券では「自分で選び、自分で投資する」というスタイルが基本です。対面型の証券会社さんのように「これを買いましょう!」と積極的におすすめすることはありませんし、イベントやセミナーの場でも、営業目的ではなく、制度や仕組みの正しい理解とお困りごとのサポートを重視しています。何かを売り込むという考えは、全くありません。

それでも、やっぱりインターネットで口座を作る、アカウントを開設するというのは、心理的にハードルが高いと思うんです。特に「マイナンバーカードを提出してください」なんて言われると、余計に不安を感じる方もいると思います。だからこそ、制度やサービスの理解促進を目的に、相談の機会を設ける工夫も続けています。資産運用やそれを後押しする制度を正しく理解するための一助として、こうした機会が活用されることを願っています 。
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