マイナンバーカード機能をスマートフォンに搭載する「iPhoneのマイナンバーカード」が6月24日からスタートしました。これはマイナンバーカードがスマートフォンに搭載されるだけなのでしょうか? 改めてその意義と意味について考えてみました。
マイナンバーカードの2つの機能をiPhoneに搭載できるように
ご存じのように、マイナンバーカードは公的身分証明書です。国が発行する身分証明書なので、様々なシーンで本人確認(身元確認)用途として使うことができます。これは、券面の氏名・住所・生年月日・性別という基本4情報と顔写真を使って、目の前の人と顔写真を見比べて本人のカードだと認証して、基本4情報を正しい本人の身元情報として扱うというものです。
厳密にするならカード自体の偽造チェックも行いますが、運転免許証などで行ったのと同様の、「店頭(オフライン)での本人確認」というのがひとつの用途です。
もう1つの用途が、マイナンバーカードならではの部分です。それが、カードのICチップ内に保管された電子証明書を使うJPKI(公的個人認証)による「オンラインの本人確認」です。これは、国際標準の安全性の高い技術を使った仕組みで、より安全に本人確認をオンラインで実現できます。
これは、他の身分証明書ではできない芸当です。送信されたデータは通信経路で改ざんされていない本人のデータであることがJPKIによって保証されるので、例えば銀行口座の開設時などにも本人からの申し込みであることが明確にできます。また、あらかじめマイナンバーカードの電子証明書で登録した人と同じ人がアクセスしていることを証明する機能もあります。
この2つが身元確認と当人認証と呼ばれ、それぞれ署名用電子証明書と利用者証明用電子証明書という2つの電子証明書で実現できます。
この技術をスマートフォンでも利用できるようにしたのがAndroid端末向けの「スマホ用電子証明書搭載サービス」です。
2023年5月からスタートし、現在国内で販売される多くの端末に対応しています。このサービスは、マイナンバーカードの電子証明書を使ってスマートフォン向けのサブとなる署名用電子証明書と利用者証明用電子証明書を発行することで実現。スマートフォン内の安全な領域に保管され、物理カードと同じJPKIの技術を使って、安全に本人確認が行えます。
このスマホ用電子証明書搭載サービスは、あくまでマイナンバーカードの機能の1つである電子証明書をスマートフォンに内蔵する、というものです。物理カード本体の券面に記載された基本4情報と顔写真、そしてマイナンバーの6つの情報を使って身元を確認するような、オフラインの身元確認機能は搭載されていません。
そのため、今までスマホ用電子証明書搭載サービスは、「マイナンバーカード機能」の1つの用途をサポートしているだけでした。これだけでもマイナンバーカードにしかない機能ではありますが、さらにマイナンバーカード機能の全てをスマートフォンに搭載しようというのが、「マイナンバーカード機能のスマートフォン搭載」です。
そして2025年6月24日に、マイナンバーカード機能をiPhoneに追加することができるようになりました。これによってiPhoneでは、マイナンバーカードが持つ2つの機能である「券面(の情報)を使った本人確認」と「電子証明書を使ったオンラインの本人確認」という2つの機能を実現できるようになったのです。
iPhoneだけで安全にログイン、コンビニで証明書を発行
「iPhoneのマイナンバーカード」(これで1つの固有名詞)は、Appleウォレットに内蔵されます。現時点では、iOS 18.5以上のOSを搭載したiPhone、つまり最新のOSにアップデートできるiPhone XR・iPhone SE(第2世代)以降の機種であれば幅広く使えます。
対象となるバージョンのiPhoneであれば、どの国で販売されているiPhoneでも利用できます。
2024年5月からは、海外在住の邦人もマイナンバーカードの発行が可能になっていますが、在外公館で物理カードを受け取って現地で購入したiPhoneに登録する――ということもできるわけです。なお、マイナポータルアプリは必須ですので、別途インストールしましょう。
Appleウォレットは、クレジットカードやSuicaを使った決済で使っている人も多いでしょう。決済で利用する場合は、カード券面を表示してダブルクリックし、生体認証のFace IDまたはTouch IDで本人を認証して支払いを行います。
iPhoneのマイナンバーカードもAppleウォレットに搭載されるので、UIやUXは同様。マイナンバーカードを選んで券面を表示して生体認証を行います。このとき、決済の場合はパスコードを入力して代替することもできますが、マイナンバーカードでは、パスコードによる認証はできません。パスコードを他人に知られてマイナンバーカードが悪用されるのを防ぐためです。
さらに、複数の指の指紋が登録できるTouch IDでも、「マイナンバーカード登録時に使った指の指紋」のみでしかマイナンバーカードを読み出せないという念の入れよう。これはAppleウォレットのセキュリティ機能です。
こうしてiPhoneから読み出したマイナンバーカードですが、利用者証明用電子証明書と署名用電子証明書としての利用もできるので、スマホ用電子証明書搭載サービスが対応しているサービスは基本的に利用できるようになるはずです(ただし一定の改修は必要)。
利用者証明用電子証明書を使って安全にパスワードレスでログインできるサービスとしては、まずはマイナポータルへのログインがiPhoneのマイナンバーカードに対応しています。
マイナポータルでは、薬や医療費、年金の記録、引っ越し手続きといった行政サービスをオンラインから利用できます。今までも物理カードを使ってログインできましたが、iPhone単体で生体認証1つでログインできるので利便性が向上します。
今まで、この利用者証明用電子証明書を使った当人認証はあまり使われていませんでした。Androidのスマホ用電子証明書搭載サービスに対応するサイトも少なかったのですが、今後は「iPhoneで使えるなら対応しよう」というサイトが増え、iPhoneのマイナンバーカードで安全にログインできる場面が広がるかもしれません。
ほかに6月24日から対応したのが、コンビニ交付サービスです。これはコンビニエンスストアのマルチコピー機で、住民票や印鑑証明、罹災証明書などの各種証明書を取得できるというサービス。わざわざ市区町村役場に行かなくても最寄りのコンビニで証明書が取得できます。5月下旬頃から準備が進められており、6月24日にはローソン/セブン-イレブン/ファミリーマート/ミニストップで一斉にスタートしました。
コンビニ交付サービスは利用者証明用電子証明書を利用しており、今までも物理カードだけでなくスマホ用電子証明書搭載サービスでも利用できていました。iPhoneユーザーは今後、物理カードを持ち歩くことなく、思い立ったら手元のスマートフォンですぐに証明書が取得できるようになります。
他には、次回(令和7年度)からはe-TaxがiPhoneのマイナンバーカードにも対応する予定です。iPhoneユーザーも、スマートフォン1つで確定申告が簡単に行えるようになります。
対面での本人確認にもiPhoneが使える
そして、今後の拡大が期待されているのが券面の情報を使った本人確認です。これは属性証明機能と呼ばれています。氏名・住所・生年月日・性別といった本人の属性を証明する機能というわけです。これを、ちょうど物理カードを差し出して行うように、対面の本人確認でiPhoneのマイナンバーカードが利用できるようになります。
iPhoneのマイナンバーカードでは、券面を見せて本人確認をするといった使い方はしません。iPhoneに内蔵された属性をデータとして送受信することで本人を確認します。このデータは偽造されたものではなく、正しくiPhoneから送信されたデータであり、生体認証を使って読み出しているため、目の前の本人のものだと判断できます。
2025年7月末には、デジタル庁が「マイナンバーカード対面確認アプリ」のiOS版をアップデートし、属性を受信できるようになります。このアプリをiPhone上にインストールして利用者のiPhoneをタッチすると、その属性情報が送信できるようになる見込みです。
これによって、店頭では基本4情報を使った会員登録や契約などが行えるようになります。生体認証によって、あらかじめiPhoneのマイナンバーカードを発行した人であると認識され、対面確認アプリに送られたデータは偽造が不可能ということから、事業者側は「身分証明書の偽造によるなりすまし契約」などを回避できます。顔写真も送信することで、本人の顔と比較することもできるでしょう。
鍵となるのは、属性を個別に確認できるという点です。例えば、「20歳以上にしか販売できない酒やたばこで年齢確認をするために、20歳以上かどうかの情報を送信する」といった具合です。この場合、生年月日自体は送信されず、「20歳以上」「20歳未満」という情報だけが送られるわけです。もちろんそれ以外の氏名やマイナンバーなども送信されないため、プライバシーを守りつつ確実に年齢確認ができるようになります。
このように、物理カードの身分証明書を提出しなくても必要な属性情報を確認できるというのが、このiPhoneのマイナンバーカードのメリットです。これは、世界的にも「デジタルIDウォレット」として開発が進められている仕組みで、今後の世界基準となるであろうサービスです。
現時点でAndroidは非対応ですが、今後Googleウォレットにマイナンバーカードの券面情報が搭載されれば同じことができるようになるはずです。
国際標準で世界最先端の取り組み
iPhoneのマイナンバーカード自体はmdocと呼ばれるデータ形式で保管されています。国際標準のISO/IEC 18013-5(オフライン)およびISO/IEC 18013-7(オンライン)の規格に準拠した仕様になっています。
マイナンバーカードの情報を元にデジタル庁のmdoc発行管理システムが発行し、それをAppleウォレットが受信してマイナンバーカードとして利用する形です。つまり、マイナンバーカードを読み取ってmdoc発行管理システムに問い合わせ、発行されたmdocを受信できるようなウォレットアプリがあれば、iPhoneのマイナンバーカードと同様のことができるようになるわけです。
現在、最もその可能性が高いのはAndroidで、デジタル庁もGoogleと協業してGoogleウォレットにマイナンバーカード機能を搭載できるよう開発を進めているといいます。
Googleウォレット自体はすでにmdocに対応しており、米国ではmdoc/mDL形式の運転免許証を保管できるようになっています。米国では、Samsung Walletも同様に運転免許証に対応しているので、Samsungが頑張ってくれれば日本でのマイナンバーカード対応があるかもしれません。
デジタル庁も他のウォレットアプリの登場を否定していないので、今後は他にも登場してくる可能性はあります。とはいえ、あまり多くのウォレットアプリがマイナンバーカードに対応する必要はありません。マイナンバーカード経由で発行したIDと他のサービスのIDを紐付けるようなウォレットサービスもあるので、直接マイナンバーカードの保管に対応したサービスは増えないかもしれません。
いずれにしても、iPhoneのマイナンバーカードで期待されるのは用途の拡大です。日本でのiPhoneのシェアは5割に達しており、アクティブユーザーも多いことから、まずはiPhoneに対応するといったサービスも多いのが現状です。
オンラインサービスでいえば、これまでは契約時の本人確認の際、身分証明書の写真を撮ってスマートフォンのインカメラで顔を左右に振って撮影して……といった身元確認をしていたのが、iPhoneの生体認証だけで、JPKIによってより安全に、より厳密に行えるようになります。
実はこれまでもAndroidでは(パスワード入力は必要なものの)同じことができていたのですが、ほとんど普及していませんでした。それが、iPhoneのマイナンバーカードによって、今後は日本のスマートフォンユーザーのほぼ100%が対応できる仕組みとなったため、利用が拡大することが見込まれます。もともと携帯電話や銀行口座開設など一部では原則JPKIが必須になるため、よりUXに優れたiPhoneのマイナンバーカードやスマホ用電子証明書に対応するサービスが増えそうです。
またこのところ、証券口座でパスワードを盗むなどして不正ログインをされて勝手に株式売買されてしまう被害が頻発しています。これもログインにiPhoneのマイナンバーカード(利用者証明用電子証明書)を使えば、フィッシング詐欺に引っかかることもなく、パスワードレスなので不正ログインも避けられるうえに、生体認証だけで簡単にログインができます。
オフラインでの利用用途の拡大も期待されます。例えば前述のようにコンビニでの年齢確認。現状、セルフレジでは酒/たばこの購入に年齢確認が求められ、通常は店員の確認が必要になりますが、身分証明書のICチップを機械に読み込ませて年齢確認する方法もあります。これもスマートフォンに代替できます。
年齢確認が必要な商品をレジに通したら、Appleウォレットでマイナンバーカードを表示して生体認証をした上でタッチ。続いてAppleウォレットでクレジットカードに切り替えて生体認証して、またタッチすれば決済も終わる――というフローになるでしょう。文章にするとやや冗長ですが、iPhoneではボタンをダブルクリックしてクレジットカード読み出しもできるので、手順としてはそれほど迷うことはないでしょう。
ライブなどのチケットの転売防止にマイナンバーカードを使う例もなかなか導入が進んでいませんが、「iPhoneユーザーも使える」となれば採用が増えるかもしれません。災害時の避難所のデジタル化でもマイナンバーカード利用が検討されていますが、これもiPhone搭載で採用が加速すれば、避難所でスマートフォンをタッチするだけで登録が完了して、避難者情報の確認、物資の配給、風呂利用の受付などが効率よく行えるようになるかもしれません。
国際標準のmdocを採用しているという点も重要で、将来的には、アメリカでアルコール飲料を購入する際に年齢確認を求められたら、iPhoneでマイナンバーカードの年齢情報を送信する、といったことができる可能性もあります。もちろん氏名や住所が英語である必要はあるでしょうし(現在は日本語)、海外でも「日本政府が保証する正しい情報である」と認識される必要があるので、今の仕組みがそのまま海外でも使えるというわけではありません。しかしグローバルでデジタルIDウォレットが普及すれば、スマートフォン1つでパスポート代わりに出国審査/入国審査を通過することも可能になるかもしれません。
そんな将来像に繋がる大きなきっかけとなりうるのが、今回のiPhoneのマイナンバーカードです。世界的に見ても「政府発行の国民IDをiPhoneに搭載したのは初めて」という先端的な取り組みです。
先端的な取り組みであるため、まだまだ利用シーンは限られています。しかし、今後順次用途は拡大していくでしょう。まずは7月頃から15の医療機関でマイナ保険証のスマートフォンでの利用がAndroidを含めて開始され、9月から順次全国で導入される予定です。mdocは運転免許証向けにmDLという仕様も内包しており、免許証のスマートフォン搭載も早期に実現することが政府の目標です。
今までのように「手書きで申込書に記入してコピーした身分証明書などと一緒に郵送して契約」といった手間がなくなり、オンライン上でも生体認証1つで基本4情報が入力されて安全に身元確認ができるようになる。パスワードを入力しなくても、安全に生体認証だけでサイトにログインできる。
店頭でもスマートフォンをタッチすれば、年齢確認も免許証確認も保険診療もできてそのまま決済もできる。そんな世の中がやってくることになりそうです。
小山安博 こやまやすひろ マイナビニュースの編集者からライターに転身。無節操な興味に従ってデジカメ、ケータイ、コンピュータセキュリティなどといったジャンルをつまみ食い。最近は決済に関する取材に力を入れる。軽くて小さいものにむやみに愛情を感じるタイプ。デジカメ、PC、スマートフォン……たいてい何か新しいものを欲しがっている。 この著者の記事一覧はこちら
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