両備システムズのデータセンター事業が動き出した2000年代
2000年代に入ると、両備システムズはインターネットを活用したビジネスを加速していった。2002年、岡山市豊成の本社拠点において、PCサーバなどの設置が可能なラックや、サービスを提供するためのインターネット回線設備などを増強。
岡山県が県内全域を結ぶ形で整備した高速大容量の光ファイバ網「岡山情報ハイウェイ」に直接接続するとともに、運用・監視サービスをメニュー化した。
こうした取り組みを通じて、2003年にはIDC(インターネットデータセンター)事業を本格的にスタートすることになった。当初は、ハウジングサービスやホスティングサービス、バックアップサービスなどを提供。岡山という地の利を生かして、西日本地域の顧客を獲得するだけでなく、首都圏をはじめとした東日本地域の顧客のバックアップセンターとしての提案も加速していった。
さらに、これらのIaaS(Infrastructure as a Service)だけの取り組みにとどまらず、自ら開発したアプリケーションやクラウドベンダーのサービスを活用したSaaS(Software as a Service)領域にも積極的に展開していった。
2002年には、ネットワークセキュリティのコンサルティング専門会社であるエス・シー・ラボを設立し、独立した体制を取りながら、安全性の高いシステム運用サービスを提供する仕組みも構築している。
だが、岡山市南区豊成の本社は、もともとは埋立地であり、海抜90センチメートルに立地しているため、南海トラフ地震などの大地震が発生した際には、津波による浸水の影響を受けやすいという課題があった。
両備システムズでは、IDC事業の拡大に向けて、データセンターに適した土地の取得に向けて動き出すなか、東海ガス(現・TOKAI)の子会社であるTOKAIコミュニケーションズが、岡山県内でデータセンターの建設を計画しているとの情報を得て、同社に協業を提案。共同でデータセンター「おかやまクラウドセンター」の建設を進めることを決定したのだ。
それまで両社間には緊密なつながりはなかったが、業務提携までに要した期間はわずか3カ月。新たなデータセンターは「Ryobi-IDC第2センター」として、2013年3月からサービスを開始した。立地した岡山リサーチパークは、標高140メートル、海岸からも15キロメートル以上離れ、水害や液状化など災害リスクの少ない強固な地盤の上にあり、免震構造の建物に2系統受電による電源設備や、72時間対応の発電機による冗長構成を採用した。
さらに、協業によるデータセンターの建設は、TOKAIコミュニケーションズが得意とするネットワーク回線をデータセンターに整備する点でもメリットが生まれている。同社が持つ東京-大阪までの専用線との接続も可能であり、BCP(事業継続計画)としての活用にも適している。両社ともにコストを削減しながら、最先端のデータセンターを稼働させることにもつながっているというわけだ。
これにより、低遅延、広帯域なIX(インターネットエクスチェンジ)直結のインターネット接続サービスや、Ryobi-IDCを起点にしたAWS(Amazon Web Services)、Microsoft Azure、Salesforceとの閉域網接続サービスも提供。自治体だけでなく、民需へのクラウド提案を積極化させる地盤にもなった。
2020年9月には、同じくおかやまクラウドセンター内に「Ryobi-IDC 第3センター」を稼働させた。新たなデータセンターは両備システムズが単独で建設し、免震構造による地上3階建ての建物内には、約520ラックの収納が可能となっている。
また、Ryobi-IDCでは2023年10月からは再生可能エネルギー電力も利用できるようにし、環境に配慮したクリーンなデータセンターとしても注目を集めている。
データセンター事業の重要な差別化ポイントとは
両備システムズのIDC事業において重要な差別化のポイントとなったのが、早い段階からLGWAN(Local Government Wide Area Network:総合行政ネットワーク)による自治体向けクラウドサービスに取り組んできたことだ。
LGWANは、全国の自治体をつなげる行政専用の閉域ネットワークであり、政府では2000年度から実証実験を開始し、2001年度からは都道府県での接続を開始。2003年度にはすべての市区町村を接続した本格運用を開始している。
当初は、3Mbpsという帯域でサービスがスタートしたため、アプリケーションを動作させても、止まってしまったり、セッションが切れてしまったりといったことが頻繁に起きていたという。
両備システムズ 代表取締役副社長兼 COO(Chief Operating Officer:最高執行責任者)の小野田吉孝氏は当時を振り返り、次のように話す。
「1999年に開発した自治体向けグループウェアである『公開羅針盤』を、LGWANで提供したところ、当初は帯域が細いため、正常に動作せずにすぐに停まってしまうことが度々発生した。特に月曜日の朝には、同じ時間に多くの自治体職員が一斉に立ち上げ、アクセスするため、週の頭から仕事にならないというクレームが殺到する事態となった。こちらも事業としては大赤字のまま。お客さまにはご迷惑をかけ、会社にも迷惑をかけたが、それでも事業を継続することを決断した」(小野田氏)
多くの競合企業は、3Mbps~10Mbpsという細い帯域ではサービス品質に課題が残るとして、LGWANへの対応を見送っていたが、両備システムズでは、あえてそこに踏み出した。その背景には、自治体向け事業を推進する両備システムズにとって、LGWANにいち早く対応すること、それによってノウハウを蓄積することが重要であると捉えていたからだ。
また、自治体からは蓄積した行政データなどを、LGWANを通じて安全に両備システムズに預けたいといったニーズが生まれており、これに対応する意味でも早期からLGWANへの対応にはこだわってきたのだ。
当初は苦労の連続であったが、LGWANに関するノウハウを蓄積し、サービスに関連する特許(特許第6225283号「閉域ネットワーク接続装置、プログラム及び方法」)も取得。外部クラウドサービスとの接続を可能とするLGWAN-ASP認証も取得したことで、両備システムズの強みが生かせる状況が生まれ始めた。
その結果、LGWANの帯域が広がった時点では、多くの自治体ユーザーを獲得するという成果につながっていたのだ。この実績は、その後の自治体ビジネスの強化につながり、現在進行している自治体のシステム標準化においても、両備システムズの強みを生かすことができる地盤の1つになっている。
公共分野における「専業特化」の大きな成果の1つだ。
そして、このデータセンターの基盤は、民需分野における専業特化の推進にも大きな役割を果たしている。
両備システムズの専業特化において、もう1つの転換点となったのが、1987年に市町村保健師と共同開発された市区町村向け健康管理システムに、2008年に「特定健診・特定保健指導」に準拠した機能を追加し開発した「健康かるて」である。初代から数えて第6世代目であった。
同年の医療制度改革により、40歳~74歳の被保険者に対して特定健診および保健指導を実施する制度が導入され、保健センターなどの自治体の衛生部門や保健所などでは、生活習慣の改善が必要な人を抽出して保健指導を実施し、生活習慣病を予防する取り組みが必要になったのだ。
同社では、これに合わせて「健康」にフォーカスしたビジネスを加速。健康かるてを軸にした健康ビジネスカンパニー(現・ヘルスケアソリューションカンパニー)を設置して、事業拡大に取り組んできた。健康かるては、2025年6月時点で780団体に導入され、全国シェアは約44.8%を誇るソリューションで両備システムズを代表するパッケージの1つとなっている。
積極的なM&A戦略と事業拡大
一方、同社では2013年10月にシンクに資本参加して以降、M&Aを積極化する姿勢を見せている。それまでは、1977年に富士通からの提案を背景に、大阪に本社を持つソフトウェア開発の日本オートメーションシステム(のちにアールテックに社名を変更)を買収し、大阪進出の拠点としたことがあった。
当時から既存事業を補完したり、新たな事業に踏み出したりするための企業買収を模索していた経緯はあったが、本業での成長が著しく手が回らないのが実情だった。その点でも、市場環境の変化や新たな技術の登場を背景に自らの強い意思でM&Aに取り組んだのは、シンクの買収が初めてだったといえる。
シンクは滞納整理業務に関するシステム群を持ち、両備システムズの公共事業との親和性が高く、相互補完によるメリットがあることから着目。
複数社による入札を経て、両備システムズが買収することになった。
2013年2月~2021年3月まで、両備システムズの副社長を務めた両備ホールディングス 副社長の三宅健夫氏は「2013年以降の両備システムズのM&Aの基本姿勢は、開発および営業における親和性があること、そして、相乗効果を生み出せることができるかという点。また、買収した企業に対して、両備システムズから人材を出し、共同開発や共同販売ができる体制も整えることにした」と語る。
シンクでは両備システムズのリソースを活用しながら、製品の強化と販売体制を拡充し、その後は事業を拡大。市区町村向け統合滞納管理システムでは、2025年6月時点で372自治体に導入している。
さらに、自治体システム標準化にあわせて、この分野の勢力図が大きく変化するタイミングを迎えており、今後、多くのベンダーがシンクの滞納管理システムを販売することを決定。これにより、シンクの滞納管理システムは、累計で約800団体への導入が見込まれることになる。
そのほかにも、2020年3月にはジャパンシステムのセキュリティ事業を買収したのに続き、2021年11月にはファッション小売業向け基幹システムを開発するドリームゲートを買収。2022年10月には、医療機関向け電子カルテなどのマックスシステムの全株式を取得している。
小野田氏は「事業規模の拡大や、開発および営業、サポート体制の拡充につなげ、さらなる成長機会の獲得を狙える企業を対象にしたM&Aに取り組んでいる」と現状を説明した。
たとえば、ドリームゲートの場合、両備システムズでは学生服などを製造するアパレルメーカー向けの販売管理システムを開発。これをドリームゲートが持つアパレル小売業向けシステムと組み合わせて、単一のプラットフォームとして提供することで、一気通貫でのソリューション提案が可能になり、この分野でのビジネスを拡大することにつなげている。
小野田氏は「今後は、GX(グリーントランスフォーメーション)に注力していくうえで必要となる技術や人員を持つ企業、クラウドに関する技術を持つSIerなどを対象に買収を進めたい。民需部門での事業拡大に向けた買収も進めていきたい」と展望を語っている。
なお、両備システムズは2020年にグループ会社である両備システムイノベーションズ、リョービシステムサービス、両備システムソリューションズ、リオス、エス・シー・ラボを吸収合併し、グループ一体経営をスタート。相乗効果を生みやすい事業環境を構築しており、これもM&Aの成果の最大化につながっている。
2030年に「西日本ナンバーワンのICT企業」へ
また、ここ数年は新規事業への取り組みにも余念がない。FinTechの領域では、為替市場の分析や予測、各取引戦略の正誤判断、運用ポートフォリオのリスク管理、金融市場の変化に対応したアルゴリズムの更新までを行う運用システムを開発。2025年度には、AI運用による為替ヘッジファンドの設立を計画中だ。
さらに、2019年からは岡山大学と「早期胃癌深達度診断」に関するAI研究を開始し、2024年にAIを活用して早期の胃がんの深達度を判定して、医師の診断を支援する「早期胃癌深達度AI診断支援システム」を開発している。
2023年2月には新規事業創出を見据えて、投資運用子会社であるRyobi Algotech Capitalを設立。CVCファンド1号「両備システムズイノベーションファンド」を組成し、投資運用業務を開始している。
両備システムズは、2030年度に売上高500億円を目指す長期計画を打ち出している。それに向けて2021年~2023年度までを「統合・変革期」とし、組織再編および統合によって生まれる優位性を生かし、民需ビジネスにおける成長基盤を確立しながら、ビジネスモデルを変革させてきた。
これに続き、創業60周年を迎える2025年度を軸にした2024年~2026年度を「浸透・推進期」と位置づけ、公共ビジネスでは自治体システム標準化への対応を進めるほか、民需ビジネスではパッケージ事業やクラウドSIを加速。さらに、新規事業やM&Aによる事業領域の拡大を通じて、2027年以降の事業成長に向けた地盤を整備することになる。また、海外事業の拡大に向けた準備にも取り組む考えを示す。
そして、2027年度~2029年度を「達成目前期」に位置づけ、売上高500億円達成に向けた課題と対策を明確にし、成長機会を維持する考えを示している。もちろん、2030年度以降も新たな成長機会を模索し、成長へのアクセルを踏むことになる。目指すのは、2030年に「西日本ナンバーワンのICT企業」となることだ。それに向けた歩みを進めている。
公共系ビジネスに加え、民需系ビジネスをもう1つの柱に
これまで両備システムズの60年間を振り返ってきた。では、この60年間の両備システムズの成長の原動力となったものとはなにか。そして、両備システムズが持つ強みとはなにか。3人の副社長(COO)経験者に聞いてみた。
創業メンバーの一人であり、両備システムズの副社長を務めた小松原元之氏は「ここまでの成長を遂げることができた最大の理由は、創業時から現在に至るまで、好きなようにやらせてもらえた点にある。現役時代、両備ホールディングスのトップからノーと言われたことは一度もない。大きな先行投資が必要なときにも、そこにチャンスがあると私たちが思えば、走らせてくれた。その結果、自分たちで発想・判断し、行動するという文化が醸成された。そして、トップの顔色を伺って事業を進めるという風土もなかった。私自身も、サラリーマンだと思ったことは一度もない。自分の会社という意識で仕事ができた。社員が思い描くことが実現でき、夢が広がっていく企業が両備システムズである。そこに成長の源泉があった」と振り返る。
また、三宅氏は「両備グループの1社でありながらも、グループ他社からの天下り人事が一切ない。それが自由にやれる風土の維持につながった。事実上の経営トップとなる副社長が長期的に経営を担い、将来を描きながら経営計画を立て、投資を進めることができた点も大きな特徴である。歴史を振り返ってみると、なかには無謀な挑戦もあったが、結果として自分たちで責任を持って挑戦を続けてきた取り組みが実となり、花になっている。両備システムズには、自由にやらせたからこそ、ここまでの成長を遂げることができた」と語る。
そして、現在の両備システムズを率いる小野田副社長は「SI(システムインテグレーター)事業だけでなく、データセンター、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)、セキュリティなどによる総合力が強い。諸先輩方が作り上げた歴史によって、強固な事業基盤が構築でき、これが差別化ポイントになっている。常にチャレンジ精神を持つこと、社員があきらめない姿勢を持っていることも強みだ。お客さまからも、トラブルに対して前向きに取り組み、何かあれば汗を流す企業であるということを評価していただき、長年にわたる信頼関係が構築されたのだと自負している」と力を込める。
そのうえで、同氏は「自由にやらせてもらえる企業文化は、両備システムズの大きな特徴。私も、自分の会社という意識で経営を行っている」と、COOとしての姿勢を示す。
両備システムズの成長は、挑戦する姿勢を維持できる企業文化とともに、自らが決めたことに対して責任を持って行動し、成果へとつなげる実行力がベースとなっている。これからは得意とする公共系ビジネスに加えて、民需系ビジネスをもう1つの柱へと成長させるとともに、新たな事業領域への進出にも積極的に挑むフェーズに入ることになる。両備システムズの挑戦は、これからさらに加速することになる。
大河原克行 1965年、東京都生まれ。IT業界の専門紙「週刊BCN (ビジネスコンピュータニュース)」の編集長を務め、2001年フリーランスジャーナリストとして独立。電機、IT産業を中心に幅広く取材、執筆活動を行う。著書に「ソニースピリットはよみがえるか」(日経BP社)、「松下電器 変革への挑戦」(宝島社)など。 この著者の記事一覧はこちら
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