ロジカル思考、デザイン思考、クリティカル思考など、世の中には多くの思考方法があります。最近の連載では、「水平思考で自分の常識を打破してアイデアを生む」で、従来の枠組みにとらわれず、柔軟な発想をするイノベーションに有効なラテラル・シンキング(水平思考)を取り上げています。
知識オタクの筆者はさらなる探索をしており、今はシステム思考について勉強しています。今回はこのシステム思考について紹介していきます。システム思考に限らず、思考法は状況に応じて使い分け、さらに組み合わせることで効果があります。システム思考はやや難解な部分もありますが、ぜひ最後までお付き合いください!
全体を俯瞰して問題を特定するアプローチ
トランプ政権の関税問題を見ていると、他国との駆け引きもあるのでしょうが、貿易赤字という問題に対して、対処療法である関税引き上げのカードを切っています。システム思考を実践しますと、根本的な原因を探っていき、それに対して対策を打っていきます。
もしかしたらその原因であるパラメータは、米国における労働力や労働の質や賃金なのかもしれません。製造業の生産は、質が高く賃金が安い労働者がいる国にどんどんシフトしていきます。もし、これが主因であれば、関税よりも労働環境の改善こそが解決策となるでしょう。AI革命が起きて、工場が完全自動化するまでそれは続くと考えます。
論理的な構造を持ち筋道を立てて考えるロジカル思考は、多くの場面でとても有効です。ロジカル思考には「漏れなく、ダブりなく」という有名な言葉があります。しかし、貿易赤字の問題のように、世の中のことはシンプルに構造化できるほど単純ではありません。
複数の原因が絡み合っているからです。
システム思考は、複雑な要素が絡み合う企業戦略、組織運営、イノベーション促進、社会課題の解決などに効果があり、全体の最適化が図れます。システム思考の"システム"とはITシステムのシステムではなく、個々の要素が相互作用しながら機能する全体構造を指します。
単なる物理的なシステム(機械やネットワーク)ではなく、組織、経済、環境、社会といった複雑な仕組み(=システム)のことを指します。全体の仕組みを俯瞰して、問題を特定して解決するのです。
システム思考を実践する
システム思考では、以下のアプローチをします。
1.問題の定義:問題を定義して、単なる現象ではなくシステム全体の視点で課題を特定します。
2.システムの可視化:システム内の要因のつながりを整理し、影響関係(フィードバックループ)を把握します。影響関係には、正・負に加速させるフィードバックループと、均衡を取ろうとするフィードバックループがあります。これらのフィードバックループが、システムの中で絡み合うのです。
3.影響の分析:長期的な変化を予測し、レバレッジポイントを特定します。レバレッジポイントとは、システム全体に大きな影響を与える要素のことを指します。
小さな変更を加えるだけで、システムの動きを大きく長期的に改善できる要素のことです。
4.解決策の設計:根本的な構造を改善し、持続的な変化を促進します。
5.実行とフィードバック:実行してデータを集め、継続的にデータを分析し、適応・改善を繰り返します。
4.と5.はどのような課題解決にもあるステップであり、その解決策の設計までの道筋が、他の思考方法とは異なっています。
システムを理解するために、次のような複数の影響要因を考慮します。
ストック(Stock):システム内に蓄積されるもの(例:顧客数、在庫量、売上、貯金)
フロー(Flow):システム内の変化で、ストックのインプットとアウトプットになる。(例:新規顧客獲得、販売数)
外部要因(External Factors):予測不可能な環境の変化(例:経済動向、競合の動き)
そして、ある特定の変数、例えば金利や出生率などが変わったときに、ストックがどう変化するかを記載します。ストックは、以下の2つフィードバックループによって影響を受けます。
・どんどん進化する自己強化ループ:正と負のループがあり、企業が急速に成長する場合や、衰退する場合が良い例です。筆者もマイクロソフトで正の売上ループを体験しました。銀行の金利によって預金が増えるのもそうですね。
・安定化をもたらすバランス型ループ:人間の体温などはそうですね。
外気によって体温が上がった場合には、汗をかいて体温を戻す働きをします。
システム思考の構造を理解するための単純な例は、室温です。室温がストックであり、冬場はインのフローが暖房装置、アウトが室外への熱の放出です。変数となるのは、インでは暖房装置の設定温度や適切な室温と室内の温度の差、アウトでは室外と屋内の気温差や室外の温度があります。
この変数の差によってループが動きます。適切な室温と室内の温度の差があれば、暖房装置の設定温度まで、暖房装置は温度を高めます。差がトリガーになるということです。
筆者がシステム思考で学んだのは、「遅延」です。上記の例でも、外気が下がって室温が下がった後、インのフローで暖房装置が稼働しても、適切な室温になるまで時間を要します。これが遅延です。
システム内の情報伝達には時間がかかるのです。新製品を発表しても、すぐに売れないのもそうです。
すごく優れた製品でも、チャネルを経由して情報が顧客に伝わるまで時間がかかるからです。これは、なるほどと思いました。
システム思考は、理系思考でないとちょっと難しいですね。でも、とても有効な思考法です。
システム思考を学ぶおすすめ書籍2冊
筆者がシステム思考を知ったのは、名書である『学習する組織―システム思考で未来を創造する』(英治出版 著者:ピーター M センゲ)を読んだときです。学習する組織を作ろうとする場合には、ビジョンの共有、自己実現の達成、メンタルモデルの克服、チーム学習の促進に加えて、このシステム思考を持つことが大事だと述べられています。
『学習する組織』では、システム思考を組織の成長にどう活用するかが示されています。それほど大事なのですよ!
システム思考を学ぶためにお勧め書籍は、『世界はシステムで動く―いま起きていることの本質をつかむ考え方』(英治出版 著者:ドネラ・H・メドウズら)と『社会変革のためのシステム思考実践ガイド―共に解決策を見出し、コレクティブ・インパクトを創造する』(英治出版 著者:デイヴィッド ピーター ストロー)です。ぜひ、新たなる思考方法を身に着けてください。
北川裕康 キタガワヒロヤス 35年以上にわたりB to BのITビジネスに関わり、マイクロソフト、シスコシステムズ、SAS Institute、Workday、Infor、IFS などのグローバル企業で、マーケティング、戦略&オペレーションなどで執行役員などを歴任。現在は、独立して経営・マーケティングのコンサルティングサービスを提供しながら、AI insideの Chief Product Officer(CPO)を担当。大学は計算機科学を専攻して、富士通とDECにおいてソフトウェア技術者の経験もあり、ITにも精通している。
前データサイエンティスト協会理事。マーケティング、テクノロジー、ビジネス戦略、人材育成に興味をもち、学習して、仕事で実践。書くことが1つの趣味で、連載や寄稿多数あり。 この著者の記事一覧はこちら
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