第84期A級順位戦(主催:朝日新聞社・毎日新聞社・日本将棋連盟)は1回戦が大詰め。7月17日(木)には渡辺明九段―佐々木勇気八段の一戦が東京・将棋会館で行われました。
対局の結果、相居飛車力戦の中盤戦から抜け出した渡辺九段が82手で勝利。休場明けの一局を、ブランクを感じさせない指し回しで飾り白星スタートとしました。
○ファン待望の復帰戦

足のケガにより休場を余儀なくされた渡辺九段は4か月ぶりの公式戦復帰。椅子対局で行われた本局はそのあらたな方向性を象徴するような内容となりました。角道を空ける手を保留したまま序盤早々にカニ囲いに組んだのは角換わりや相掛かりといった最先端の研究から一線を画す態度で、飄々と指し進める渡辺九段の表情からは一種の余裕すら感じます。

将棋の原点を思わせる素朴な出だしに虚を突かれたか、先手の佐々木八段も指し手のペースを落とします。夕食休憩を迎えた段階で盤上はわずかに26手しか進んでおらず、観戦するファンも「(中継アプリの)更新ボタンを連打してしまった」と驚きを隠せません。本格的な戦いが始まったのは20時ごろ、佐々木八段が敵陣に角を打ち込んだときのことでした。

○勝因となった金ぶつけ

先手の攻めが一段落したところで渡辺九段は好手を用意していました。双方の飛車が間接的に向き合った局面、その間にいる銀に働きかけるように金をぶつけたのがゴツンと音の出るような力強い一手。守りの要を差し出すだけに傍目には怖いものの、直後に両取りの飛車打ちがあってバランスはとれているというのが恐怖心を超越した渡辺九段の大局観でした。

この手が「まったく見えていなかった」という佐々木八段は対応に悩みます。
3手後、金を守って玉を寄ったのが結果的に失着。感想戦では自陣に金を埋めていれば互角との指摘が入りますが、人間的には発見しづらい手なだけに渡辺九段の勝負術が勝利を呼び込んだ形となりました。終局時刻は23時41分、最後は逆転の見込みなしと認めた佐々木八段が投了。

一局を振り返ると、意表の序盤戦術で自分の土俵に呼び込んだ渡辺九段が持ち味の中盤力を存分に発揮する快勝譜に。深夜に及ぶ熱戦での勝利にファンも「おかえりなさい!」「終局まで指せてなにより」「渡辺明復活ッ」と歓声を上げました。リーグ成績は渡辺九段が1勝0敗、佐々木八段が0勝1敗となっています。

水留啓(将棋情報局)
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