俳優の妻夫木聡が主演を務める映画『宝島』(9月19日公開)の全国キャラバンの13番目のエリアとして、妻夫木と大友啓史監督が広島を訪問した。

戦後沖縄を舞台に、歴史の陰に埋もれた真実を描く真藤順丈による小説『宝島』。
第160回直木賞をはじめ、第9回山田風太郎賞、第5回沖縄書店大賞を受賞するなど3冠に輝いた本作が、東映とソニー・ピクチャーズの共同配給によって実写映画化された。監督は様々なジャンルや題材を通して常に新たな挑戦を続ける大友啓史。主演には妻夫木聡を迎え、広瀬すず、窪田正孝、永山瑛太ら日本映画界を牽引する豪華俳優陣が集結し、誰も見たことがないアメリカ統治下の沖縄を舞台に、混沌とした時代を全力で駆け抜けた若者たちの姿を圧倒的熱量と壮大なスケールで描く。

「『宝島』は、“人生のバトン”の物語。映画を越える存在になっているこの作品を、皆さんに直に会いに行って届けたい!」と、「宝島宣伝アンバサダー」として全国行脚することを宣言した妻夫木は、6月7日に実施された沖縄プレミアを皮切りに、静岡、愛知、富山、長野、大阪、福岡・北海道、宮城・岩手、高知・愛媛を巡り、7月26日に広島へと辿り着いた。
○崇徳高等学校新聞部の生徒との公開記念取材会を実施

広島キャラバンでは、妻夫木と大友監督が広島市内にある崇徳(そうとく)高等学校を特別訪問。1949年創部、日本有数の伝統クラブとしてG7広島サミットなど国際的な会議の取材実績もある崇徳高等学校新聞部の生徒約40名との公開記念取材会を実施した。

新聞部の生徒たちを前にした妻夫木は「こうやって学生の皆さんと交流を持てる場というのも、全国各地でいろいろとやってきているんですが、皆さんの言葉は僕らの心に本当にストレートに響いてきます。先ほどもいろんな感想や質問を見させてもらったんですけど、もうすでに僕たちもグッとくるものがあって、本当に感動しております」と挨拶。

そして新聞部を代表して、部長補佐を務める三年生の学生が挨拶。「先日、映画を観させていただいたのですが、3時間にも及ぶ膨大な内容にもかかわらず、すごく心を動かされました。特に終盤でグスク(妻夫木)とレイ(窪田正孝)が想いをぶつけ合うシーンは本当に心を引きつけられました。
他にも作品の随所に監督や俳優陣のこだわりが感じられて、今日はお二方にお会いできるのをずっと心待ちにしておりました」と感想を述べると、二人も思わず笑顔に。

学生からは「最初はつらい内容だと思いましたが、つらいからこそ当時の沖縄の現実がよりストレートに伝えられているんじゃないかと思いました。今はコンプライアンスもなかなか厳しくなってきて。実際に起きたことをストレートに伝えるのはなかなか難しくなっていると思うんですけど、その中でもこの『宝島』という映画は、現実を伝え、受け継いでいくことの大切さを訴えていると思いました」という感想が述べられ、その言葉には二人とも「すごい」「うれしいですね」と笑顔。そして大友監督が「やはり僕らも本当に伝えなきゃいけないことを堂々と伝えていかなきゃいけないと思うんです。だからそこを分かってもらえて嬉しいです」と語ると、妻夫木も「僕たちも先人たちの想いを引き継いで、また次の未来の子供たちに託していかなきゃいけない。そういうメッセージを込めていたので、そこに通じているのかなというのを噛み締められて嬉しかったです」と続けた。

さらに広瀬すず演じるヤマコが働く小学校のシーンのディテールの細かさ、丁寧さを指摘した学生からは「脚本を書く上でこだわったところは?」という質問が。大友監督も「僕もあの時代を生きていないですし、しかも沖縄の人間ではないので。知らないことを追求して自分のものとして表現するのは終わりがない作業なんです。どこに正解があるか分からない。美術ひとつとっても人の記憶によって違うし、資料を集めて、その資料通りに再現しても、その中に違う資料が紛れ込んでしまうこともたくさんある。
それでも皆さんにお届けできる形にするには、どこまでギリギリまで調べるかということ」と語ると、「スタッフはものすごく大変だったと思うんですけど、僕はスタッフにそれを要求したんです。たとえば小学校に飛行機が落ちるシーンもどうやって再現しようかと思い、とにかくみんなで穴を掘っていたんですけど、美術監督は『こんなんじゃない』『こんなんじゃないんだ』と何回も掘り直したんですよ。本当に『探りあてる』という作業だったんです。新聞部というのも、そういう仕事だと思うんだけど、大切なことは諦めないということ。今回はもう時間がない、というギリギリのところまで頑張りました」とコメント。そして笑顔で 「みんなも取材をがんばってね」と笑いながら語った。

学生たちからは鋭い質問が次々と投げられ、それに対して真摯に語り合った二人。最後に大友監督が「僕も中学生、高校生ぐらいの時に新聞記者になりたいと思った時期がありました。やはり新聞をつくるというのは、ひとつの出来事をいろんな側面から見て、いろんな話を聞いて、本当のことはどこにあるんだろうと探していくことだと思うんです。今日は皆さんから、そういう志や想いをすごく感じて。僕自身、気持ちが元気になりました。皆さんのおかげで、この映画を届けるためにもう少し頑張ろうという気持ちになりました。
本当にありがとうございます」とメッセージ。

続いて妻夫木も「今日は本当にこういう場を設けてくださって本当に感謝しております。皆さんの感想で……」と語りかけようとするが、そこで思わず言葉に詰まってしまうひと幕も。だがそれでも涙をこらえながら「最近、本当に涙もろくなっちゃって……特に皆さんの住んでいる広島では、やはり原爆のことに向き合って、いろいろと取材されていると思うんです。そんな中、今回は沖縄でこういうことがあったということを知ることができて良かったという感想が多かったんです。僕自身、この映画に関わってなかったら知らなかったこともあったし……」と再び感極まった様子を見せた。

それでも言葉を振り絞るように「でも、それは本当に知らなきゃいけないことなんです」と語ると、「僕たちが生きる中で。これは激動の沖縄の時代を描いた作品ですけど、やはり日本全体の話なんです。僕たちの話なんです。それをみんなでどう変えていくのかと、一人一人が思ってなくてはいけないですし、その一人一人の想いが希望の光になっていくんだと僕は信じています。だから今日こうやって皆さんとつながりを持てて本当に嬉しいです。この先またキャラバンでいろんな場所に行って、皆さんと同じような立場になって、僕もこの想いを伝えていかなきゃと思いました」と決意のコメント。
そんな妻夫木の熱い思いを受けとった生徒たちからは熱い拍手が送られた。
○終戦から80年、広島で『宝島』を観てもらうことの意味

その日の夜に、妻夫木と大友監督は劇場・広島バルト 11に来場。劇場スタッフから出迎えられた妻夫木は、一人一人 に「宣伝アンバサダー 妻夫木聡」の名刺を配っていたが、その中の一人のスタッフが誕生日ということが発覚。妻夫木をはじめとしたその場にいた人たちが祝福するひと幕もあり、広島でのあたたかな交流に笑顔の花が咲いた。

そして映画上映後、ステージに立った妻夫木は「本当に暑い中、『鬼滅の刃』ではなく、『宝島』を選んでくださいまして本当にありがとうございます!」と呼びかけると、会場からは大きな拍手が。そこで司会者から「今日の広島キャラバンを振り返って どうですか?」と質問されると、「着いて早々に広島のお好み焼きを食べに行かせていただきまして、久しぶりに食べるお好み焼きにがっついてしまい、舌をやけどしてしまいました。ようやく痛くなくなったんですが、さっきまでずっと痛かったです」と告白。心配そうな会場を安心させるように「でも、美味しかったです」と笑顔を見せる妻夫木だった。

一方の大友監督は、広島は何度もキャンペーンで来ているということもあり、「前作の『レジェンド&バタフライ』の時もお邪魔しました。広島には何度か来てます、プライベートでも」と笑いながら付け加えた。

この日も映画を鑑賞したばかりの観客からの感想や質問を上映後に受け付け、それを読み上げるという形でイベントは進められ た。まず最初の観客からは、妻夫木が言っていた「命をつなぐ物語」とはどういうことなのか、ということに思いを馳せた感想が寄せられた。
「広島出身の父は原爆で祖父母を亡くしています。終戦から80年になる今、広島という場所でこの映画を見ると、改めて考え深いものがありました。生かされている命の重さを感じ、これからに向けてできることを考え、映画でたぎった気持ちを忘れずに、私も次へつないでいきたい」という言葉とともに、「沖縄で何が起きていたのか。結論を押し付けるのではなく、問いを投げかけ、考える力を引き出す作品だと、監督たちがおっしゃっているのをSNSで拝見しました。今は何でも調べればすぐにわかる時代です。久しぶりにものすごく頭を使い、考えることをサボっていた自分にも気づくことができました」という感想が。それには「しっかりした感想ですね。僕たちと一緒に取材を受けてほしかった」と語った妻夫木。「本当にここ広島で『宝島』を観てもらう意味があると思います。僕自身、原爆というものに対して知らない部分もまだまだ多いです。それと同時に沖縄も知らないことも多い。この作品を通して知ることが本当に多かった。
やはり今があるのは当たり前じゃない、というのは、皆さんも 日頃から感じていらっしゃると思うんですけど、この想いがもっともっと届いてほしい」とせつせつと語りかけた。

さらに、この日が18歳の誕生日だという若者からも感想が。「圧巻の3時間、拝見させていただきました。見終わった直後で、何と言葉にしたらいいのか分からずにいます。武器を持たなければ話を聞いてもらえない。武器を持ってしまうと戦争になってしまう。今の日本社会に問うようなシーンだったように思います。とても心に残っています。今日、18歳になりました。節目の日にこのような映画を見られたこと、とても嬉しく思います」という言葉に、会場全員から祝福の拍手が。妻夫木も監督も「おめでとうございます!」と祝福の声を贈るなど、あたたかな雰囲気が会場を包み込んだ。

さらに別の観客からは「沖縄が本土に復帰してまだ五十数年しかたっていなくて、ほんの五十数年前の同じ日本の沖縄でこんなことが起きていたなんて信じられません。広島は戦争にとても深い関わりがあるところです。それでもこの映画の内容は心に重く響きました。次の世代、その次の世代にも伝えていかなければならないと思いました。映画が公開されたらまた観に行きます」という感想が寄せられ、妻夫木と大友監督も感慨深い様子で耳を傾けていた。

そうした観客との交流の時間もいよいよ終了の時間に。最後に妻夫木が「過去を描くことは未来への問いかけだとこの作品を通じて感じました。やはり今があることは当たり前じゃない。僕らはどう生きていくのか、未来を生きる子供たちに何を託せるのか、どういう平和を作れるのか、僕たちの一人一人の想いでいい未来を作れたらいいなと、今本当に心の底から思っています。そういうことを考えるきっかけに、この映画がその架け橋になったら幸せだなと思っています」と語ると、大友監督も「僕らはアメリカ統治下の時代の沖縄についてまったく知らなかった。ちょうどこの映画で描かれてる時代、本土では東京オリンピックがあり、前回の大阪万博があり、高度経済成長でめちゃめちゃ盛り上がっていました。でも沖縄には目が行かなかった。その時代の僕らの知らないところで、こういう声なき声というのが数多く存在した。きっとその声なき声の気持ちというのは、広島の皆さんならよく分かってくださるんじゃないかと思います。今日集まってくださった皆さんは完全に大友組広島支部の方だと思っておりますので。ひとりでも多くの方に届けていただけるように応援していただけると幸いです」と会場に呼びかけた。

そして、妻夫木、大友監督の『宝島』の全国キャラバンは続く。広島でさらに大きな渦となった観客たちの想いを携え、8月2日に「山形」、8月3日に「新潟」を訪れる予定だ。

(C)真藤順丈/講談社 (C)2025「宝島」製作委員会

【編集部MEMO】
映画の原作となった小説『宝島』は、真藤順丈氏のペンによる。「リュウキュウの青」「悪霊の踊るシマ」「センカアギヤーの帰還」の三部構成となっており、沖縄戦直後から始まった1952年の米軍統治時代から、日本に復帰した1972年までの沖縄を舞台としている。2018年に第9回山田風太郎賞、2019年に第160回直木三十五賞、2019年に第5回沖縄書店大賞の小説部門賞を受賞している。
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