東京農業大学世田谷キャンパスで7月28日、農作業事故の危険性と未然防止策を学ぶ「農作業安全授業」が開催された。

この授業は、夏休みに行われる基礎農場研修の事前学習の一環で、授業ではJA共済連が提供する「農作業事故体験VR」を初導入。
農作業事故の危険性を生徒たちが“自分ごと”として捉え、安全意識の向上を図る貴重な機会となった。
○▼JA共済連の「農作業事故体験VR」を東農大授業で初導入!

授業冒頭、JA共済連農業・地域活動支援部 地域貢献運営グループ課長の市川道子氏が登壇。同氏は「JA共済は、全国各地で地域貢献活動を続けており、事業開始から75年間、経済的な保障だけでなく事故の未然防止にも取り組んできました」と説明する。

その背景には、日本の農作業事故の深刻な現状がある。市川氏は「農作業事故は年間約6万4千件、1日あたり約180件も発生しています。特に死亡事故は建設業の2.5倍、全産業平均と比べても約10倍という高い発生率です」と警鐘を鳴らす。

こうした実態を受け、JA共済連はVRを使った安全教育を全国で展開している。「2024年度には43県で約300回実施しました。VRで体験できるコンテンツは8種類あり、発生件数の多い事故や重症化しやすいケースを再現しています」と市川氏は言う。

体験できるシナリオには、乗用型トラクター転倒、耕運機後進作業、コンバイン巻き込まれなどがある。この日の授業では「脚立転落」と「刈払機 刃との接触」の2種類を学生たちが体験した。

学生たちはゴーグルを装着し、仮想空間の中で事故現場に立った。
体験中は「リアルに怖い」「酔いそう」「危ない」といった声が教室のあちこちから上がった。

○▼「本を読むのと違い、『自分にも起こりうること』だと実感できた」

授業を終えた1年生の河野瑞樹さんは、「VR体験は初めてで、すごく現実感がありました。360度どの方向からも見えるので、その場にいる感覚です。普通の動画よりも迫力があって驚きました」と話す。

同じく1年生の秋吉孝祐さんも、「農作業事故が多いのは知っていましたが、どこか他人事でした。でもVRで体験すると『自分にも起こりうること』だと実感できた。本で読むのと全然違います。農作業をするときに活かせると思いました」と振り返った。

この授業を導入した半杭真一教授は、「農大生の多くは農作業経験がほとんどなく、刈払機がどんな機械か分からない学生もいます。そうした学生が使う前に危険性を知るのは大きな意味があります」と語り、VRの教育効果を高く評価する。

さらに自身の経験も踏まえ、従来の教材との違いについても指摘。「以前、危険性を伝える動画を作ったことがありますが、血を出すわけにはいかないので“寸止め”になってしまう。
でもVRでは血が出るシーンも再現でき、インパクトが強い。学生にとって印象に残ったはずです」

そのうえで半杭教授は、日本の農業が抱える構造的な課題について、「農業は家族経営が多く、建設業のような安全規制や抑止力が働きにくい。だから事故が表面化しづらいのです」と言及した。

実際、農水省も情報収集を始めているが、現場では依然として多くの事故が発生していると説明し、「怪我をしてからでは遅い。だからこそ、これからやる作業にどんな危険が潜んでいるかを事前に知ることが重要です。今日のVR体験を、ぜひ実際の研修や農作業で活かしてほしい」と期待を込めた。

今回のVR授業は、最新技術を活用して「事故の恐怖」をリアルに伝える取り組みだ。安全対策は知識だけでは身につかない。実感を伴う学びを通じて、未来の農業を担う学生たちの意識改革が始まっている。

猿川佑 さるかわゆう この著者の記事一覧はこちら
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