2025年8月1日に発売された『将棋世界2025年9月号』(発行=日本将棋連盟、販売=マイナビ出版)では、伊藤園お~いお茶杯第66期王位戦七番勝負第1局を終えた直後の永瀬拓矢九段に話を聞いた「常識外だった金打ち」を掲載しています。

本稿では、この記事の中から抜粋して、ご紹介したいと思います。
対局を終えたばかりの永瀬拓矢九段にインタビューするはずが、そこにいたのは永瀬九段だけでなく…?

○豪華すぎるゲスト 

7月5、6日に伊藤園お~いお茶杯第66期王位戦七番勝負第1局が行われました。  

終局後の永瀬九段にインタビューすべく部屋で待っていた記者ですが、そこに現れたのは永瀬九段と本局の副立会人を務めた高見泰地七段、そして大盤解説役を務めた伊藤匠叡王でした。サプライズゲストの登場に驚きながらも、本局を3人に振り返ってもらいました。

(以下抜粋)

宿泊部屋のドアを開けると、おーいお茶のペットボトルを両手に抱えて満面の笑みを浮かべた永瀬が立っていた。その後ろには副立会人を務めた髙見がおり、やはりお茶を手にしている。「どうも」と言って入室した。その数分後には、本局の現地大盤解説役を務めた伊藤匠叡王が少し戸惑った様子で合流した。戦いを終えたばかりの挑戦者と現役タイトルホルダーとタイトル経験者が、記者の狭い部屋に集合した。てっきり永瀬一人だと思っていたので驚いていると、「伊藤さんも交えれば読者が喜ぶでしょうから。髙見さんには立会人として見守ってもらいましょう」と永瀬は笑顔で言う。

永瀬には対局後、いつも話を聞かせてもらってきた。今回も終局後に取材依頼のメールを送ると、それを打ち上げの場で読んだ永瀬が両隣にいた伊藤と髙見を「一緒にどうですか」と誘ったのだという。
2人の見解も一緒に聞けるなんて、こんなにありがたいことはない。3人のサービス精神に感謝しながら早速、永瀬に質問をぶつけていった。

(中略)  

午後2時53分に始まった指し直し局の先手番は王位の藤井だ。永瀬からすれば開幕戦の先手番を手放したことになるが、この手番について局後に苦笑しながら言及していた。
「4回連続ですからね」  

昨年の王座戦、今年の王将戦、名人戦、そしてこの王位戦と4シリーズ続けて開幕戦が先手番になったことを嘆いている。それで何が問題なのかと思う方もいるかもしれないが、永瀬は以前から「開幕戦では後手番が欲しい」と語っていた。
なぜか。開幕戦は先後がわからないので両方の準備が必要だ。そうなると、少し苦しいとされる後手の研究を厚めに持っていくので、後手番を引きたいのだ。また永瀬は「第2局の先手番を確定した状態で迎えられるのが大きいです」と語る。せっかくの先手番は100%の準備で迎えたいのだ。  

「伊藤さんは?」と永瀬が振ると、「開幕戦は後手のほうがいいという考え方のときが自分は多いですね」と慎重な言い方で同意する。
「いい準備ができていますね」と永瀬は笑顔を見せ、言葉を続ける。
「対藤井戦は後手番で押しきられることが明らかに減ったから、そこまでは気にしていません。でも藤井さんは明らかに先手信者っぽくなっているから、控えめに喜んでくるんだよなあ(笑)」

(中略)  
○深夜の歓談

取材の最後に、「明日は東京に帰って研究会ですか?」と永瀬に聞くと、「明日はないです。最近は伊藤さんのほうが研究会をやっているかもしれませんね。ハハハ」と言う。「さすがにそこまでは」と伊藤が否定すると、「意外と髙見さんが上回っていますかね」と今度は副立会人に話を振った。「いやあ、自分は永瀬さんの研究会が8割5分を占めているので」と髙見が言うと、「それじゃあダメだ。ハハハ」と永瀬が冗談っぽく笑うと、爆笑が起こった。それから3人は2時間以上も話を続けた。日付はとうに超えている。大事な開幕戦で敗れたばかりの棋士とは思えないほど永瀬は何度も朗らかに笑い、明るい表情を見せていた。  

(伊藤園お~いお茶杯第66期王位戦七番勝負第1局 常識外だった金打ち 記/大川慎太郎)
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