石川県七尾市中島町で、毎年9月20日に開催される「お熊甲枠旗祭(おくまかぶとわくばたまつり)」。国の重要無形民俗文化財にも指定されている祭りの開催に先立ち、その魅力と七尾市の食文化を伝えるシェフイベントが、9月3日に東京・日比谷の「DRAWING HOUSE OF HIBIYA」で開催された。
そのイベントの全容を紹介したい。
○400年の歴史を誇る勇壮な奇祭「お熊甲枠旗祭」

「お熊甲枠旗祭」は、七尾市中島町に鎮座する久麻加夫都阿良加志比古(くまかぶとあらかしひこ)神社の大祭で、400年以上の歴史を持つと言われている。地元では開催日にちなんで「二十日祭り」とも呼ばれ、親しまれているお祭りだ。

祭りの最大の見どころは、深紅の布に文字が染め抜かれた高さ約20メートルにもなる巨大な「枠旗(わくばた)」だ。各集落から19の末社の神輿が繰り出し、天狗の面をつけた猿田彦を先頭に、若者たちがこの枠旗を担いで町内を練り歩く。

クライマックスは、加茂原(かもはら)と呼ばれるお旅所で行われる「島田くずし」。担ぎ手たちが勇壮な掛け声とともに、巨大な枠旗を地面すれすれまで傾ける大技で、その様は圧巻の一言。その昔、女性の結った島田髷を崩す仕草が由来とも言われるこの奉納神事には、多くの観客が見入ってしまう。

令和6年能登半島地震では、開催地である七尾市も大きな被害を受けた。しかし、地域の人々の祭りにかける想いは熱く、先日開催された大阪・関西万博のイベントでは、実に200名もの町民がボランティアで参加し、祭りのPRを行ったという。復興へ向かう能登の人々の力強さの象徴として、今年のお祭りにも大きな期待が寄せられている。
○ミシュラン一つ星店「一本杉 川嶋」川嶋亨氏が魅せる能登の豊かな食文化

イベントには、祭りの開催地である七尾市が誇る名店「一本杉 川嶋」の店主・川嶋亨氏が登壇。
川嶋シェフは2020年に故郷で「一本杉 川嶋」を開業すると、わずか1年足らずで「ミシュランガイド北陸2021 特別版」の一つ星に輝いた。若手料理人のコンペティション「RED U-35 2018」では、ファイナリストであるゴールドエッグに選ばれるなど、輝かしい実績を持つ実力派料理人だ。

しかし、順風満帆に見えた矢先の2024年1月1日、能登半島地震が発生。お店は大きな被害を受け、現在も休業を余儀なくされている。川嶋シェフは「地震でお店の方も被災しまして、今休業中です」と語りながらも、現在は全国のレストランでのコラボレーションイベントを通じて、能登の食の魅力を発信し続けている。
イベントの冒頭でシェフは、「今日は能登の食材をたくさん持ってきています。おいしいだけではなく、お祭りと食の素晴らしい食体験をしていただけるようにと料理を考えてきました」と力強く挨拶。その言葉通り、一品一品に能登の風景と祭りの情景が込められた、特別なコースが幕を開けた。
○「お熊甲枠旗祭」と能登の恵みを一皿に - 川嶋シェフの特別コース

一品目では、お熊甲のイメージカラーである「赤」を彷彿とさせる鮮やかな先付が登場。シャキシャキとした食感の石川県が誇るご当地野菜「金糸瓜(そうめんかぼちゃ)」の上に、七尾で獲れる赤西貝がのり、土佐酢ジュレがまわしかけてある。この貝は、昭和天皇が和倉温泉を訪れた際に、あまりのおいしさにおかわりをしたという逸話を持つ、由緒ある食材だ。焦がした金糸瓜のほろ苦さが、甘みや酸味を引き立て、五感で味わう複雑なおいしさを生み出していた。


続く椀物は、祭りの大技「島田くずし」をイメージしたもの。高く積み上げられたつみれ団子と、ナマコの卵巣を干した口子(くちこ)、さやいんげんと柚子の皮、金箔が目に飛び込んでくる。能登の郷土料理であるメギス(小型のキス)のつみれはフワッとやわらかく、香ばしい焼き胡麻豆腐との相性も抜群だ。

お造りは、七尾湾で水揚げされたあらの昆布締めとアカイカ。添えられた塩は、能登島で作られたもの。生産者は津波で小屋を流されたが、川嶋シェフが店で大切に保管していた2023年産の貴重な塩が使われた。雑味がなく丸みのある塩が、魚介の繊細な甘みを最大限に引き出していた。器は、能登島で活躍する若手ガラス作家・有永浩太氏の特注品だ。

お凌ぎは、石川県で夏によく食べられる郷土料理「なすそうめん」をアレンジしたもの。よく冷えた出汁が染みた茄子に、香ばしく炙った能登ふぐが添えられている。合わせたのは富山県の「大門素麺」だが、そのルーツはかつて能登にあった「輪島そうめん」だという。このそうめんもまた、被災した店から運び出された2年熟成のもので、強いコシとしなやかな喉ごしが特徴的だった。


焼き物は、西京味噌に能登の魚醤「いしる(イカを使ったものは、いしり)」を加えて漬け込んだサワラだ。いしるを加えることで、香ばしさと奥深い旨みが加わり、魚をよりやわらかく仕上げる効果もあるという。この料理が盛り付けられた器は、地震で割れてしまった約250年前の骨董を、金継ぎで修復したもの。「物を大事にする日本人の心、壊れても直す文化を伝えたかった」というシェフの想いが、復興への願いにも思えた。

コースの終盤には、お祭りの屋台をイメージした遊び心溢れる一品が登場。バターを練り込んだなめらかなじゃがいも饅頭の上に、ふっくらと炊かれた穴子が乗る。まさに「川嶋流じゃがバター」と呼ぶにふさわしい、洗練された屋台の味だ。

炊き立てのご飯は、石川県のブランド米「ひゃくまん穀」。粒が大きく、甘みと香りが豊かなこの米は、シェフ自らも田植えや稲刈りに参加した思い入れのあるものだ。日本有数の海藻の産地である能登ならではのめかぶ汁と、野菜を炊き込んだ自家製の海苔の佃煮「川嶋ですよ」が、ご飯のお供として登場。地震を乗り越えた貴重な食材や、修復された器が使われるなど、随所に復興への祈りが込められていた。

○日本四大杜氏の一つ、能登杜氏が醸す日本酒や生産者の方々も登場

料理と共に提供されたのは、能登の地酒。
能登は、南部杜氏、越後杜氏、丹波杜氏と並ぶ日本四大杜氏の一つ「能登杜氏」としても知られている。今回は、能登町にある「鶴野酒造店」、そして先の地震で甚大な被害を受けた輪島市の「白藤酒造店」が醸す「白菊」などが振る舞われた。里山里海の豊かな恵みを受けて育まれた米と清らかな水、そして能登杜氏の卓越した技が生み出す芳醇な日本酒が、川嶋シェフの料理の味わいを一層引き立てていた。

川嶋シェフは、2027年中の本店舗での営業再開を目指すとともに、年内には地元の人々も気軽に立ち寄れるような仮店舗のオープンを計画しているという。今年の「お熊甲枠旗祭」も9月20日に開催される。祭りの熱気を肌で感じ、復興へと歩む能登の美味を味わいに、ぜひ現地を訪れてみてはいかがだろうか。それが、きっと力強い応援になるはずだ。

中森りほ 中森りほ グルメ系Webメディアの編集を経て2017年よりフリーライターに。毎月各地を訪れ、ホテルや飲食店を中心に取材、撮影、執筆。フードアナリストの資格も持つ。 仕事実績:https://nakamoririho.com/portfolio/ この著者の記事一覧はこちら
編集部おすすめ