あらゆる業界や職種で活用されている「人材派遣」。日本の労働市場ではもはや欠かせない存在となっていますが、その一方で、労働人口の減少やAIの影響など、避けては通れない課題を抱えていることも事実です。


そこで本稿では、人材派遣業界の現状や課題、メリットとデメリット、業界ごとの市場予測などを解説します。派遣という働き方を改めて見つめ直し、今後のキャリアを考えるうえでの参考にしていただければ幸いです。

■人材派遣業界の現状

現在、国内の多くの業種では人手不足が続いており、人材派遣の需要は増加傾向にあります。

一般的に、人材派遣業界の業績は求職者1人あたり何件の求人があるかを表す「有効求人倍率」に比例し、この数字が増えるほど業績は良くなっていきます。コロナ禍の影響により、2020年~2021年の有効求人倍率の平均は1.2倍を下回りましたが、その後は徐々に回復し、2022年以降は1.2倍以上で推移しています。

では、具体的な市場規模はどのくらいなのでしょうか。2023年8月に公表された「労働派遣事業報告書の集計結果」によると、2021年の労働派遣事業の売上高は前年比7.6%増の8兆2,336億円で、リーマンショック前のピークである7兆7,000億円を大きく上回っています。

また、矢野経済研究所の調査では、2023年度の人材派遣業市場は前年度比5.9%増の9兆2,800億円でした。2024年度には10兆円を突破し、前年度比5.6%増の10兆2,602億円に達する見込みです。

特に、ITや介護の分野で企業からの派遣需要が継続的に増えています。現状の人手不足に加えて日本の労働人口はさらに減少していく見込みで、人材派遣へのニーズは今後ますます高まるとみられています。
■人材派遣業界が抱える課題

人材派遣業界は今後も需要が増えていくと予想されますが、一方で、課題も少なくありません。
ここでは、その中から主要な4つを取り上げて解説します。
1.労働人口の減少

内閣府の「令和6年版高齢社会白書」によると、2023年10月1日現在、65歳以上の人口は3,623万人にのぼり、総人口に占める割合(高齢化率)も29.1%となっています。さらに2025年には、国民の3人に1人が65歳以上、5人に1人が75歳以上となり、雇用や医療、福祉など社会の幅広い分野に影響を及ぼす「2025年問題」が懸念されています。

そうした中、高齢化社会に伴う労働人口の減少により、多くの業界で人手不足が続き、人材確保の競争が一層激しくなると予想されています。労働人口が減少することで人材派遣へのニーズは高まるとみられますが、その反面、長期的には労働人口が大幅に減ることで、人材派遣業界の規模そのものが縮小していくことも危惧されています。
2.AIによる影響

AI技術の発展により、今後は多くの仕事がAIに取って代わられると予想されています。特にAIはデータ入力など単純作業を得意とするため、こうした業務は需要が大きく減少すると考えられます。その一方で、AIを使いこなす人材への需要は高まるでしょう。
3.「同一労働同一賃金」への対応

2020年の労働者派遣法により、「同一労働同一賃金」が導入されました。同一労働同一賃金とは、「同じ仕事をしているなら、同じ賃金を支払うべき」という考えに基づく賃金の決め方のルールです。

これにより、正社員と派遣・パート社員など非正規雇用者の間で、賃金や福利厚生などの待遇に不合理な差をつけることが禁止されました。派遣やパート社員にとっては、年収の増加や正社員と同じ施設が利用できるなど、待遇改善が期待できるようになりました。


ただし、同一労働同一賃金への対応は、制度の理解やコスト、実務面で派遣元企業に負担がかかり、中小の派遣会社では体制整備が難しい側面もあります。制度に対応するためには、支援ツールや外部の専門家の活用など、より強力な対策が必要です。
4.高齢の求職者や外国人労働者への対応

高齢化社会により労働人口の減少が懸念される一方、物価高騰や老後資金への不安などから、65歳以上も働きたいと考える人は増えています。そのため、派遣で働くことを望む高齢の求職者と企業を結びつける対応力もますます必要になるでしょう。

さらに、近年では多くの企業でグローバル化の動きが加速し、人手不足解消のため外国人労働者を採用する企業も増えています。外国人を雇用するため、派遣会社は就労ビザのサポートや日本語力のチェック、適性検査などを行う体制を確立することが求められます。
■人材派遣で働くメリットとデメリット

次に、人材派遣で働く主なメリットとデメリットを見てみましょう。
<メリット>

・ライフスタイルに合わせて働ける

派遣社員は、勤務地や勤務時間、期間や職種などを選べますので、ライフスタイルに合わせた働き方が可能になります。プライベートを充実させたい、仕事と育児・介護などを両立させたいなどの希望も、正社員と比べて叶えやすいでしょう。

・希望する業種や職種で働くチャンスがある

人気が高く正社員として働くのは難しいテレビやマスコミ、クリエイティブ系、製薬や食品業界の研究職なども、派遣スタッフとしての求人があります。憧れの業種や職種に挑戦するチャンスが多くあるのも、派遣で働く大きな魅力です。

また、大手企業から中小企業までさまざまな経験を積むことで、1つの会社に勤めているだけでは得られない貴重な経験が得られ、キャリアアップにもつながるでしょう。


・アルバイトやパートより時給が高い傾向にある

派遣社員の仕事は専門性の高い業務も多く、アルバイトやパートと比べて時給が高い傾向にあります。「労働者派遣事業報告書(令和4年度)」によると、派遣社員の平均日給は1万5,968円(8時間換算)で、時給にすると1,996円です。

一方、「毎月勤労統計調査(令和4年度)」によると、アルバイトやパートなどパートタイム労働者の平均時給は1,248円となっています。仕事内容や職場によっても変わりますが、アルバイトやパートよりも派遣社員のほうが効率的に収入を得られると言えるでしょう。

・サポート体制が整っている

派遣会社によるサポート体制が整っている点も嬉しいポイントです。初めて仕事を探す時はもちろん、契約期間が終わって次の仕事を探す時も派遣会社のサポートが受けられますし、就業後も面談やキャリアサポートなどがあり、仕事関連の悩みを気軽に相談できます。
<デメリット>

・就業の上限は3年まで

特定の派遣会社で派遣社員として働く場合、同一組織に就業できるのは3年までです。仕事内容や職場環境が自分に合っていて「もっと長く働きたい」と思っても、3年を超えての契約延長はできません。

なお、同じ職場で長く働きたい場合は、直接雇用を前提に一定期間派遣スタッフとして働く「紹介予定派遣」を選ぶ方法もあります。

・突然仕事が途切れることもある

契約社員は、3ヶ月や6ヶ月など契約期間が決まっており、派遣先と派遣社員双方の合意のもと契約更新が繰り返されます。契約期間が終わるごとに契約更新か契約終了かが決まるため、雇用は不安定です。

また、希望する職種や勤務地の案件がなく、突然仕事が途切れてしまうリスクもあります。


・裁量の大きな仕事は任せてもらえない

派遣社員は基本的に派遣先企業からの指揮命令に基づいて仕事をするため、責任ある裁量の大きな仕事を任せてもらえるケースはあまりありません。業務範囲が決まっていることをメリットに感じる人もいる一方、人によっては物足りなさを感じるかもしれません。
■人材派遣業界の市場予測を業界別に解説

最後に、人材派遣のニーズはどうなっていくのか、主な業界ごとの市場予測をAIの影響も交えて解説します。
<製造業>

日本のGDPの24%を占める製造業は、国際的にも競争優位性を持つ分野が多く、その現場を支える派遣社員の役割は非常に大きいといえます。
生産工程で働く派遣社員の数は、コロナ禍による製造活動の停滞で一時的に減少しましたが、2021年には回復し、2022年には41万人と過去最高水準のレベルとなっています。

一方で、製造派遣業界にはボラティリティ(価格変動の度合い)が高いという課題もあります。不景気になると派遣業の利益は減少しやすいですが、特に製造派遣は技術者派遣より景気の影響を受けやすい面があるからです。さらに、今後はAIやロボットの導入によって、製造現場での派遣需要が縮小する可能性も懸念されています。

ただし、人材育成の高度化や同一労働同一賃金・労働者派遣法の法改正などを背景に、大手企業が中小企業を取り込みやすい条件が揃い、製造派遣大手による市場占有率は高まることが予想されます。

<営業・販売>

従来型の対面営業や店舗販売等が中心の職種は、営業活動のオンライン化やネット販売の拡大などを背景に、派遣需要が減る可能性があります。ただし、短期・繁忙期(セールやキャンペーン中)のスポット需要や、新商品・プロモーションの導入期での需要などは続くとみられます。

また、AIツールの基礎知識と活用力を持つ人材や、テクノロジーを活用した営業が行える人材などへのニーズも高まると予想されます。

<医療・介護>

高齢化の進行に伴い、医療・介護サービスの需要は年々増え続けています。その一方で供給は追いついておらず、2024年時点で介護職の有効求人倍率は全国平均で約4.15倍と、深刻な人手不足の状況です。

こうした状況の中、常勤や正社員だけでは現場を支えきれず、即戦力として柔軟に働ける派遣スタッフへのニーズが急速に高まっています。実際、派遣スタッフの利用頻度や依存度は年々上昇しており、医療・介護分野の派遣事業は今後も市場拡大を続けると予測されています。

なお、医療・介護の派遣業界におけるAIの影響は非常に大きく、業務効率化やスタッフの負担軽減、サービス向上などポジティブな役割が期待できます。

<医薬・研究開発>

技術革新や製品開発のスピードといった課題に対応するため、高い専門性を持つ医薬・研究開発分野における派遣業の需要は増えています。特に、こうした分野では柔軟な働き方が求められることが多く、それが派遣需要の増加につながる要因にもなっています。

また、医薬・研究開発分野におけるAI導入により、今後は専門知識だけでなく、データ解析やAI活用スキルも併せ持つ人材の派遣ニーズが高まるとみられます。
<事務>

国内では業種を問わず深刻な人手不足の状況であることから、事務職においても正規雇用では即対応しきれない部分を補う形で派遣需要が続くと予想されます。

ただし、AIの導入により、定型的な入力・処理業務の派遣需要は大きく減ることが懸念されています。その一方、AIを使いこなすスタッフやAI導入支援など新たな形態の需要が生まれる可能性があり、市場規模としても緩やかな成長が期待されています。
<IT・クリエイティブ>

IT・クリエイティブ系の派遣市場規模は、2025年以降も堅調な拡大が予測されています。
矢野経済研究所の調査によると、2023年度のデジタル人材を対象とした人材サービスの市場規模(人材派遣サービスほか3市場の合算)は、事業者売上高ベースで前年度比9.1%増の1兆3,615億円と推計されています。また、同調査における2025年度の市場規模予測は、1兆5,767億円です。

市場規模拡大の要因としては、AIの導入やDX投資の増加、地方自治体や中小・スタートアップ企業におけるIT人材の外部化依存が高まっていることなどが挙げられます。また、外資・高報酬案件の増加も市場全体の拡大に寄与しています。
■世の中の変化に柔軟に対応することが求められる

日本の人材派遣市場は今や巨大な規模となり、今後も需要増加が見込まれていますが、その一方、労働人口の減少による市場縮小の懸念もあります。人材派遣業界には、少子高齢化やAIの普及といった変化に柔軟に対応し、成長と進化を続けていくことが求められるでしょう。
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