広瀬すず主演の映画『遠い山なみの光』(公開中)のトークイベントが実施され、石川慶監督と書評家の三宅香帆氏が登壇した。
『遠い山なみの光』は、ノーベル文学賞受賞作家カズオ・イシグロ氏の長編デビュー作を、石川慶監督が映画化。
9月15日、出版クラブビルにて、石川慶監督と原作小説の解説を手がけた書評家の三宅香帆氏によるトークイベントが開催された。
イベント冒頭、映画の感想を求められた三宅氏は「本当に素晴らしい映画で。びっくりしたというのが一番の感想」と切り出すと、「もともとカズオ・イシグロ自体がすごく好きな作家でした。ただ原作小説はデビュー作ということもあって、割と分かりづらいところがある小説だとも思っていたんですが、映画ではそうしたところもいろんなもので補っていて。ひとつの作品として、むしろ映画ではじめて完成形を見たような感じがしました」と称賛。「現実の問題と、歴史的な映像が入り込んでいたことで、小説のテーマが、ドキュメンタリー的にも社会的にもよりよく分かるような構成になっていたのが素晴らしくて。あと何より映像が美しくて、そこにもグッときました」と原作ファンならではの熱い感想を付け加えた。 一方、本作が正式出品されたトロント国際映画祭から戻ってきたばかりだという石川監督も「トロントから戻ったばかりなので、まだ日本での感想は把握していないけど、身近なところから熱い感想をいただいている」と続けた。
石川監督は、本作を作る際に実際に長崎にもロケハンに行ったと言い「カズオさんの生家の近くを歩くと、本当に細い道がたくさんあって、ここに悦子(広瀬/吉田)や佐知子(二階堂)がいそうだなという感じがしました。ここだからこその物語だなと感じたんです。
三宅氏も「私も原作の解説を書いた時に気付いたのですが、1950年代の段階ではないはずのタワーが出てきたりして。これは本当に記憶の中の長崎の話なんだなと思って。具体的に何年代って書けないなと思いながら書いたりしたので。本当に "思い出す"というのがカズオ・イシグロ的なテーマだなと思いました。でも"思い出す"風景を映画にするのは難しいと思うんですが、でも映画には確実に思い出している感覚のようなものが出てきているのがすごいなと思いました」と絶賛。
それに対し、石川監督は「記憶の話を作るときに参考にしたのがアンソニー・ホプキンス主演の『ファーザー』という映画でした。アルツハイマーで物忘れをしていく老人の視点から描いた映画だったと思うんですが、家だと思っていたところが実は病院だったとか、自分の部屋だと思っていたところが実は子どもたちの家だったとか。それが主人公の視点で描かれているの で、観ている方もどこにいるのか分からない。こういった"信頼できない語り手"という視点で、本作では長崎を描くときに、観ている人に100%信頼しないでくださいね、というところを意識していました」と明かした。
内容を深掘りした密度の濃いトークショーもいよいよ終盤。最後のコメントを求められた三宅氏は「本当に映画をもう一回、 二回ぐらい観返したくなるようなお話ばかりだったので、私としてももう一回観に行きたいなと思いましたし、監督の物語のイメージが細部まで仕切られてるからこそ素晴らしい映画になったんだなとひしひしと感じました」と、石川監督も「三宅さんに導いてもらって楽しくお話しできました。ありがとうございます。映画は公開中ですが、賞味期限の長い映画をという想いで作っている部分もあるので。ぜひ皆さんの周りの方に勧めていただけると嬉しいなと思います」 と締めくくった。
(C)『遠い山なみの光』製作委員会
【編集部MEMO】
原作者、エグゼクティブ・プロデューサーのカズオ・イシグロは、本作で描かれる長崎県の出身で、幼年期に渡英したのち、1983年にイギリス国籍を取得。2017年にノーベル文学賞を受賞している。本作以外にも映画化された作品は数多く、『日の名残り』『上海の伯爵夫人』『わたしを離さないで』『生きる LIVING』は、日本でも公開されている。