NTT東日本と東京都は、気候変動に左右されない漁業経営の実現に向け、陸上養殖モデルを構築する「漁協運営型陸上養殖プロジェクト」の実行を目的とした基本協定を締結。9月26日に協定締結式を開催した。


○■漁協運営型陸上養殖プロジェクトとは

「漁協運営型陸上養殖プロジェクト」では、2025年度から2029年度の5カ年事業としてNTT東日本グループがもつICTやIoTを活用した閉鎖循環式陸上養殖技術の導入などを行い養殖施設・設備を整備したのち、漁協の参画による水産物の実証生産を通して効率的な飼育条件など獲得。養殖技術の向上を支援することによって、東京ならではの陸上養殖ビジネスモデル創出を目指し、水産業、特に内水面水産業の振興と地域活性化に貢献することを目的としたものとなっている。

締結式では、東京都 産業労働局長の田中慎一氏とNTT東日本 執行役員 ビジネス開発本部長の山口肇征氏が出席し、締結書への署名を行った。

東京都の田中氏は、東京都の多摩地域において養殖されるヤマメなどは、地域の特産品であり、観光資源として欠かせない存在である一方、近年の気候変動や水温上昇や渇水などによる生育環境の悪化を指摘。気候変動の影響に備える対策としてたどり着いたのが、「閉鎖型陸上養殖」であると言及する。

「漁協運営型陸上養殖プロジェクト」は、単に新しい技術の導入だけでなく、漁協の収益構造を改善し、漁協を中心として、地域の関連産業を活性化するモデルを構築することが目的。本プロジェクトを進めるパートナーを公募した結果、陸上養殖の分野で高い技術力を持ち、地域活性化の取り組みにも実績があるNTT東日本と協定を締結することに至ったという。

本プロジェクトのような、農林水産業とテクノロジーをあわせた取り組みは、東京の強みを活かすものであり、「今後とも進めてまいりたい」とし、今回の協定締結を機に、関係者間のより一層の連携を深めて、「東京の内水面漁業の新たな一歩となることを祈念する」と締めくくった。

NTT東日本の山口氏は、東京都と協定を締結できることに感謝を述べ、NTT東日本は通信インフラをメインとする企業である一方、地域循環型社会の共創を目指して、ICTを活用した地域貢献に取り組んできた経緯を説明。今回の協定においても、NTT東日本の持つ技術と知見を最大限に活用しながら、地域、東京都、そしてNTT東日本グループが強固に連携することによって、新たな産業創出の役割を果たし、より良い社会実現に貢献していくという意欲を示した。

具体的な取り組み内容については、今後の協議次第となるが、今回の実証を通じて構築される新たな取り組みが、単なる実験にとどまらず、同社の考える地域共創という目的に合致するかたちで社会実装されることを目指すとし、「東京都の未来を支える重要な一歩になることを確信している」と自信をのぞかせた。

締結式に続いて、「漁協運営型陸上養殖プロジェクト」の事業説明も行われた。
まずは東京都における内水面漁業協同組合の状況を紹介。内水面漁業協同組合は、河川環境の整備やアユ・ヤマメなどの放流によって資源増殖に努め、釣り人からの遊漁券収入などを主な収入源として経営を行っている。

しかし、組合員の高齢化や減少に加え、近年の気候変動による水温の上昇や渇水などにより、アユなどの生育環境が悪化。釣りに適した時期が短くなっていることや、遊漁者の減少も懸念される状況にあり、漁協では、経営の先行きに不安を抱える状況となっている。
また、多摩地域におけるマス類の養殖業者からも将来の生産に対する不安の声が多いという。東京都として、こうした状況を打開するために内水面漁業協同組合などと協議を重ね、近年、技術革新を進む閉鎖型陸上養殖施設と陸上養殖の分野で、新たなビジネスモデルを創出することで、内水面漁業の振興と多摩地域の活性化を目指すことになったという。

今回のプロジェクトでは、東京都がビジネス構築における全体調整を行い、NTT東日本が、施設の設計、建築、実証実験の実施を行うことで、ビジネスモデルを構築。漁業協同組合が実際の飼育に携わり、陸上養殖技術の習得を図ることで、最終的には、漁業協同組合が中心となって、事業を運営することを目指したものとなる。

なお、今回のプロジェクトでは、奥多摩地域と親和性の高いヤマメを、生産性が高く、付加価値の高い魚にしていくことを目的としており、基本的に水の入れ替えなしで出荷までを実現する閉鎖循環式の施設を構築することで環境負荷も低減。生産技術と非常に高い生産性を両立させることによって、養殖の新しいかたちのでビジネスモデルを構築し、地域振興に加えて、新しい雇用を創出していく。

設備については、しっかりとした生産効率を生み出すだけでなく、高齢者や、これまで水産業との接点がなかった人でも、安心安全なオペレーションが行えるような設備を検討。

建屋については、堅牢性と経済性の合理性を両立できるような膜構造を採用することによって、内部に柱を設ける必要がなく、安全な作業動線の確保や効率的な装備配置が可能になるほか、近隣住民への配慮も含めて、防音、防振、そして防臭についても建築設計において実現していくとした。


養殖の設備設計については、NTT東日本グループがこれまでに培ってきた養殖ノウハウや安全マニュアルなどをあらためて体系化。省力化による最小限の稼働の中で、安心かつ安定した品質の養殖を実現。そのためにはデータ活用が必須となるため、ITプラットフォームを構築し、水質制御などの環境整備を可能な限り自動化することによって、省力化と安全性が両立した閉鎖型のプラントを目指す。

なお、本プロジェクトのスケジュールとしては、プラントの設計と施工を来年度末にかけて行い、実際の飼育は2027年度からを予定。その後は、一年に一度のペースで出荷できるような成長性と技術を確立。それと並行して、ブランド力を高めるなどの出口側戦略についての検討も進めていくという。
○■東京都の陸上養殖に向けたNTTの挑戦

「日本では温暖化の影響もあって、魚がどんどん逃げてしまっている」という現状を指摘し、「一説によれば、2050年くらいにはいなくなるのではないかと言われている」との危惧する、NTT東日本 ビジネス開発本部 営業戦略推進部 営業戦略推進担当 担当課長の越智鉄美氏。

その中で、課題解決のひとつの手段として「陸上養殖」を手掛けるNTT東日本だが、「まだまだ課題はたくさんある」という越智氏。しかし、一つひとつを積み上げていくことで、しっかりとした広がりが出てくることを期待し、「社会実装していくことで、世の中の方に使っていただき、普及していくという道筋を作っていきたい」との考えを明かした。

そんな中、「漁協運営型陸上養殖プロジェクト」という東京都の公募に応じた理由として、まずは東京都という地域性に注目したという。「これまでは地方、地域で行うことが多かったのですが、それらと比べると、大消費地がありながら生産する場所が限られているというの特異的な事例」と指摘。「アーバン水産事業とも言える、新しいモデルが構築できれば、より社会課題の解決の幅が広がる」との思いが、今回の参画に繋がったという。


公募でNTT東日本が選ばれた理由について、「これまでから農業をはじめ、一次産業の分野にも積極的に先行して関わってきたことが大きいのではないか」と言及する越智氏。さらに、エンジニアとして技術力や地域課題解決に向けたアセットを持っていること、川上側の技術だけでなく、川下側の販路も含めて、地域に寄り添ってきたことなどを挙げ、「それらの強みを評価していただいたのだと思います」と笑顔を見せる。

今回のプロジェクトを通して、「課題感のあるところに、新しい産業を創出し、それを地域にしっかりと根付かせることで、雇用を生み出していく」ことの重要性を示唆。一次産業を起点として、地域のブランディング化を図り、「最終的に地域が活性化していくところまでの流れを作り出していきたい」と、今後への展望を明かした。
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