2025年9月19日、米アップルの新iPhone「iPhone 17」「iPhone Air」などが発売されました。ですが、日本で発売される新iPhoneはすべてeSIMのみ搭載し、物理SIMカードが使えなくなったことから、早速混乱が生じているようです。
ただ、今後より懸念されるのは、携帯4社とMVNOに大きな格差が生まれてしまう可能性ではないでしょうか。
eSIMを巡り発売直後からトラブルが発生

5.6mmという薄さを実現した「iPhone Air」や、デザインやボディ素材を刷新して大きく変化した「iPhone 17 Pro」など、大きな話題を呼んだ2025年の新iPhone。それだけに、2025年9月19日の発売開始時には、KDDIが6年ぶりにカウントダウンイベントを実施するなどして盛り上がりを見せました。

ただ、その新iPhoneを巡って戸惑いの声が聞かれたのが「eSIM」です。eSIMは、デバイスに内蔵された組み込み型のSIMのこと。オンラインでSIMを発行できるので契約してすぐモバイル通信が利用できるほか、物理SIMよりも多くのSIMを登録しておけるので、海外渡航時はローミング用のSIMに切り替えるなど、用途に応じたSIMを選んで使えるなどのメリットがあります。

ですが一方で、eSIMは機種変更時にSIMを移行する作業が必要になる、一度削除してしまうと携帯各社に再発行を依頼しなければならず時間がかかるなど、従来の物理的なSIMカードと比べ手間やトラブルが生じやすいのが弱点です。これまでのiPhoneでは、物理SIMとeSIMの両方が利用できる仕組みが整っていたのですが、新しいiPhoneでは物理SIMの逃げ道がふさがれてしまいました。

ですので、それまで物理SIMを利用していた人が新iPhoneに乗り換えるには、必ずeSIMに変更する必要がありますし、eSIMを使っていた人も新しいiPhoneにeSIMを移す必要があります。それゆえ、新iPhoneの発表直後から、eSIMに関連したトラブルが多発するのではないか…と懸念する声があったのは確かです。

その懸念は現実のものとなり、新iPhone発売直後の2025年9月19日には、NTTドコモが午後4時30分ごろから、eSIM対応端末でeSIMの開通がしづらい事象が発生。一時は、新iPhoneの販売も停止する事態となっていました。
同社の発表によると、翌2025年9月20日の午前9時36分には復旧したようですが、eSIMの再発行にかかる事務手数料が誤って徴収されたケースなども生じ、その後も混乱が続いた様子です。

NTTドコモをはじめ携帯各社は、新iPhoneがeSIMのみになることで、サポートやトラブルなどへの備えを強化してきましたが、それでも急速なeSIMシフトで予測できない事態が起きることも確か。まだ今後も何らかのトラブルが生じる可能性があるでしょうが、多くの人がeSIMに移行し、利用に慣れるにしたがってトラブルも減っていくのではないかと考えられます。
「eSIMクイック転送」はApple Watchの二の舞か

ですが、今後発売されるiPhoneがeSIMオンリーになっていくことで、解決し難い問題が生じていることも懸念されます。それは、MVNOのeSIM対応です。

実は、多くのMVNOは、自社でSIMを発行することができない「ライトMVNO」という形態で運営されており、ライトMVNOのユーザーが利用しているSIMカードは、ネットワークを借りている携帯電話会社から借りているもの。それゆえ、機種変更などでeSIMを再発行する際には、携帯電話会社に手数料を支払う必要があります。

一方で、携帯4社は新iPhoneの発売に合わせてか、オンラインでの手続きであればeSIMの再発行手数料を無料、あるいは期間限定で無料にする措置を取っています。いくつかのMVNOもそれに対抗してか、期間限定、あるいは回数限定でeSIMの再発行手数料を無料にする措置を取っていますが、ビジネス構造上完全に無料にするのは難しいのが実情。それだけに、eSIMシフトの進行で、事務手数料を巡って携帯4社とMVNOとの間に大きな差が生まれてしまうことが懸念されます。

そしてもう1つ、より大きな問題となってくるのが「eSIMクイック転送」です。これはiPhoneを機種変更する際、eSIMを簡単な操作で新しいiPhoneに移すことができる仕組みなのですが、現状eSIMクイック転送に対応しているのは、iPhoneを販売している携帯4社のサービスのみです。


なぜMVNOが対応できないのかといえば、eSIMクイック転送はiPhoneとネットワークを連携して実現しているため、携帯電話会社がそれを提供するにはデバイスを提供するアップルの協力が不可欠だから。正規にiPhoneを販売していないMVNOはアップルの協力を得られないので、eSIMクイック転送を提供できないわけです。

では今後、MVNOがeSIMクイック転送を提供できる見込みはあるのか? といいますと、非常に困難というのが正直なところ。その理由は「Apple Watch」のeSIM対応にあります。

Apple WatchにもeSIMを搭載したモデルがあり、対応する通信サービスを契約すればモバイル通信が利用可能になるのですが、Apple WatchのeSIMに対応するサービスを提供しているのは、やはりiPhoneを販売している携帯4社のみ。eSIMを扱っているMVNOであっても、Apple Watch向けのサービスは提供できていないのが実情です。

その理由はeSIMクイック転送と同様、ネットワークとApple Watchとの連携が必要なためのようです。2020年に総務省が開催した「競争ルールの検証に関するWG」の第5回会合の議事録で、アップルの日本法人であるApple Japanの発言を確認しますと、Apple Watchのモバイル通信はiPhoneとペアリングすることが前提で、その実現には「技術的に非常に複雑なオペレーションが必要」としています。

そして、MVNOへのApple Watch対応に関しては「それなりのビジネスチャンスがあるということであれば前向きに検討させていただく」と答えており、そのためには「MVNO様経由で弊社のウオッチがどれぐらい売れるのか、そこに投入するためのリソースにどれぐらいコストがかかるのかというビジネス上の判断にならざるを得ないのではないか」と話していたようです。

このことは、MVNOがアップル製デバイスを携帯4社並みに販売するなど、アップル側にビジネス的メリットをもたらさない限り対応はしない、と読み取ることができるでしょう。そして、2020年から5年が経過した現在もなお、MVNOがApple Watchに対応できない状況は変わっておらず、総務省がMVNOのApple Watch対応に積極的に動くことはなかった様子を見て取ることができます。

そしてeSIMクイック転送も、Apple WatchのeSIMと構造が似ているだけに、少なくとも現時点では総務省が積極的にアクションを起こす可能性も低いと考えられます。
ただ、このことは、アップル製品でMVNOのサービスが今後より使いづらくなることを示しており、アップルのシェアが非常に高い日本では一層、MVNOが不利な状況に追い込まれることにもつながりかねません。

事業規模が小さいMVNOがアップルと直接対峙するのは非常に困難ですし、ネットワークを提供する携帯電話会社と交渉するにしても、対応には難しさが伴うでしょう。事態の解決には、やはりeSIMの利用を推奨している総務省、ひいては国が動くしかないのではないでしょうか。

佐野正弘 福島県出身、東北工業大学卒。エンジニアとしてデジタルコンテンツの開発を手がけた後、携帯電話・モバイル専門のライターに転身。現在では業界動向からカルチャーに至るまで、携帯電話に関連した幅広い分野の執筆を手がける。 この著者の記事一覧はこちら
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