第84期順位戦A級(主催:朝日新聞社・毎日新聞社・日本将棋連盟)は4回戦がスタート。10月15日(水)には糸谷哲郎八段―増田康宏八段の一戦が関西将棋会館で行われました。
○糸谷流、金のドリブル
糸谷八段3連勝、増田八段1勝2敗と明暗分かれて迎えた本局。将棋連盟常務理事に就任してからも調子を落とさない糸谷八段、この日も力強い指し回しでペースをつかみます。雁木に組んで力勝負に持ち込んだのは2回戦の佐々木勇気八段戦、3回戦の千田翔太八段戦でも見せた作戦選択で、いずれの対局も軽快な玉さばきを駆使して勝利していました。
矢倉に組んだのち棒銀の要領で攻撃を開始した先手の増田八段に対し、糸谷八段はオリジナルな受けを披露します。銀との交換を迫られた金をスルスルと上部にかわしたのが「金のドリブル」ともいうべき臨機応変の対応。ついに敵陣1段目まで入り込んだこの金は相手に取られることになりますが、代償として得た手番を生かして迫力ある反撃が始まりました。
○保険を掛けたつもりが…
糸谷八段の指し手は止まりません。100手目を迎えた終盤戦で持ち時間は増田八段1時間を切っているのに対して糸谷八段は4時間以上(持ち時間各6時間)を残しており、その時間差が表すように形勢も後手優勢へと転じています。しかし、あとは着地するだけと思われた最終盤にドラマが待っていました。先手玉に詰めろをかける6筋への自然な角打ちが結果的に敗着となりました。
飄々と指し続ける増田八段の応手を見て、糸谷八段の手が止まります。詰めろ逃れの王手に対して前傾姿勢となって対応を練るも時すでに時遅し。終局時刻は20時13分、最後は再逆転の見込みなしと認めた糸谷八段の投了で増田八段の勝利が決まりました。糸谷八段としては5筋に角を打つ正着も見えていたものの、より安全にいった姿勢が裏目に出た形です。
最終盤の逆転で貴重な2勝目を挙げた増田八段は「拾ったような勝ちだったが大きな一勝だった」と九死に一生を得た一局を振り返りました。
水留啓(将棋情報局)