「投資の失敗の前後で、大きく変わったことはないかな」そう語るのは、経営者の高橋和義さんだ。宮城県で機械設備工事会社を立ち上げ、年商17億円の企業に成長させた。


その順風満帆に見える経営者人生の裏で、実は何度も“投資の地獄”を経験している。融資詐欺、先物取引、FX……知人への貸付金も合わせると、被害額は「2億円」を超える。
桁違いの失敗を繰り返しながらも、事業を守り続けることができたのはなぜなのか。失敗の前後で変わらなかったものとは何か。その内実を聞いた。

「2,000万円を金利1%で借りられる」融資詐欺で130万を失う

――最初の大きな失敗はいつ頃でしたか?

高橋和義さん(以下・同)30歳のときです。ちょうど会社でお金が必要だった時期に「低金利で大口融資が受けられる」というFAXが届きました。

「怪しいな」と思ったけど、ホームページがきちんとしていたし、うちは当時2%で借りていたので「1%で借りられるなら」と思い、問い合わせたんです。

2,000万円の決裁がおりたから、決算書、印鑑証明書、返済予定表などを言われるがままに提出しました。

――銀行に出す書類と全く同じですね。

唯一、違ったのは「士業の先生に資料を通すから、先生への手数料を振り込んでほしい。本来は金利2.5%で利子300万円のところ、手数料分を安くしている」と言われたことくらい。


いかにも“正規の手続きを踏んでいる”という印象を受けて、疑う余地がありませんでした。手数料も131万6,000円という端数でしたし。

手数料を振り込んで、契約も済み、「10~20日後に2,000万円が入金されます」と言われたので、すっかり安心していました。

でも、いつまで待っても1円も入金されない。電話もつながらないし、ホームページも消えていました。もちろん130万円の返金も一切ありません。

――警察に相談はされましたか。

恥ずかしさのほうが先に立って、結局行っていない。当時は「高い勉強代だったな」と割り切るしかなかったですね。

でも翌年、約十倍近くの“勉強代”を払うことになってしまったんです。
先物取引でロスカットになり「7,100万を消失」

――その“勉強代”とは?

31歳のとき、自己資金が2,000万円ほど貯まって、周囲の経営者仲間から「株で大きく儲けている」という話をよく聞いていました。僕も挑戦してみようと思いましたが、株でこまめに儲けるのは性に合わない。
ハイリスク・ハイリターンを求めて、先物取引に手を出しました。

先物取引というのは、「将来、この商品や株価が上がるか下がるか」を予想して、あらかじめ売買契約をする投資手法です。

たとえば「半年後に小麦が値上がりする」と思えば、今のうちに買う約束をしておく。実際に上がれば差額が利益になる。逆に外れれば大きな損失になります。

レバレッジ(少ない資金で大きな金額を動かせる仕組み)がかけられるので、短期間で大きく儲けられる反面、一瞬で莫大な損をする可能性もあるんです。

最初は順調で、資産は一時1億4,200万円まで膨らみました。

――リスク管理はどうされていましたか。

先物取引には、「ロスカット」という仕組みがあります。これは、損失が一定のラインに達したら、自動的に取引を終了して強制的に資産を守る仕組みです。

僕は「資産の50%まで下がったらロスカット」と設定していました。つまり、半分以上は失わないようにしていた。
そのはずだったんです。

――何があったのでしょうか。

ある日「北朝鮮がミサイルを発射した」というニュースが流れて、相場全体が一気に下がりました。急落のスピードがあまりにも速くて、ロスカットが発動。

7,100万円が吹き飛んでいました。

――7,100万円……。

呆然としました。スマホの画面を見つめながら「これは現実なのか?」と頭が真っ白になったんです。本来なら、そこで一度落ち着くべきだった。でも、成功体験の記憶が邪魔をした。

「すぐ取り返せる」と思い込み、再び買いを入れてしまったんです。下がったら上がるだろう、という安易な読みでした。


――どうなったのですか。

結果は逆で、さらに損が膨らんでいきました。最終的には自己資金がマイナス600万円。1億を超える成功を収めた直後に、わずか数か月で真逆の現実を突きつけられたんです。
台湾帰国便にて「90秒で1億1,000万が吹き飛んだ」

――一番大きな投資の失敗はいつでしたか?

38歳のときです。証券会社からの紹介で始めたFX(外国為替証拠金取引)にすっかりのめり込んでいました。

FXは異なる国の通貨を売買して、その差益を狙う投資です。たとえば「円が安くなってドルが高くなる」と予想すればドルを買って円を売る。予想どおりに動けば利益になります。
通貨にはそれぞれ金利があり、高金利の通貨を持っていると「スワップポイント」と呼ばれる利息のようなお金が毎日つきます。トルコリラやメキシコペソなどの新興国は金利が高く、1日数百円が自動的に入ってくる。僕はそれを「毎日配当金がもらえるような感覚」で考えていました。


――トルコリラやメキシコペソ……また、ハイリスク・ハイリターンの商品ですね。

はじめは証券会社の進める銘柄を買っていたんですが、自分でやりたくなってしまって。メキシコペソで7割5分、2割くらいトルコリラだったかな。銘柄を証券会社の人に話したら「ギャンブラーですね」と笑われました。

でも1,000口単位で保有していたので、毎日150円ずつ積み上がる。その安心感が逆に“自分は大丈夫だ”という錯覚につながってしまったんです。

――ロスカットの設定はどうされていましたか。

10%にまで下げていました。というのも、過去に「50%ならロスカットにかかってしまったけれど、10%にしていれば持ちこたえられた」という経験があったんです。

その成功体験が頭に残っていて、「ギリギリまで粘れば勝てる」と思い込んでしまった。

――損をした日のことについて、教えてください。

あの日は台湾から日本に戻る飛行機に乗っていました。
離陸直前、スマホが「アラート」を鳴らしたんです。最初はLINEの通知かと思ったのですが、画面を見ると為替レートが急激に逆方向に動いていました。

90秒後にはロスカットになり、1億1,000万円の損失が発生していました。

現実離れした光景に、「え? え? なんで?」と声が漏れました。でも、飛行機はすでに滑走路に入っていて、すぐに電波が途絶えてしまった。シートに縛られたまま、ただ不安だけが募っていきました。

――帰国してから、どのような心境になりましたか。

完全に打ちのめされました。頭の中で「これからどうしよう」という考えが堂々巡りし、立ち直るまでに3~4時間はかかったと思います。

冷静に振り返れば、余剰資金もないのにレバレッジをかけすぎたこと、そして“過去に助かった経験”に引きずられて10%に設定したことが敗因でした。

スワップポイントの積み上がりも、逆にリスクを見誤らせる要因になっていたんです。

――その後、どう切り替えたのでしょうか。

落ち込んだままではいけないので、まず専務に電話をしました。そうしたら専務が、びっくりするような言葉をかけてくれたんです。
会社に借金をして「8,000万円を仲間に貸している」

――専務はなんと?

「まじか! もうハイリスクはやめて、本業がんばろうよ!」って笑いながら言ったんです。「大丈夫、1億くらい稼げっぺ!」と。1億1,000万円が一瞬で消えた直後に、そんなことを言える人はなかなかいませんよね。

拍子抜けしたというか、不思議と気持ちが軽くなりました。そのとき、「やっぱり僕には会社と仲間がいる」と強く思えたんです。

――そもそも、どうしてそんなにお金が必要だったんですか?

僕は全く贅沢をしていませんでした。車は少しだけいいものに乗っていたくらい。でも、経営者として「人を雇う以上は守らなければならない」という責任感がありました。

だから社員や知人にお金を貸すことが多かったんです。これまで合計8,000万近く貸したかな。

会社からお金を借りるかたちにして、利子3%をつけて、僕が毎月860万円ずつ会社に返しています(笑)。

――なぜ、そこまでお金を貸す必要があるのでしょうか。

うちには“手のかかる社員”が多いんです。少年院や刑務所あがりの社員も受け入れているので、示談金が必要になるケースもあるし、家で借金もできず車のローンも通らないような子もいる。そんな子たちが安心して人生を送れるように、僕が肩代わりしてきました。

だから、会社のキャッシュは億単位であっても、3000万~5000万は常に何かのために動いていく。何か問題が起きないと「これだけ何もないのは珍しい」と感じるくらいなので(笑)。

また、新しい事務所の建設に6億円かかっているので……。

――6億円とは、すごい金額ですね。

新しい事務所には、託児所を設けたんです。社内託児所は、保育士を雇ったり、場所が必要だったり、とにかくお金が必要だから。

僕は母子家庭だったので、母親が働く背中を見ていました。暮らしぶりはずっと貧しくて、電気が止まったことも何度か経験しています。

他にも「子どもが熱を出したから家に帰る。それを繰り返していたら周りの目が厳しくなっていって、退職した」という発信を、SNSで何度も見てきました。

それが嫌で、「子どもがいても安心して働ける」という環境をつくりたかったんです。

――子育て中の社員も多いのですか。

うちは平均年齢も若いわりに、子育て中の社員もシングルマザーもたくさんいます。女性社員も10人以上が作業現場で活躍していて、さすがにそこは危険で連れて行けないので、事務所で預かることもあるんです。

他の部にも、社員のお母さんが子どもを連れてくることは多々あります。今こうして取材を受けている目の前にも、5歳の女の子が遊びに来ているし。ちなみにここ、社長室です(笑)。
失敗を通じて、より「人を守る経営」を意識するように

――投資の失敗から、何を学びましたか。

投資で儲けたお金は、会社か他人のためにしか使っていません。大金を失っても、僕がずっと大事にしてきたのは“お金そのもの”ではなく“人”。だから、生活が一変するようなことはありませんでした。

でも、専務のあの言葉が背中を押してくれて、「人を守る経営」をさらに強く意識するようになりました。

――これから先の展望について教えてください。

「女性躍進の会社」にしたいと思っています。現場で活躍する女性社員をもっと増やしていきたいし、シングルマザーでも安心して働ける会社にしていくつもりです。

今まで女性が活躍できないのは、政治や行政のせいにされてきましたよね。たしかに、大きい会社にしかできないこともある。お金もかかりますし。でも、それをうちのような中小企業がやることで「できるんだ」と、周りに気づきを与えたい。

さらに、子どもたちにEQ(心の知能指数)を教える学習塾の構想もあります。社会で生き抜く力を、子どもたちにもつけて行って欲しいですね。

本業でやることが多すぎて、もうFXも先物も手を出せないんじゃないかな(笑)

綾部 まと あやべ まと 三菱UFJ銀行の法人営業、経済メディア「NewsPicks」を運営するユーザベースのセールス&マーケティングを経て、独立。フリーランスのライター・作家として、インタビュー記事、エッセイやコラムを執筆。フランス・パリ近郊の町に在住。3児の母。趣味はサウナと旅行。
X:https://twitter.com/yel_ranunculusInstagram:https://www.instagram.com/ayabemato/ この著者の記事一覧はこちら
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