22年ぶりライブの成功から動き出す

「一人で泣いた日々も、いまは光の方へ向かっている」──かつて“20世紀最後の大型新人”と呼ばれ、1stアルバムがオリコン1位を獲得するなど、多くの人の青春の記憶を刻んだアーティスト・shela。2024年12月、そして2025年3月、22年ぶりのライブを成功させた彼女に再び、思わぬ“光”が差した。きっかけは小さな願い、「ファンの方々と距離を縮めたい」。
それが、20年ぶりのファンクラブ「friends」復活へとつながったのだ。12月中旬には東京でファンミーティングの開催も決定した。

しかし、奇跡とはいつも光だけではない。誤解、焦り、孤独、そして言葉をめぐる葛藤の影も共にある。迷いながら、それでも誠実に歩いてきたshela。彼女に起こった“奇跡”、その光と影について直撃した。

○「ファンの皆様との距離をもっと近づけたい」

今年3月、22年ぶりに東京で行ったワンマンライブを終え、北海道の自宅に戻った彼女は、静まる部屋の空気を吸い込みながら、ノートを開いた。「この先、何ができる?」。久しぶりのステージから見たファンたちの輝く笑顔。みんなとどうしたらもっとつながれるんだろう。遠い場にいても、私を近くに感じてもらえるには──?

東京と北海道の距離、日常生活でのあれこれ、そして不安…。またライブをしたくても今の環境がその即時性を許さない。
だが、ステージから見た自分とファンの団結感が忘れられない。でも現実的に……諦めにも似た想いに胸を焦がしていた彼女に、5月頃、光が訪れる。長く見守ってくれていた友人やスタッフから思いもしなかった言葉が飛び出したのだ。──「ファンクラブ、作ってみたら?」

このとき、心の中に大切にしまってあった、ある記憶が呼び出された。TikTokやInstagramのライブ配信で、ファンから「ファンクラブやらないんですか?」というコメントが何度も打たれていたのだ。今回の提案を受けたときの心境を彼女はこう振り返る。

「当時は、まるで自信はなかったんです。だって、そんなの作っても入ってくれないんじゃないかって。でももし私が勇気を出してその一歩を踏み出せば。その一歩が、ファンでいてくださる方々の喜びにつながったら」

「ファンの皆様との距離をもっと近づけたい」という強い想いが彼女の背中を押した。プロジェクトが始動し始める。
○「10人くらい」の想定を上回る入会

ファンクラブのスタート日は9月19日。
この日は、「新しい想い出をこれからもたくさん作りたい、次に会う日も一緒に笑おう」という思いが込められたshelaの楽曲「Days」(アニメ『ヒカルの碁』エンディングテーマ曲)が2002年にリリースされた日だった。思い出でもあり、大切なその日。プロジェクトが動き始めた頃は「10人でも入ってくれたらいいかな」ぐらいの気持ちでいた。だが、そんな彼女の気持ちを、「ファンの方々と早くつながりたい」という強い気持ちが焦らせた。

9月1日、shelaは自身のYouTubeチャンネルで、「18日」と書かれた投稿をした。日を追うごとに「17日」「16日」と進んでいくこの投稿に気づいたファンが、SNSで騒ぎ始めた。「これはカウントダウンでは?」「何か始まるのか?」。これまでもファンたちは、自発的にshelaの楽曲をUSENやYouTubeの『THE FIRST TAKE』にリクエストをし続けていた。待ち望んでいたそこに突然、降って湧いたこのカウントダウン。

「ちょっとお騒がせして失敗したかなって(笑)。でもSNSを見させてもらっていて、ファンの方々も、次も早く何かしてほしいとしびれを切らしているのかなと思い、ついカウントダウンをし始めたのです。ところがこれが、“新曲?”とか“ライブ告知?”など期待が膨れ上がらせ過ぎてしまったようで…。
最初こそ、ニヤニヤしながらそのコメントを読んでいたのですが、次第にヒヤヒヤに変わりましたね。何だかすごく“ごめんなさい”という気持ちが強くなりました。もちろんファンクラブ復活もすごいことです。でも当初の私の想像をはるかに超える期待がさらに膨らんで…。それに応えられていない自分がもどかしく申し訳なくなりました」

この繊細さがいかにもshelaらしい。だがいざ、19日の当日を迎えると、杞憂(きゆう)は涙へと形を変える。ファンのSNSが歓喜に湧いたのだ。「10人くらい」と思っていたshela。ところが蓋を開けると、想像を上回る多くのファンが入会していた。これは今も増え続けている。

彼女にとっては、意外も意外だった。「長い目で見て、最終的に、多くても“30人入ったらすごいよね”なんて思っていました。
だから、今も信じられなくて。初動の登録者数を見て、思わず涙がこぼれました」。そう語る彼女の声は静かに震えていた。

今回の現象と数は、20年分の“待っていた”の総和だったのだろう。つまり単なる数字の話ではない。20年以上のブランクを越えてのファンとの関係の再構築…それこそが“奇跡”の原点だ。彼女はこの会員数の数の意味をゆっくりと噛みしめながら言う。

「感謝しかないって、何回も心で言いました。同時に、いい意味のプレッシャーも生まれて、“この人たちのために頑張りたい”って」

SNSという海は、優しさも、誤解も、痛みも、そして喜びも、同じ波に乗ってやってくる。

いつか歌詞に…感じたことをノートにつづる日々

shelaは、ファンクラブ用の写真、そして先行入会特典のフォトブック撮影のため、再び、東京へ訪れていた。ライブ時でも感じたことだが、東京で流れる時の速さと、北海道の静けさは大きく異なる。

「東京に行くと、スピード感がまるで違う。時間の流れも、思考も、人との距離も。
電車だって3分に1回は来る。でも、北海道に戻ると穏やかだけど一気に静かになる。誰とも話さない1日もある。誤解してほしくないのは、それが嫌というわけじゃないことです。“この静けさの中に、ちゃんと私がいる”って、しみじみと思えますから」

そんな彼女は最近になって、感じたことを毎日ノートに書き出すようになったのだという。「“今日、何を思ったか”、“どんな空を見たか”。それをいつか歌詞にできたらいいなって。今の私は、こんな“日常”を生きている、と」──この感性が彼女の繊細で等身大なリリックの正体なのだろう。

こうして、着実に歩みを進めるshela。現役時代は、ファンと交流する機会が一度もなかったというが、現在は、SNSを通してファンとの距離がぐんと近づいている。急な変化に戸惑いとうれしさが同時に彼女の心を揺さぶっている。

「文字って、声より強く伝わると思うんです。
だから本当はSNSは得意じゃありません。どうすれば間違いなく私のことを伝えられるか…。そもそも今の私の心には、“もっと私を知って”ではなく、“ありがとうを言いたい”しかないのです。だから、SNSをはじめ、SNSを通して直接、ファンの方々へありがとうって言える今が本当にうれしいんです」

彼女の心は弾む。しかし喜びだけではない。「やりたいのに、できないって言い続けるのは、とてもとても、苦しいです。でも、こうしてファンクラブ復活ということが現実となり、ファンの方々を含め、いろんな方々の協力があって、“今の私”はできているんだと心の底から思っています」

○「小さな冬の物語を、皆さんの顔が見える距離で」

こうした彼女の弱さと優しさ、そして強い思いが歯車をさらに動かしたのか。ライブ、ファンクラブ復活の次にまた、新たな“奇跡”が積み重なった。ファンミーティング「shela Special Winter Mini Live ~We are friends!!~」が、12月21日に都内で開催されることが決まったのだ。

ファンクラブ限定で現在チケットの申込受付が行われているが、またたく間に参加可能人数を超え、抽選販売となることに。会場はその日、ファンの皆を招いてもてなす“shelaの冬のお部屋”へと姿を変える。どんなイベントになりそうかと聞くと…。

「冬の曲を集めたいんです。山下達郎さんの『クリスマス・イブ』をはじめとして、冬の歌を“今の自分の声”で…。まだどうなるか分かりません。でも、小さな冬の物語を、皆さんの顔が見える距離でいくつも届けられたらうれしいです」

次なる夢は日本各地でのライブ開催

今後は、生配信をはじめ、ファンクラブ内でのラジオ配信、グループチャットへの本人参加など、「できる範囲で私たち“friends”(=shelaとファンたちを併せた呼称)の密度を上げていきたい」とshela。次なる夢は、東京だけではなく、日本各地でもライブを開催すること。単に「今後の夢」を聞いただけなのに、「今は“やります”と言うのもおこがましいのですが」と謙虚なのも彼女らしい。

振り返れば、“プロフィール非公開のミステリアスなアーティスト”としてデビューした10代。男女問わず、多くのファンを熱狂させ、惜しまれながらも生活拠点を北海道へと移した。そんな彼女は今、草の根のように、一人一人の顔が見える活動へと舵を切った。そしてそれらは次々と形になっていく。過去と現在、喜びの質は変わったのだろうか。

「あの頃も今も、どっちも充実していると思います。限界を自分で決める瞬間は何度もあった。支えてくれた人たちに恵まれて、芸能界で学んだことも子育ても、全部が血となり肉となって今につながっている。不可能と言われたことを努力で塗り替える経験もして、強くなった自分がここにいる。

 失敗も挫折も成功も、すべてが学びに変わって、今は応援してくれる人と“一緒に夢を見る”ことができる。“奇跡”だと思います。だから、何ができるか分からなくても、“一生懸命やるから、見ててね”って言える。10代の自分をバックミラーでいつも見ながら…過去と上手に向き合いながら。今のファンの存在をもっと近くで感じ、“また何かできる”って思っていたい。今はそんな気持ちでいっぱいです」

彼女のノートには、今日の空と小さな感謝がつづられ続けているだろう。そして12月、彼女の言う“奇跡”の灯りがともる準備は、もう始まっている。

「皆さん、今を奇跡っておっしゃってくれますが、今の私にとっての“奇跡”って、“誰かが待ってくれていること”だと思うんです。待ってくれる人がいる限り、私は何度でも始められます。だから──“ありがとう”」

衣輪晋一 きぬわ しんいち メディア研究家。インドネシアでボランティア後に帰国。雑誌「TVガイド」「メンズナックル」など、「マイナビニュース」「ORICON NEWS」「週刊女性PRIME」など、カンテレ公式HP、メルマガ「JEN」、書籍「見てしまった人の怖い話」「さすがといわせる東京選抜グルメ2014」「アジアのいかしたTシャツ」(ネタ提供)、制作会社でのドラマ企画アドバイザーなど幅広く活動中。 この著者の記事一覧はこちら
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