世界で5,000万台以上を売り上げ、家庭用ロボットの常識を変えた米iRobot社のロボット掃除機「ルンバ」。その生みの親であり、iRobotを創業から33年にわたって率いてきたコリン・アングル氏が、昨年(2024年)、新たなスタートアップ「Familiar Machines & Magic(以下、FM&M)」を設立した。


「ロボットを作る」から「人と関係を築く存在を作る」へ──。創業者としての原点と、リーダーとしての思想、そして“日本への視線”を、来日時のインタビューでじっくりと語った。

「退屈・汚い・危険」からの決別 - ロボットを“特別な存在”へ

「私を突き動かしてきたのは、子どものころに“約束されたロボット”を自分の手で作りたいという思いなんです」

そう語るコリン氏は、33年間をiRobotに捧げた。その原点は、掃除ロボットではない。これまでのロボットは「dull, dirty, dangerous」──。つまり退屈で、汚くて、危険な仕事を代行するものが主流だった。だが彼はきっぱりとこう言い切る。

「正直に言うと、もう“退屈・汚い・危険”なロボットは作りたくないんです。私が作りたいのは、人を支えるロボット、人と一緒に生きるロボットです」

FM&Mという社名にはその思想が凝縮されている。“Familiar”は「人と特別な絆を持つ存在」、そして“Magic”は「まるで生きているように感じさせる力」を意味する。

「ただ便利な道具ではなく、“心が動く存在”を作りたい。それが私たちの目指す方向です」

「形」ではなく「タスク」を理解する - ヒューマノイドへの冷静な視線

現在、世界のロボティクス市場はヒューマノイド(人型ロボット)ブームの真っただ中にある。
だがコリン・アングル氏はこのトレンドを冷静に見ている。

「ヒューマノイドが最適なケースもあるでしょう。でも多くの場合、形にこだわることは“解決”を遠ざけます。まずタスクを理解することが大切なんです」

ルンバの開発初期、当時の想定は“人型ロボットが掃除をする”というSF的なものだった。しかしそれは非現実的であり、「問題を解く形」を選んだ結果が円盤型だった。

「Humanoid(ヒューマノイド)は“唯一の答え”ではない。最適な答えは、課題が決めるものなんです」
EQ(感情知性)が次のロボット市場を創る

コリン・アングル氏の構想の中核にあるのは「Emotional Intelligence Quotient(EQ/感情知性)」だ。AIがどれほど進化しても、人とロボットの関係性を成立させるのは「感情」だという。

「ロボットが愛されるためには、“思いやりを示す”だけでなく、“思いやりを受け取る”ことが必要です。双方向の関係が生まれたとき、初めて“信頼”が生まれます」

FM&Mでは、25DoF(自由度)以上のモーション、リアルタイムの生成AI応答、感情モデルによるパーソナリティ形成を組み合わせたPhysical AIプラットフォームを開発中だ。

「この領域の市場規模は5兆ドルともいわれています。その大半は“人との関係性”に紐づくものです」

ルンバが「掃除をするロボット」だったのに対し、Familiarsは「人と暮らす存在」になる。

ChatGPTと「人間の役割」

昨今話題の生成AIについての質問に対し、彼は即座にこう返した。

「ChatGPTを代表とする生成AIは非常に強力なツールです。質問に答え、物語も語る。でも、たとえ何週間も話をしても“このAIが自分を気にかけている”とは感じません。ずっと同じ存在が話しているとも思わないでしょう」

AIは人間を置き換えるものではなく、効率化のための道具。企業は「人を減らして同じ成果を上げる」のか、「同じ人員でより多くを生み出す」のか、2つの選択を迫られると語る。

「AI時代に必要なのは、リーダーが“正しい問いを立てる力”を持つこと。それは人間にしかできないことです」
Amazon買収頓挫 - 再出発のきっかけ

iRobotの歴史を大きく揺るがしたAmazonによる買収の頓挫は、コリン氏にとっても大きな転機だった。

「Amazonとの統合は、iRobotが単独では成し得ないイノベーションを実現するチャンスだと信じていました。でもそれがブロックされた。iRobotは大きなリストラクチャリングを迫られ、私は33年間携わった会社を離れる決断をしたのです」

「皿を空にする」という彼の表現は、創業者としての覚悟の言葉だ。その後、iRobot時代からの盟友でもある共同創業者、クリス・ジョーンズ氏やアイラ・レンフリュー氏など信頼できる仲間たちに声をかけ、再びゼロから立ち上がった。


「大切なのは、自分が本当にワクワクできることを見つけること。そして、それを信頼できる仲間と一緒に始めることです」
「孤立する世界」にFamiliarsが必要な理由

コリン・アングル氏が次の市場として注目するのが、日本を含む先進国の高齢化と孤立の問題だ。

「世界はより孤立しています。人との接点が失われつつある。この課題は、気候変動と同じくらい深刻でグローバルなものです」

Familiarsは、ケア、教育、家庭支援などの領域において、“テクノロジーが人をつなぐ”という新たな役割を果たす可能性がある。
「失敗」を語ることで次世代を鼓舞する

ルンバの開発初期、iRobotはユーザーとのズレに苦しんでいた。

「私たちは“姿を見せないRoomba”こそ理想だと思っていた。でも、掃除を依頼した清掃員が『話しかけません。でも完璧に掃除します』って言ったら、あなたは雇いますか? たぶんNOですよね」

人は「技術」ではなく「信頼」を求める。そこに気づいてから、ルンバは世界を変える存在になった。

「成功の“秘訣”をひとつ挙げるとすれば、それは自信です。大きく見えるリスクも、多くの人が直面し、乗り越えてきた。
だからこそ失敗談を語る。成功談だけでは、次のリーダーは育たない」
未来を変える力は「変化を受け入れる意志」

インタビューの最後、「人類が今後生き抜くために必要な力」を問うと、コリン・アングル氏は即座にこう答えた。

「Willingness to change(変化を受け入れる意志)です」

「テクノロジーがどれほど進化しても、未来を創るのは“適応する力”です。技術は人を置き去りにするためのものではなく、人の居場所を作るためのものなんです」

そして未来を語るとき、彼の頭に浮かぶのは息子と描いたショベルカーの絵だ。

「息子は夢中で描いていました。私はこの“子どもの好奇心”と“テクノロジーへの愛”を忘れたくない。それが未来を創る原点なんです」

家電スペシャリスト : 滝田勝紀 たきたまさき ConnectBeyondのファウンダー兼スーパーバイザー。ユース世代向けのライフスタイルカルチャーweb「Beyond magazine」を立ち上げる。 電子雑誌「デジモノステーション」の元編集長。All Aboutの家電ガイドとして活動中。楽天のショッピングSNS「ROOM」の家電公式インフルエンサーを務め、フォロワー数は56万人以上を抱える。ベルリンで毎年開催される世界最大の家電見本市「IFA」ほか、海外取材の経験も豊富。
最新の動きでは、スタイリスト窪川勝哉氏と、インテリアデザインとの調和を意識する家電をメーカーと協業開発するユニット「inCadenza(インカデンザ)」を組む。 この著者の記事一覧はこちら
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