"茶の湯"の所作や心得、教養を学び、また癒しを得ることで、ビジネスパーソンの心の落ち着きと人間力、直観力を高めるためのビジネス茶道の第一人者である水上麻由子。本連載では、水上が各界のキーパーソンを茶室に招き、仕事に対する姿勢・考え方について聞いていく。
第18回は、美術共育実験室「ミロアートラボ」でリベラルアーツを伝える青柳美どり氏にお話を伺った。青柳氏が目指している美術教育、そして子どもたちに伝えたいこととはなんなのか。そして茶道やビジネスとの共通点について伺ってみたい。
○“リベラルアーツ”のマインドとは?
青柳美どり氏は、元麻布と麻布台にある美術共育実験室「ミロアートラボ」の主宰であり、自らを“創造性共育士”と紹介する。その活動は“リベラルアーツ(藝術)”のマインドを広めることにあるという。リベラルアーツは一言で説明するのが難しい概念だが、青柳氏は自信の解釈を次のように語ってくれた。
「リベラルアーツとは、ご自身の興味関心、苦手なこと好きなこと、違和感みたいなものを、多様な対話を通じてあらゆる角度から多面的に模索探究する。そして、実際に自分らしい人生を自分で決めて自分でつくる術というふうに私は解釈しています」(青柳氏)
ミロアートラボは、このマインドを実践するための実験室だ。従来の美術教室と異なり、大人が決めたテーマや課題を子どもに与えるのではなく、子ども自身が素材と対話し、自分の興味に沿って創造性を発揮できる環境を提供しているという。また、コンクールなどの他者評価を一切持ち込まず、展覧会もすべて子どもという小さなアーティストたちが企画するそうだ。
「なので、小さなお子さんは来ても大人から与えられた“やるべきこと”が前もって用意されていません。ただ、たくさんの素材との対話からそれらとふれあい、湧き上がったものから創造的な活動を行っていきます。
○レッジョ・エミリア教育との出会いと、その先へ
青柳氏がこの活動を始めたきっかけは、母親として「子どもにどんな環境を用意すればよいのか」を模索したことがきっかけだったという。武蔵野美術大学出身の同氏は、「大人が決めて同じものを同じように作らせる」教育方法や、「コンクールで作品を評価し入選しないものはシュレッダーにかける」ような状況に違和感を覚えたそうだ。
「私は児童文学作家の石井桃子さんの『子どもたちよ 子ども時代をしっかりと たのしんでください 大人になってから 老人になってから あなたを支えてくれるのは 子ども時代のあなたです』という言葉が本当に好きで、小さいひとたちが本当に幸せに過ごせる美術教育の場を作りたいと思いました」(青柳氏)
そんなとき思い出したのが、学生時代に東京都渋谷区のワタリウム美術館で見た「レッジョ・エミリア教育」に関する展示だ。
日本においてレッジョ・エミリア教育はほとんど行われていなかった。そんななか青柳氏は、ワタリウム美術館主催のレッジョエミリア教育者を招いた講座に参加。そして翌年には、現地を自身の目で見たいと単独でイタリアのレッジョ・エミリア県を訪問し、自ら教室を開くことを決意。2012年ごろに自宅マンションのリビングをアトリエとし、活動を開始する。
その後「人がなにかを美しいと感じるのはどうしてなのか?」「美しいと感じる鑑賞とはどんなものなのか?」と考えた青柳氏は、慶應義塾大学の通信課程で美学哲学を学び、「創作(Creation)」「鑑賞(Appreciation」「対話(Dialog)」を3本柱とするミロアートラボの方向性を確立した。
「自分で美しいと思うものを選び決める力」を養う
ミロアートラボに通う子どもたちは、元麻布および麻布台という土地柄もあり、日本の教育とインターナショナルな教育を受けている人たちが混ざり合う。日本の教育を受けている子どもは最初「何をやらせてくれるんですか」と聞いてくるが、同ラボの体験を通じて、自分の心が動いたことをもとに頭と身体を繋ぎ、動かし、そしてつくりだしていく試行錯誤を楽しめるようになっていくという。
青柳氏は、神戸大学の西村和雄特命教授と同志社大学の八木匡教授が2018年に行った「幸福度は自分で決定した量に比例する」という研究を引用し、「自分の作品に関するすべてを自分で決めて自分で作る」ことは幸福になる力を育むことそのものだと述べる。
茶道もまた「問いかけ」だ。
茶道は、千利休の「私はこれが美しいと思う」という提案に端を発する。茶の湯を通じて自らの感じた“美しさ”を伝え、多くの人に感銘を与えた。最終的には時の権力者に切腹を命じられるが、その感性と精神性はいまも日本人の心の中に息づいている。
ミロアートラボでは、作品の良し悪しを他者評価に委ねることはしない。コンクールなどの外的評価から離れ、子ども自身が自分の感性で“美しい”“これでよい”と思うものを見出す力を育てていく。
これはお茶の世界と同じだ。「空間や時間を共有したことで、人の頭の中になにかが残る」という点で、青柳氏の活動と茶道には共通している点があるのかもしれない。
○「きく力」を養うことはビジネスにもつながる
そんな青柳氏は、ビジネスパーソンへのメッセージとして「違和感を大切にすること」を挙げる。違和感として自分の中に残るのは、避けて通れば済むものではなく、自分にとって大事なものに対しての異なる考え方であることが多いからだ。
「違和感は、避けるべきものではなく、自分の中の価値観や大切なものを照らすサインのようなものです。それを丁寧に“聞く”ことが、自分を知ることにつながります」(青柳氏)
また、ラボでは「将来なにになりたいの?」ではなく「このお仕事だけはいやだと思うものってある?」と尋ねるという。
「“好きなことを仕事に”というよりも、“自分の心の違和感を無視しないこと”が大切。いやなことを無理に続けなくていいと思っています。それよりも、興味があること、頼まれなくても気になってやってしまうことをとことん探究する方が、結果として自分の幸せや創造性を守ることになると思うのです」(青柳氏)
さらに日本の企業文化における意思決定について、「上意下達の構造で、十分な対話がなされていない」と指摘。この“上司に忖度し物申しにくい空気感”を解決するために、「上司部下の関係といった関係を越えて、安心して意見を出し合える“対話の空間”が必要だと思います。それが、私たちの活動で大切にしている“自由の相互承認”の感度につながります」と自身の考えを述べた。
これはまさに茶道が実現する空間と言える。一昔前でいえば、社内の喫煙室などはこれと同じ役割を担っていたのではないだろうか。だが、下の立場からこれを提案するのはなかなか難しいだろう。だからこそ、「きく力」を養うことが重要と話す。
「なにかを伝えようと思うと、『どう言おうか』『どう報告しようか』ということで頭の中がいっぱいになってしまいがちですが、会社の理念を聞き、上司の思いを聞き、自身の心の声を聞いて、それでも言いたいことだけ言えばいいし、なんなら言わなくてもいいと思います。
自分からなにかをやろうとすることは非常に大切であり、若い人にはそれを大事にしてもらいたい。だが同時に、相手の考え方を受け入れることが求められることも必ずある。上司も最初から上司であったわけではないのだ。
「古事記の中にも『あはれ。あなおもしろ。あなたのし。あなさやけ。をけ。』ということばがあります。『あな楽しい』は『手伸しい』という字が当てられていたという説が私は好きですが、手を伸ばす側ではなく手を伸ばされる側に湧く感情だと言われています。『あなたの声を聞きたいんだよ』って手を伸ばされることって、すごくハッピーなんですよ」(青柳氏)
お茶の会話は“きかれて(尋ねられて/問いかけられて)、答える”形で進む。











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