前回は融資の期間について検討しました。今回はEBITDA有利子負債倍率について解説します。
EBITDA有利子負債倍率は融資審査で用いられる財務指標のひとつです。M&Aの財務デューデリジェンスにおいても活用されます。

今でこそ市民権を得ていますが、財務の健全性を測る指標はいくつもの変遷を経て現在に至っています。歴史を振り返り、指標を有効活用するためのポイントについてまとめます。

デットに関連する財務指標群のうち、最初に公的な基準として登場するのはインタレストカバレッジレシオです。1977年に導入された公募社債の適債基準として採用されました。当時は金融自由化が始まった時期で、融資が擬似資本として見做されていた時代でもありました。金利を支払えるか否かが重視され、元本返済に何年必要なのかについては主な関心事ではありませんでした。

1980年代の公定歩合のレンジは2.75%から9.25%です。民間金融機関の融資の金利は公定歩合よりも高くなり、1億円借りたときの支払利息が1,000万円を超えることがあり得ました。売上高が5億円なら支払利息の対売上高比率が2%を占める状況ですから、後に訪れるゼロ金利時代と比べて、インタレストカバレッジレシオをモニタリングする意味がありました。公募債の適債基準は1996年に廃止されましたが、信用保証協会保証付私募債発行の基準として現在も活用されています。


次に登場する指標は債務償還年数です。日本銀行考査局が1987年に発表、1996年に改定した「リスク管理チェックリスト」を契機に、金融機関が融資審査に用いる信用格付(取引先格付・債務者区分と呼ぶこともあります)のスコアリングモデルが刷新され、自己査定の観点のひとつである「キャッシュ・フローによる債務償還能力」に対応する財務指標として用いられるようになりました。バブル崩壊に伴う金融機関の不良資産増加への反省から、期間にまつわる基準が組み込まれたと見てよいでしょう。

債務償還年数の特徴として、数値の振れ幅が大きいことが挙げられます。例えば利益が2,000万円の企業が5年分割返済の条件で1億円の融資を受けたとします。1年経過して利益が半減したとき、利益は1,000万円で融資残高は8,000万円となります。元本返済が進みましたが、債務償還年数は5年から8年へと長くなります。収支が安定しにくい規模の小さな企業ではコントロールすることが非常に難しい財務指標だと言えます。

債務償還年数のもうひとつの特徴は、現預金残高の多寡が返済能力に反映されないことです。有利子負債残高から現預金残高を差し引いたネットデットという概念を利用して、現預金残高を返済能力として組み込んだ財務指標がEBITDA有利子負債倍率になります。2016年に経済産業省が始めた「ローカルベンチマーク」の取組から公的に利用されるようになり、2025年に始まった「予兆管理における着眼点」においてもEBITDA有利子負債倍率をモニタリングする方針が踏襲されています。

企業の財務担当者が融資残高を管理するための指標としてEBITDA有利子負債倍率を取り扱う際の注意点は、資金供給者側の視点が暗黙の了解として含まれていることです。
フリーキャッシュフローを全額返済に回すという前提が置かれており、新たな事業投資へ資金を回すことは想定されておりません。フリーキャッシュフローは本当に全額を返済に回してよいのか、借入返済を優先すると利益を再投資して拡大再生産を狙うことができなくなるのではないか。返済能力の指標としてEBITDAを使うことは融資交渉の場までに留め、内部管理目的に利用することについては疑う必要があるでしょう。

中長期的な景気循環を考慮したとき、将来の設備更新(購入)タイミングで融資を受けられる状況なのか判断することは難しいです。必要なタイミングで確実に購入できる体制を整えるためには、外部からの資金供給に頼らずに資金を積み立てることも想定した方が良いでしょう。EBITDAを計算する際に足し戻す減価償却費に相当する金額を、積立預金として貯めていくことも立派な財務戦略です。現預金残高増加を伴う内部留保も外部調達も、両睨みで備えていくことが肝要です。企業・財務担当者のポリシーによって考え方は変わると思いますが、返済・事業投資・積立の配分を決めることは重要なテーマのひとつなので紹介いたしました。

本稿で紹介したインタレストカバレッジレシオ・債務償還年数・EBITDA・EBITDA有利子負債倍率の計算方法については細かい論点があるため、詳細な説明を割愛させていただきます。詳しく知りたい方は、より専門的な文献をご参照いただければ幸いです。時代の変遷とともに変化してきた管理指標としてのEBITDA有利子負債倍率の説明は以上です。次回は融資口数の多寡について考えます。


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千保理 せんぼただし ロンドン日本人学校中学部、東京学芸大学教育学部附属高等学校、東京大学経済学部経済学科を経て、東京大学大学院経済学研究科修士課程企業・市場専攻修了。専門は企業金融(コーポレート・ファイナンス)。生命保険会社のシステム子会社にて勤務した後、東京大学発IT系ベンチャー企業にCFOとして参画し、2022年に独立。未上場企業の融資による資金調達を得意としており、会計ソフトウェア会社やベンチャーキャピタルが主催する起業家向けの財務経理セミナーの講師を務めている。著書(共著)に千保理・滝琢磨・辻岡将基『~事業拡大・設備投資・運転資金の着実な調達~ベンチャー企業が融資を受けるための法務と実務』(第一法規、2019)がある。 この著者の記事一覧はこちら
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