国民皆保険や年金といった制度以外にも、生命保険や介護保険など、私たちは生活していく中で様々な保険に加入し、リスクから守られています。しかし、その保険や、保険を提供する保険会社について知っている人はほとんどおらず、「身近な存在だけどわかりにくい」という印象が強くなりがちです。


そこで本書『保険ビジネス』では、ビジネスパーソンが知っておきたい「保険の教養」というコンセプトで保険に関するあらゆるトピックスを紹介していきます。

今回は「生命保険の販売員はなぜ女性ばかりなのか」についてです。

○生命保険の販売員はなぜ女性ばかりなのか

今度は保険ビジネスに目を転じ、引き続き「素朴な疑問」にお答えしていきましょう。

1990年代までの日本の職場には、昼休みになると生命保険会社のセールスレディ(女性の営業職員)がやってきて、雑談をしたり、粗品を配ったりするのが日常的な風景でした。オフィスの入室管理が厳しくなった現在、若い読者には信じられないかもしれませんね。大規模なセールスレディ部隊が、顧客を頻繁に訪問して保険を売りさばくというのが、歴史の長い生命保険会社の伝統的なビジネスモデルだったのです。

それから30年経った現在でも、かんぽ生命を除く大手生保(日本生命、第一生命、住友生命、明治安田生命)は営業職員を主力の販売網としており、そのほとんどが女性です。2023年度末のデータによると、4社合計の営業職員数が約15.3万人で、このうち男性はわずか約1,500人。参考までに業界全体の営業職員数が約24万人なので、6割強がこの4社に所属していることになります。

生命保険の販売において営業職員チャネルは、スマホ時代になっても決してマイナーな存在ではありません、生命保険文化センター「生命保険に関する全国実態調査(2024年度)」によると、直近加入契約の加入チャネルをたずねたところ、生命保険会社の営業職員という回答が56.7%と最も多くなっています。その8割は家庭に来る営業職員という回答で、かつてに比べれば販売網が多様化したとはいえ、現在も営業職員による対面販売が生命保険の典型的な加入シーンということになります。

さて、なぜ生命保険の営業職員は女性ばかりなのか? 同じ保険でも、損害保険の販売は女性が主な担い手ということはありません。
統計データは見当たりませんが、むしろ男性ばかりという認識です。生命保険、とりわけ死亡保険(遺族への備え)の販売は潜在的なニーズを掘り起こさなければならず、保険営業の中でも難しいとされているので、人間関係の構築スキルなど、女性特有の要因がまったくないとは言い切れません。しかし、世界的に見て、女性が生命保険販売の主力チャネルとなっているのは、日本と韓国くらいしか思い当たらないので、生命保険の販売が女性に向いているということではなく、歴史的な経緯が強く影響しているのではないでしょうか。

実のところ、日本でも女性が生命保険販売の中心となったのは第2次世界大戦後のことで、戦前から戦後しばらくは男性ばかりだったそうです。保険研究所『日本保険業史 総説篇』によると、女性が営業職員の中心となっていったのは1950年代になってから。保険会社が家庭にいた専業主婦を営業職員として大量に採用し、担当地区を割り当て、保険料を月々払う月掛保険(それまでの保険では保険料は年払いだった)の販売活動と集金活動を一体化したシステムを確立しました。このビジネスモデルが大成功をおさめ、女性営業職員による月掛保険の訪問販売が生命保険の普及に大きく貢献しました。

なお、戦後になって、生命保険会社が戦争で夫を亡くした戦争寡婦(かふ)を営業職員として積極的に雇用したという説があります。しかし、この分野の研究者によると、どうもこれは俗説のようです。戦後すぐの保険会社は、保険料の集金業務に特化した職員として戦争寡婦を採用したそうなので、そこから営業職員に転じた人がいたとしても、女性の大規模採用が戦争寡婦を中心に進められたという説明はやや苦しいのではないかと思います。

女性営業職員による職場訪問・家庭訪問による対面販売は大成功をおさめたものの、営業職員の大量採用・大量脱落という問題(ターンオーバー問題)も引き起こしました。

営業職員の採用は営業職員自身が行います。
報酬は歩合給が基本です。採用した新人職員は、地縁・血縁に頼った「お願いセールス」が一巡すると営業活動が滞ってしまい、早々に退職に追い込まれてしまいます。そして担当していた職員が退職すると、義理人情で入った保険なので続ける理由がなくなり、解約が増えるというパターン。大手4社では2000年代前半まで、実に在籍数の4割程度の営業職員が毎年退職していました。

近年は各社とも採用後の教育を強化し、固定給を増やし、既契約を重視した営業活動に舵を切っていて、ターンオーバー問題はかなり改善されているように見えます。

さらに、営業職員が男性ばかりという会社もあります。ソニー生命とプルデンシャル生命では、いずれも営業職員の9割以上が男性です。両社のルーツは同じ(1979年にソニー・プルーデンシャル生命保険として設立)で、他業界での営業経験者をライフプランナーとして厳選採用し、コンサルティングセールスで成長を続けてきました。

ちなみに、韓国生保の営業職員に女性が多いのは、朝鮮戦争後の復興の中で、韓国の生命保険会社が日本のビジネスモデルを取り入れたからという説があります。もっとも、ニッセイ基礎研究所の金明中(キム・ミョンジュン)上席研究員のレポートによると、現在も韓国の保険外交員(日本の営業職員に相当)の7割超が女性なのですが、外交員の数は2008年の約17万人をピークに減っていて、現在は10万人を下回り、販売チャネルとして大きな存在ではなくなっているようです。

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「保険の販売員はなぜ女性が多いのか?」
「ビッグモーター事件の本当の被害者は誰?」
「保険ショップは本当に中立なのか?」
「日本の保険は『輸入品』だった」
「掛け捨ての保険は損なのか?」

など、私たちにも身近な例や素朴な疑問、多くの人が知っている事件や出来事などから話を始め、本質的な部分に落とし込む解説を加えています。


大手損保、保険分野のアナリスト、金融庁、保険会社向けコンサルティング会社を経て、現在は大学で教鞭を執る著者は、生保・損保のいずれにも精通。保険業界への就職・転職を考えている人など、業界外の方でもサクサク読める平易さながら、業界内の方でもあまり知らないような鋭い分析や豆知識なども散りばめて、面白く読んでいただける内容です。

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