伊勢神宮と松阪牛だけじゃない! 東京駅から約3時間で行ける“美(うま)し国”・三重には、まだSNSにもインバウンドにも発見されていない絶品グルメや貴重な体験が盛りだくさん。そんな知られざる食の宝庫を堪能してきました。


松阪牛の名店の味を洋食で「洋食屋牛銀」


松阪駅へ到着したら、さっそくお腹を満たすべく松阪牛の名店へ。

お邪魔したのは松阪駅から車で5分、歩いて15分ほどの魚町エリアにある「洋食屋牛銀」。松阪牛のすきやきで知られる、明治35年創業の名店「牛銀本店」に隣接した洋食専門店で、「もっと手に届きやすい価格帯で松阪牛を味わってもらいたい」という思いからオープンしたそう。ステーキやカツレツ、ハヤシライスといった定番かつ王道のメニューが味わえます。

宮川と雲出川、二つの清流に囲まれた地で育つ「牛銀」の松阪牛。そのなかでも、選び抜かれた最高グレードの牛肉だけが店に並ぶそうです。筆者がいただいたのは「松阪牛ハンバーグ定食」。粗挽きの松阪牛がコク深いデミグラスソースと相まって、ひと口ごとに肉の旨みがじゅわっと広がり、ごはんが止まりません。「やっぱり名店は違う」と頬がゆるみました。

洋食メニューの多くはテイクアウトも可能で、「牛銀本店」に併設された精肉販売店では贈答用やお土産を選ぶこともできます。さらに近隣には、「松阪肉の肉うどん専門店 青柳」がランチタイム限定で営業中。次回はぜひ「牛銀本店」で名物の“関西風すきやき”を味わいたい……そう思いながら向かったのは、緑豊かな多気町で丁寧な酒づくりを続ける老舗「河武醸造」です。

美食の町で愛されてきた地酒「鉾杉」の酒蔵を見学


1857(安政4)年創業の「河武醸造」は、宮川と櫛田川に挟まれた自然豊かな地にあり、伊勢神宮へもお酒を奉納してきた由緒ある酒蔵です。

この日は、代表取締役を務める河合英彦さんに敷地内を案内され、「河武醸造」で作られている銘柄の特徴や仕込みについてお話を伺いました。
また杜氏が実際に作業する様子も見学させてもらうことに。

見せていただいたのは、「河武醸造」でのみ扱われている希少な酒米、「弓形穂(ゆみなりほ)」。「山田錦」の親にあたる「伊勢錦」が突然変異を起こして偶然生まれた品種です。三重大学や多気町の組合の方々らの協力のもと、お酒造りに使えるようになったそう。

この「弓形穂」を使った銘柄が、スタイリッシュなデザインラベルが目をひく「式 SHIKI」シリーズです。150年以上の歴史を受け継ぎながら、新たな酒米での酒造りにも柔軟に挑戦するその姿勢は、「河武醸造」からもほど近い伊勢神宮で約1,300年にわたり続く式年遷宮――古くなったものを作り替え、常に若々しくして永遠を保つという“常若(とこわか)”の思想にも通ずるように感じました。

酒蔵を見学した人だけが味わえるという、特別な「もろみ」の試飲もさせてもらいました。しかも今回は、純米生酒(火入れ=加熱殺菌を行わず、しぼりたてのフレッシュな風味が楽しめる日本酒)「KAWABU(かわぶ)」のもろみ。

もろみを飲むのは初めてでしたが、ひと口含んだ瞬間、ふわっと甘く豊かな香りが鼻を抜け、まろやかでコクのある味わいに思わず驚きました。

「KAWABU」はフルーティな甘みと爽やかさが人気の限定酒で、年々製造量を増やしているものの、4年目を迎える2025年も早々に完売してしまいそうです。

三重の緑茶を深く知る講座で飲み比べ&茶葉のブレンド体験も


美味しい飲み物といえば、三重県で収穫されている松阪茶も忘れてはならない存在でしょう。もともと薬のような役割も担っていたという緑茶。あまり知られていないかもしれませんが、実は三重県の茶葉出荷量は、全国でも鹿児島・静岡に次ぐ規模。


リラックスタイムのお供だけではなく、抗酸化作用や免疫機能の向上にも効果が期待される緑茶は、風邪やインフルエンザが気になるこの時期に、積極的に取り入れたいもの。今回は、松阪市に店舗を構えるお茶のお店、「茶遊膳 茶重」の六代目当主 塚本泰弘さんが開催している「日本茶を深く知る体験講座」に参加しました。

現在「松阪茶」として流通している三重県産のお茶は、北部の日当たりのよい伊勢平野で育つ「かぶせ茶」と、中部から南部にかけての山間部で収穫される「深蒸し煎茶」に大きく分けられます。

かぶせ茶はその名のとおり、茶畑に覆いをかけて光合成を抑え、旨味や甘みを凝縮させたもの。一方の深蒸し煎茶は、寒暖差のある地域でゆっくり育った茶葉を長時間蒸すことで渋みがとれ、濃厚でまろやかな味わいに仕上がるのだそう。

また、九州や静岡産などさまざまな品種のお茶も試飲。複数の産地と品種を飲み比べたうえで、自分好みの味わいになるようブレンドする初めての体験も楽しみました。

この利き茶と茶葉のブレンド体験のほかにも、長く保管した緑茶をほうじ茶として再生加工するなど、SDGsや食育をテーマにした講座も定期的に開催されています。詳細は「茶遊膳 茶重」の公式ページをチェックしてみてください。

少しずつ織りあがる達成感「松阪もめん」の手織り体験


松阪茶に続いて体験したのは、伝統的な機織り機を使って「松阪もめん」の小物敷きを手織りするワークショップ。地元・松阪の企業が運営する「松阪もめん手織りセンター」で開催されています。

専門スタッフの方々のサポートを受けながら、11×20cm程度のテキスタイルを1時間弱ほどで織りあげる、という「プチ織姫体験」は、事前予約制でどなたでも参加可能(織機の大きさ身長などの条件あり)。

松阪市の東部には、麻と絹を織って伊勢神宮に献納するための工房「神麻続機殿(かんおみはたどの)」「神服織機殿(かんはとりはたどの)」が、今もなお残っています。


エジプトやインドを原産地とする木綿が日本に伝来したのは、15世紀頃。特に良質な木綿栽培に適した地域が大阪と伊勢であり、古代から続く機織りの技術と結びついて「松阪木綿」が誕生しました。

決して複雑な工程はなく、一定の動作のみなので、ある程度続けていると手慣れてくる感覚がありました。しかし、「もう少し早く織ってみよう」とスピードを上げると、微妙な力加減が変化し、縦糸と横糸のバランスに影響が出てしまいます。

織機の仕組み自体は機能的かつシンプルなので、原理がわかってくると、少し糸をほどいてやり直すことも簡単にできました。それでもあえてやり直さず、スピードよりも一定の力加減で丁寧に織ることを意識しながら手を動かし続けます。

どんな柄を織るかは、縦糸と横糸の組み合わせや、どんな色の色を選ぶか、でも印象が大きく変わります。松阪を訪れるたびに新しい発見がありそうで、何度も体験してみたくなる、とても奥深い時間でした。

たっぷりの情熱と愛情で美味しく育つ“ほんもの”のエスカルゴ


松阪市を中心に、さまざまな場所での見学や体験を味わってきた今回の旅。最後にご紹介したいのが、もっとも驚いた「エスカルゴ農園」の見学です。

ご存知のとおり、エスカルゴはフランス語でカタツムリ。レストランなどで料理として味わったことのある方も多いでしょう。
ただ、そのほとんどは海外からの輸入品で、実は日本国内──しかも三重県松阪市で唯一、国産エスカルゴを生産している農園があることは、超一流のトップシェフでさえあまり知らないそうです。

見学に伺ったのは、「三重エスカルゴ開発研究所」を率いる高瀬俊英社長が経営するエスカルゴ牧場。鉄工所をはじめ、複数の企業を立ち上げてきた高瀬社長は、偶然出会った輸入エスカルゴに疑問を抱いたことをきっかけに、独学で研究を重ねてきたそうです。数十年にわたる試行錯誤の末、唯一無二の生産設備と方法を確立。現在も日々研究を続けながら、エスカルゴの養殖と販売に取り組んでいます。

並々ならぬ情熱と愛情にあふれたその研究への姿勢にも驚かされました。

現在、国内外で一般的に流通しているエスカルゴの多くは、本来のものとは異なる“アフリカマイマイ”という別品種。原産国のフランスでも、ブルゴーニュ種をはじめとする“本来のエスカルゴ”はすでに生産されていません。つまり、いわゆる“ほんもの”のエスカルゴを育てているのは、世界でも高瀬社長ただ一人なのです。

高瀬社長に、これほどまでの情熱と愛情でエスカルゴの養殖に取り組む理由を尋ねると、「比較的短い期間で大量に育てられ、高たんぱくな食材であるエスカルゴを、飢餓や食糧難に直面する国々で育ててもらい、社会課題の解決につなげたい」という願いが根底にあると語ってくれました。

事前に連絡すれば、牧場で新鮮なエスカルゴ料理をいただきながら、高瀬社長やスタッフの方々から養殖の取り組みについて直接お話を聞くこともできます。「まずは多くの方に、本当のエスカルゴのこと、その美味しさを知ってほしい」と、熱く語ってくださった高瀬社長。
松阪市、そして伊勢市を訪れた際は、ぜひ訪れてみて。

豊かな自然と伝統文化、そして絶品グルメの数々……どこを切り取っても魅力にあふれ、驚きと発見の連続だった三重旅。まだ知らない“美(うま)し国”に出会いに、ぜひ足を運んでみてください。

Naomi アートライター・聞き手・文筆家/取材して伝える人。服作りを学び、スターバックス、採用PR、広報、Webメディアのディレクターを経てフリーランスに。「アート・デザイン・クラフト」「ミュージアム・ギャラリー」「本」「職業」「生活文化」を主なテーマに企画・取材・執筆・編集し、noteやPodcastで発信するほか、ZINEの制作・発行、企業やアートギャラリーなどのオウンドメディアの運用サポート、個人/法人向けの文章講座やアート講座の講師・ファシリテーターとしても活動。学芸員資格も持つ。
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